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幕間

 月明かりも届かない建物の陰で男女の密会が行われていた。

足元が分かる程度のランプで顔は分からないが、甘い恋人同士の密会でないことは分かる。


「王国から来たあの女が先代の体調不良の原因が鉱毒だと見抜いた」


「話には聞いているわ」


「それで、あの女は何をしている?」


「過去の帝国の献立を調べているわ。何でも食事事情を知りたいとか」


 机の上には、よく分からない文字で書かれている紙が散乱していた。

できるだけ理由をつけてグリフィカの部屋に出入りして監視しているが、部屋から出るのは食事のときくらいだ。


「それで、ちゃんと監視しているんだろうな」


「もちろんよ。できるだけ入るようにしてるし、扉も見張っているもの。ときどき鍵をかけて入れないようにしていることもあるけど、あの部屋は三階よ。下に降りることもできないわ」


「鍵をかけているときは誰かいるのか?」


「いないわ。一人よ。誰も訪ねても来てないわ」


 その間にグリフィカは隠し通路で出入りしているが、そこまでは分からない。

誰とも会っていないのに、無駄にグリフィカは事情に詳しかった。


「なら手紙とか伝言とかあるだろう」


「来た初日はイライアス様に手紙と伝言があったけど、断ったら無くなったわ」


「王国から帰って来るまでに連絡手段を決めていたか。何か差し入れとかなかったか?」


「無いわ。お湯とティーセットは一日に何度も運ぶけど、何か隠したものとか変わったものとか調べたけどなかったもの」


 グリフィカは部屋に閉じこもっているようにしか見えないのに、ファーディナンドやイライアスと顔を合わせれば親しい感じがした。

ただ込み入った話は食事のときにもしていない。

毒の効能や使い方という消化に悪い話はしているが、それは給仕係も聞いているから隠そうとする意思はない。


「とにかく、監視は続けろよ。ツルカ」


「分かってるわ。私と貴方の未来のためだもの」


「あぁ。俺たちが未来を築き上げる。そのためにはお前が必要だ」


 男はツルカを抱き締めると、静かに口づけを落とした。

頬を染めてツルカはランプを持って来た道を戻った。


「・・・もう少し使えると思ったが、役立たずだったな。新しいヤツを用意するか」


 タバコを取り出すと、静かに燻らせる。

男にとって愛を囁いたツルカですら使い捨ての駒のひとつだ。


「どうすっかな。あの女の近くにいて、確実に使える駒が必要だな」


 男にとって薬師が来ることは計算外のことだった。

薬師は王族にすら従わないというのが常識で、いくら皇帝が迎えに行ったところで従わないと思っていたし、王国側も薬師を差し出すことを了承すると思っていなかった。


「天才薬師、グリフィカ・ヴェホル。お手並み拝見といこうか」


 だが、来てしまったのなら仕方ない。

男はグリフィカの持つ毒の知識を利用しようと計画を練り直した。


「お前は、毒で人が死ぬことを嫌う。だが、毒で人を殺す覚悟もない。そんな甘い考えだと足元を掬われるぜ」


 男は近づいて来る小さな灯りに笑みを浮かべた。

本来なら城に入れる身分ではない少年が緊張した面持ちで歩いて来る。


「・・・そこで止まりな」


「・・・っ、どういうことだ!」


「そう焦るな。意味は手紙のままだ」


「俺は!」


「言うことを聞けば、姉さんは無事だ。だが、断れば・・・分かってるだろ? ギムル」


「そんなこと、できない」


 ギムルは姉のパーシェを人質に呼び出された。

男が本当に姉を殺せるかどうかは問題ではない。

そうなる可能性があるというだけで、ギムルは断ることができない。


「簡単なことだ。グリフィカ・ヴェホルの飲み物に、ソレを混ぜるだけだ。きっと、分かっていても飲んでくれる。お前が責められることは何もない」


「だけど、毒を飲ませるなんて」


「違うな。お前は飲み物に混ぜただけなんだ。ギムル、よく聞け。グリフィカは毒を見分けられる。なのに飲むということは、自分で毒を飲んだんだ」


「でも・・・」


「幼いお前に辛いことをさせているな。だから猶予をやろう」


 誰にも言えないで苦しむギムルは、男の言葉が救いのように聞こえた。

顔も見えない脅迫者なのに、神のように感じた。


「猶予?」


「そうだ。その毒は肌身離さず持っておけ。そして、お前の決心がついたときに飲ませれば良い。それまで姉の命は奪わない」


「本当か?」


「もちろんだ。その証拠にお前の決心がつくまで、姉の手紙を届けてやろう。ただ、お前からの手紙は渡してやれないが。どうだ?」


「分かった」


「ギムル、お前が賢い判断をできる子で良かった。俺も安心して任せられる」


 まるで英雄になれるかのような言葉にギムルは毒を飲ませるという罪悪感が薄れた。

ギムルからは男の顔が見えないが、ランプに照らされたギムルの顔は男から見える。

怯えて警戒していた表情から少しだけ何かをやりとげようと決心する顔に変わったことが分かった。


「お前を信じている。だから呼び出すことはしない。手紙は、俺が今、背にしている窓に置いておく。十日後の今と同じ時間に来るといい」


「・・・・・・あぁ」


 ランプを持ってギムルは城を出た。

最後まで男の顔は分からず、正体不明の脅迫者によってギムルはグリフィカへ差し向けられた駒になった。

ギムルの持つランプが見えなくなってから男は新しいタバコに火をつけた。


「さぁどう出る? 初めて持った弟子が自分の命を狙ってくる。楽しみだな」


 グリフィカにとって弟子と公言したわけではないが、薬師としての知識を伝授した初めての人物だ。

弟子に命を狙われることになったとき、グリフィカがとる行動が何か。

それは男が計画を変更してからの最大の関心事になった。


「・・・・・・そろそろ戻らねぇと怪しまれるな」


 男が去ったあとには、吸い殻が残されていた。


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