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 朝になると顔色のいいファーディナンドと寝不足であることを隠していないグリフィカが食事を摂っていた。

昨日の眠り薬の件はグリフィカとイライアスだけのことにしようと話題にはならなかった。


「・・・眠そうだな」


「えぇ、面白い毒の組み合わせを思いついたのですが、試すことができないため気になって眠れなかったんですの」


 朝だけでなく、いつ聞いても胃に悪そうな話だが、ファーディナンドは小さく返事をしただけに留めた。

毒と聞いて反応をしたのはイライアスだ。


「・・・くれぐれも、くれぐれも試さないでくださいませ」


「そう念押しされずとも試しませんわよ。今は」


 二人の間では火花が散っていた。

喧嘩腰ではあるが、どこか気さくな雰囲気を持つ言い争いにファーディナンドは首を傾げる。


「今は、ではなく、今後も、としていただきたいものですね」


「わたくしから毒を取り上げたら何も残りませんわよ」


「ご自分で言いますか?」


「事実ですから」


 自分の知らないところで何か合ったのかは明白だが、素直に答えるような二人ではないと諦めた。

仲良くなったのなら良かったと目の前の食事に集中した。

わずかに舌を差すような痛みがあり眉を顰めた。


「・・・お口に合いませんでしたか?」


「いや・・・・・・うん」


「そのご判断は正しいと思いますわよ」


 グリフィカの濁した言い方でファーディナンドが感じた違和感は毒によるものだと確信した。

食べると危険ならばグリフィカが何かしら動きを見せているだろうから、食べても安全な量なのは分かるが毒と分かって食べるのは勇気がいる。


「・・・その揚げ物、わたくしの好物ですの」


「そうか。良かったら食べるか?」


「嬉しいですわ。はしたない真似をして申し訳ございません」


 残すというのも怪しまれるからグリフィカが食べるのは問題はない。

だが、ファーディナンドでも気づくくらいの量を入れてくるようになったと危機感はあった。

どんな毒でもグリフィカが解毒するだろうから死ぬ心配はほとんどないが、それでも苦しみたいとは思わない。


「おいしゅうございました」


「・・・そうか」


 毒があっても美味しいと演技でも言えるその強さをファーディナンドは持ち合わせていない。

顔色ひとつ変えずに食べられるグリフィカが本当に毒に強いのだと実感した。

誰が毒を盛っているのか分からない以上、毒に気づいていると知られるわけにはいかないが、今日のような食事が続けば隠し通せる自信はない。


「陛下、グリフィカ嬢、少々城で急ぎの案件ができましたので、出発を早めたいと思います」


「分かった」


「かしこまりました」


 急ぎの案件はパーシェのことだ。

パーシェだけなら一緒にいればいいが、おそらく人質にされている弟が危険だ。

イライアスは自然に出発の時間を早めた。

馬車は順調に城に到着した。


「着いて早々だが、先代の容体を見てもらえるか」


「かまいません。ただ、急ぎ解毒が必要な場合は、わたくしの言うものを用意してください」


「分かった。約束しよう」


 先代皇帝陛下は離宮で療養していた。

城勤めの医者が二人、容体を確認している。

ベッドに寝ている先代皇帝は全身の痛みを訴えていた。


「・・・・・・悪趣味ですわね」


「グリフィカ嬢?」


「容体を診させていただきますね」


 グリフィカの独り言は隣にいたファーディナンドでも聞き取れなかった。

見ただけで分かるくらい分かりやすい症状にグリフィカは静かに溜め息を吐いた。

そして、原因を告げても信じてもらえないということも。


「近づくな。素性も知れぬ女に先代の御身を預けるわけなかろう」


「自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません。わたくしは、グリフィカ・ヴェホル薬師」


「ふん、毒を扱う魔女が先代の命を狙いにでも来たか」


 白髪の医師はグリフィカを露骨に嫌がった。

毒を専門としているヴェホル家を内心嫌っている医師は多い。

その反応もグリフィカには慣れたもので特に反応するものではなかった。


「お言葉を返すようですが、毒で殺すのは三流ですわよ。わたくしなら毒を使わずに殺すことができます。そう今の先代皇帝陛下のように」


「・・・どういうことだ?」


「先代皇帝陛下の症状は鉱物による中毒です。ビタミンを多く投与してくださいませ。厳密には毒ではありませんから解毒はできませんが緩和させることはできます」


「鉱物の中毒、だと? そんなもの百年も前に根絶しておるわ」


 鉱物による中毒は確かに百年前に発見され、中毒死する者はいなくなった。

中毒になった者もここ数十年の間、医師が把握している限りはいない。


「ですが、先代皇帝陛下の症状は鉱物の中毒以外に考えられませんわ。信じられないのでしたら信じなくても構いません」


「貴様の診断など信じられるか!」


「ですから信じる信じないはお任せしますわ。治療に関してもお知りになりたいのでしたらお伝えしますわ」


「先代の容体が改善されるのでしたら教えてください」


「お待ちください。スヴェル総医師」


 白髪の老齢の医師はグリフィカの言うことを信じずに今までの自分の治療を続けようとした。

そこに待ったをかけたのは一緒にいた若い医師だった。

総医師と呼ばれているので、城勤めの医師たちを統括する立場だ。


「私たちでは先代の容体を抑えようとしてもなかなか効果は無かった。グリフィカ嬢の言う方法で改善できるのなら取り入れるべきです。すぐに用意してください。カイウェル医師」


「スヴェル総医師のおっしゃるようにいたします」


 グリフィカは簡単に受け入れてもらえると思わなかったことと若い方の医師が総医師であったことにも驚いた。

これで先代皇帝の容体は改善していく。

だが、懸念材料としては鉱物の中毒は長年かけて進行するものだ。

長年、先代皇帝に鉱物を飲ませ続けた者がいる。


「グリフィカ嬢、感謝いたします」


「いえ、たまたま知識としてあっただけです。先代皇帝陛下のご快癒を心よりお祈り申し上げます」


「私たちと違い先入観を持っていない、その目で気づいたことがありましたら教えていただきたい」


「わたくしでお役に立てるのでしたら喜んで」


 鉱物の中毒と分かれば医学書に治療方法は載っている。

グリフィカの出る幕はここで終わりになるが、あっさりとした原因に納得していなかった。

鉱物を使うあたりに毒への知識が深い人が関わっている。

その得体の知れなさにグリフィカは密かに危機感を持っていた。

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