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いつものように食事を終えたが、今日は帝都に近いということで夕食後のお菓子が出されることになった。
グリフィカが毒を盛らないようにイライアスは目を光らせているが無駄なことだ。
お菓子とお茶が用意されたところで、グリフィカは溜め息を吐いた。
「・・・これはわたくしを試しているのかしら?」
「何を言って・・・?」
「グリフィカ嬢」
「ねぇ? パーシェ」
お茶を注ぎ終わったポットを持ったまま、顔を青ざめさせ可哀想なくらい怯えていた。
その様子で毒を入れたことは明白だった。
「も、申し訳ございません」
「パーシェ、一体、どうして」
「申し訳、・・・・・・ごほっ」
謝りながら血を吐いて倒れた。
その様子から毒を飲んでいたことは分かる。
動機もどうやって毒を手に入れたか、何も分からないままパーシェが犯人で幕を下ろすはずだった。
「死なせないわよ!」
「グリフィカ嬢!?」
残った毒を吐き出させると、湯を飲ませる。
そのまま急ぎ部屋に戻ると、一度も開けていない鞄からいくつかの瓶を出した。
「申し訳、ございません。グリフィカ様」
「死なせないわよ。わたくしは毒を専門とする薬師よ。わたくしに解毒できない毒はないわ」
即席の中和薬を作ると、少しずつ飲ませる。
突然のことと何の毒か分からないため対処法を持たなかった。
グリフィカに任せるしか方法はない。
「・・・これで大丈夫ね」
「いったい何が?」
「・・・・・・皇帝陛下が毒殺されないように見張っていたわりには、杜撰でしたわね。イライアス様」
グリフィカにばかり気を取られてパーシェが毒を盛っていたことに気づかなかった。
先入観でファーディナンドを危険に曝したのだから、その屈辱は計り知れない。
「いつ、気づいた?」
「パーシェが茶葉にお湯を入れたときに毒の香りがしました。それも飲めば致死量に至るほどの香りが」
「違いなど分からなかったな。本当なのか?」
「飲んでみたら分かります。とは申せませんけど、毒は入っております。この毒は茶葉に入れると、香りが同化して分かりにくくなります。よほど毒に慣れ親しんでいないと難しいでしょう」
パーシェは容体が安定したため、隣の部屋で見張り付きで眠らせている。
起きたら事情聴取があるが、誰に唆されたのかは分からないだろう。
「遅効性の毒ですから個人差はありますが、おそらく皇帝陛下とわたくしが毒を飲んだあとにパーシェは倒れる予定だったのでしょう」
「周りがその対応に追われている間に皇帝陛下と貴女が倒れ、パーシェは貴女付きの侍女です」
「そのあとは、わざわざ説明せずとも誰もが同じことを思いますわね」
まさか帝国でも犯人に仕立て上げられるとは思いもよらなかった。
それも目の前でされたのだ。
同じ轍を踏む真似はするつもりはない。
「皇帝陛下」
「なんだ?」
「わたくしを捕まえますか?」
ここでグリフィカを犯人だとして捕まえるのが簡単だ。
王国でも婚約者に毒を盛るような女だ。
皇帝を暗殺しようとして侍女のパーシェを脅して毒を入れさせたのだとすれば、筋は通る。
「いや、犯人ではないのに捕まえることはできない」
「陛下!?」
「冤罪で人を裁くことはできない」
「冤罪だと断言できる根拠を教えてください。このままグリフィカ嬢を連れて行けば犯罪者を連れて帰ったと言われます」
カップに鼻を近づけて毒の種類を細かく解析しているグリフィカは、毒の中に嫌な香りを感じとった。
致死量には遠く及ばないが体調が悪くなるくらいには影響がある。
一介の侍女が手にできるものではなかった。
「断言はできないな。今回のこともパーシェに毒を盛らせて自分が毒を見抜く。そして信用を得ようとする」
「だったら」
「だが、本当に犯人なら、わざわざパーシェに毒を盛らせることも飲ませることもしないだろう。自分が疑われない方法で毒を飲ませることもできるはずだ」
グリフィカなら可能だろう。
そして、もっと毒を毒と思わせずに飲ませることが可能だろう。
どちらとも断言しきれないまま平行線になると思いきや、グリフィカの行動で大きく変わった。
「・・・・・・やっぱり」
「おい!?」
「何をしてるんです!?」
「何を? 確かめてるんです。わたくしが思っている毒で合っているかを」
カップのお茶を一気に飲み干した。
遅効性の毒であっても大量に飲めば効果が出るのは早まる。
「思っていた毒で合っていますわ。そして、本当ならパーシェは助かることなく死んでいたということが分かりました」
「それはどういうことだ?」
「わたくしでなければ解毒できない毒が含まれています。このままならパーシェは真実を語らないまま死ぬことになります」
「解毒薬を持っているということか?」
「はい、そしてそれはヴェホル家の人間しか調合できないものです。どうされますか?」
グリフィカに毒は効かない。
致死量に至る毒を飲んでも体調を崩す程度だ。
それはヴェホル家の人間が幼い頃より毒を飲んで耐性を付けていることで、可能となる。
「もし解毒しなければパーシェは、あとどれくらい生きられる?」
「そうですわね。白髪になるまでは大丈夫だと思いますよ」
「はっ?」
「飲んだ量は僅か。ちょっと風邪を引いたくらいで済みますわ。でも牢屋に入れば分かりません。どんな手を使ってでもパーシェを亡き者にするでしょうね」
「何を言っているんですか? 管理はきちんとしています」
「では、牢屋に入れられた犯罪者への食事の毒見はされるのですか?」
犯罪者の食事の毒見など、そんなことはしない。
パーシェの命が危ないことだけは理解できた。
目が覚めてもパーシェは誰に言われたのかは明らかにしないだろう。
皇帝に毒を盛るということをするくらいの弱みを握られているのだから簡単には口を割らない。
「犯人を捕まえたければ、パーシェもわたくしも野放しにしておくのが正解かと思います」
「どういうことだ?」
「今回、パーシェに毒を渡した人物は、かなり毒に精通している者です。わたくしでなければ防げないほどに」
「詳しく話してもらおうか」
「仰せのままに、皇帝陛下」




