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先代皇帝陛下の体調不良の原因を突き止めたのに、浮かない顔をしているグリフィカは考え事に没頭しながら歩いた。
知っているところならば問題ないが、初めてのところで目的もなく歩けば確実に迷子になる。
「あら? ここは?」
「中庭だな」
「皇帝陛下」
「何か考え事か?」
「そうですわね。杞憂に終わればいいと思えるほどに嫌な予感がしていますの」
思っている以上に黒幕は用意周到に準備をしていた。
毒と聞いて、ほとんどの者は飲めばすぐに死ぬことを思い浮かべるが、そんな強力な毒は限られている。
たいていの毒はすぐに効果が表れず、死に至るまで苦しむことになる。
それを知っているから毒で人を殺すなど三流だと断言していた。
「イライアス様がお戻りになりましたら時間を作っていただけますか?」
「分かった」
会話ができたと思えば、また考え事に沈んだグリフィカの手を繋いで来た道を戻る。
このまま好きなように歩かせると問題にしかならない。
グリフィカが迷い込んだところは限られた人間しか許可されていないエリアであるから、見られる心配もほとんどなかった。
「あっ」
「どうした?」
「またやってしまいましたわ。どうしても考え事をしているときに歩くと見知らぬところに辿り着いてしまうのです」
「そうか」
こっそりと部屋に軟禁しておくことを心に決めたファーディナンドだった。
この調子で色々なところに出入りされるのは問題にしかならない。
城に到着してからイライアスはすぐにパーシェを秘密裏に逃がした。
表向きは急病ということでイライアスが懇意にしている修道院に預けた。
ただ、このことが黒幕にどう伝わるかが心配の一つだった。
「・・・パーシェは預けて来ましたよ。あと、弟についても来週には城に呼べるでしょう」
「よくやった」
「ですが、どこまで守れるか心配ですね」
「誰も守れないかもしれませんね。黒幕は毒と名の付くものの中でも厄介な鉱毒を使っていました」
鉱毒の厄介なところは量を取らない限り症状に出ないことと普段の生活の中でも取り込んでいるくらい身近なものという性質がある。
取り除くということは不可能だった。
「それはどういうことですか?」
「今回の先代皇帝陛下は鉱毒により苦しんでいらした。でも症状だけを見れば鉱毒によるものだと疑いを持っても良かった。それが百年も前に根絶したものだとしてもです。医学書に治療方法が載っているのなら疑わなければいけなかった」
「似たような症状を持つ別の病だと考えたのでは?」
「それならば薬の効果が無かった時点で他の可能性を考えなくてはいけません。先代皇帝陛下が病に倒れられたのは昨日今日の話ではないはずです」
「約一年前だ」
そんなにも長く効果が出ないのなら鉱毒の可能性を考えても良かった。
だが、グリフィカが鉱物による中毒だと言ったときにカイウェル医師は絶対にないと断言した。
それを押し留めて鉱毒であるという診断を指示したのはスヴェル総医師だ。
「それだけの時間があれば誰かが気づいても良かったはずです。ただ百年前に終息している病ということで思い至らなかった。そう言ってしまえば、それで終わります」
「確かに鉱毒によるものだと分からなかったのは事実ですが、帝国の医師は優秀ですよ」
「感情的になり申し訳ございません。ただ優秀な医師ならば、鉱毒であると気づいても良かったのではないかということと、鉱毒であるという診断をあっさりと受け入れたことに疑念が残ります」
「疑念、ですか?」
「はい。お忘れですか? わたくしは婚約者を毒殺した女ですよ」
「毒殺未遂ですね」
「それは今はどうでもいいのです。そんな毒の魔女であるグリフィカ・ヴェホルの言うことを詳しく調査することもなく受け入れたのは、おかしいと言っているのです」
自分で婚約者を毒殺したと言い切ったところにイライアスは未遂だと訂正を入れた。
前と状況が逆転し、言われた方は未遂であろうとも今は関係ないと切って捨てた。
「柔軟な考え方を持っているとは考えないのですか?」
「若いが故に医師にはない柔軟な考え方を持っている。その可能性は認めましょう。でもモルビット王国の医師ですら毒のヴェホルを疑っていましたのよ」
「つまりは、長年、関わっていた医師ですらヴェホル家を信用していないのに、信用するのは裏があるということですね?」
「えぇ、もしかしたらスヴェル総医師が先代皇帝陛下へ・・・」
「ありえません! 彼は孤児でありながら必死に勉強をして、見習い医師として先代の従軍にも付き従い、戦場では我が身を省みずに怪我人を手当てしていたのですよ。そんな彼が先代を毒殺など考えられません」
「イライアス」
「はっ、申し訳ございません」
感情的にグリフィカに返したイライアスはファーディナンドに名前を呼ばれて我に返った。
グリフィカは自分の経験からの違和感を話しただけだ。
可能性はすべて検証しなければならない。
「親しい間柄の方が疑われて冷静でいられる方は少ないですわ。わたくしも軽率な発言でした。謝罪をいたします」
「いえ、それには及びません」
「先代皇帝陛下は最低でも五年は鉱毒に曝された環境にいらした。そんな長い間、怪しまれずに鉱毒を飲ませることができる者は全員が怪しいのです」
「五年・・・」
「はい、今回の症状から考えると量を間違えると急性中毒症状を引き起こし、一気に死に至ります。そうならないように先代皇帝陛下を観察しながら量を調整したはずです」
それだけの時間をかけるのは一体、何が目的だったのか。
未だ姿の見えない黒幕はどこまで手を広げているのか。
言い知れない恐怖が静かに迫っていた。
「先代に五年以上ついている者は全員調査対象だな。もちろん私もイライアスも」
「身辺調査はお任せいたします。それでお願いがあります」
「お願い?」
「はい。先代皇帝陛下が五年以内に召し上がった献立すべての記録を見せていただけませんでしょうか?」
同じような物が続かないようにという配慮と政治的な思惑から城で出された料理は記録されている。
それは他の政務書類と比べて重要度は低いから閲覧しようと思えば城勤めの者なら見ることができる。
稀に貴族が閲覧をして晩餐会の参考にしたりする。
「全て、か?」
「はい、全てです。五年という年月になれば薬として飲ませ続けるのは難しい。ならば食事に混ぜてしまえばいいのですよ」
「検討がついている、そのような顔だな」
「誰にも怪しまれずに飲ませる方法があるのは事実です」
鉱毒がかつて蔓延したときに原因として突き止められたものだ。
今では忘れられていて医学書でも対処方法は書いていても、それは抜けてしまっているものも多い。
多くの医学書を保有しているヴェホル家だからこそ知っているとも言えた。




