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 侍女のツルカに部屋にいなかったことはバレていない。

だが、その瞳から何かを探る意図は消えていなかった。


「グリフィカ様」


「何かしら?」


「ずっとお読みになっている本はどうされたのですか?」


「イライアス様にお願いをして帝国の食事事情が分かるものを用意していただきました」


「そのようなものを読む時間がございますなら、こちらにも目を通していただけますか?」


 イライアスから事前に聞いていたためツルカが手にしているのは招待状だというのは分かる。

その数が多いというのも分かる。

モルビット王国でも第二王子の婚約者ということで招待はあったが、返事をする前に第二王子のジュドアがルベンナを連れて参加してしまっていたから出席したことは数えるくらいだ。


「すべて、お断りしてください」


「公爵家からもお誘いが来ております」


「・・・わたくしは薬師です。すべての行動は制限されない。出席はいたしません」


 ツルカが持っていた手紙をすべて窓から投げ捨てた。

非常識だと分かっているが、今はツルカを部屋から出すことが先決だ。

このままだとファーディナンドとの密会に遅れてしまう。


「手紙を拾って参ります」


 窓とドアに鍵をかけて隠し通路に入った。

さすがに扉を壊してまで入っては来ないだろう。

それにダンスの教養はあるが、今は毒の研究をしていたい。


「・・・・・・燭台を忘れたわね」


 取りに戻るのも面倒だと思い歩幅から逆算して執務室に向かう。

夜目の訓練はしていない。


「・・・どうして表から来ないのですか?」


「それは、ツルカのせいです」


「ツルカ? 彼女が何かしましたか?」


「何か、わたくしを探る感じですので普通に部屋から出られないのです」


 薬師の行動は制限できないと通達をしているのでツルカの行動はおかしかった。

だが、普段は真面目な侍女であるし、慣れない薬師の扱い方に戸惑っているだけだと判断した。


「それで、先代の容体の原因が分かったと?」


「はい。先代皇帝陛下は最初に診断したように鉱毒によるものです。そしてそれは、魚を食べることによって引き起こされていたものでした」


「魚?」


「順を追って説明します。まず、あの地域一帯に鉱山がありました。そして、鉱山を通って、湧き水が海に流れ込んでいたのでしょう。その水で育った魚は、緩やかに体内に鉱毒を蓄積させていきました。その魚を先代皇帝陛下は食べて生物濃縮が起きたのです。こちらに戻ってからも何度となく食べていらっしゃったので、慢性中毒になったのは必然というところでしょう」


 先代皇帝陛下が食べ続けたということで起きた悲劇でもあった。

その地域には人が住んでいる集落は少なく、同じ症状が出たのは医師が根絶したという百年前のことだ。


「誰かが故意に食べさせ続けたということか?」


「それは難しいのではありませんか? おそらく先代皇帝陛下がご自身の意思で食べていたのだと思います。魚は好物でいらしたのではありません?」


「あぁ。父は魚が好物だ。肉はあまり食べないな」


 ただグリフィカは納得いっていない顔をしていた。

何かを見落としている気がしたのだ。


「あの地域では、海は神の物だから魚を獲ってはいけないと言われているようです。一年に一度だけ神事のときに神に恵みを感謝して食べるようです」


「イライアス、それは本当か?」


「あのあと、あの地域のことを調べてみましたので間違いないですね」


「あのあと?」


「あぁ、グリフィカ嬢が隠し通路を使って私の元に来たのですよ」


「グリフィカ嬢?」


「だって、仕方ありませんでしょう。ものすごく監視されているのですから人目を避ける必要がございましょう」


 イライアスも何でもないように言ったから隠し通路を使うことは黙認なのだろう。

薄々は気づいていた。

グリフィカが執務室に隠し通路を使って現れてもイライアスは特に反応を示すことなく、普通に表から来いと小言を言うに留めていた。


「自力で隠し通路を歩けるようですから今更、禁止しても意味はないでしょう」


「そうだな」


「そんなことよりも」


「そんなことで片づけられる問題ではないが」


「先代皇帝陛下の容体が回復されましたら、お話できたらと思います」


「そうだな。一度、話さないといけないな」


 原因は分かったから今まで食べていたものを変えるだけで大きく変わるだろう。

スヴェル総医師ならグリフィカの考えを聞いてくれる。

だが、誰かに踊らされているような言い知れぬ不安がグリフィカの胸に巣くった。


「そのときには、パーシェの弟を同席させてください」


「それは、どうしてだ?」


「町の診療所に出入りしているのなら医学の心得があるでしょうし、鉱毒の治療など早々経験できるものではありません。年寄りの医師ですら知らないのですから、若い世代に受け継ぐべきです」


 経験は何よりの宝になる。

もしかすればスヴェル総医師のように城に仕える医師になれるかもしれない。

そんな期待を込めていた。


「あと、ドゥーフェは城には三か月だけ滞在したというのなら、どうしてあの日記が城にあったのでしょう?」


「その三か月だけのことではないのですか?」


「はい。そう頻繁に書いていたわけではないようですが、少なくとも三十年分の日付がありました。誰かが置いたのでしょう」


「二十年前となると調べるのは難しそうですね」


「そこから調べるのは難しいでしょうから構いませんわ。ただドゥーフェと近しい者がいるということは事実のようですわね」


 ドゥーフェは確かに罪人ではあるが、それ以上に天才でもあった。

彼に賛同する者は少なくない数がいただろう。

その意思は受け継がれている。

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