傘の下の結界
ザアザアというほどではないが、朝から地面を湿らせる小雨が降っていた。
俺は、玄関を出て折りたたみ傘を広げた。
黒い傘の生地に、細かな雨粒が当たっては滑り落ちていく。
「ふぅ……」
深く息を吐き出し、ポケットから煙草を取り出す。
ジッポをカチリと鳴らし、火をつけた。
一服目の紫煙が、傘の内側の空間にゆっくりと充満していく。
傘の下は、外界の冷たい湿気から隔離された、俺だけの小さな結界だ。
煙が溜まる様子を見ていると、まるで自分の内側の憂鬱が、この小さな空間に閉じ込められていくような気がした。
一服目を吸い終え、吸い殻を地面に落とす。
煙草の火を消し、すぐに二本目に火をつけた。
(あと五分。この煙が、今日一日の気分を決める)
二本目の煙草の煙が、一本目よりもさらに濃く傘の内側に溜まっていく。
俺は、その煙を嫌がることもなく、ただ深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
煙は傘の縁から少しずつ漏れ出し、雨降る空へと消えていく。
二本目の煙草が半分ほどになった時、ふと、雨音が聞こえなくなっていることに気づいた。
顔を上げると、傘を叩いていたはずの雨粒が、もうそこにはない。
空はまだ曇っているが、雨は完全にやんでいた。
まるで、俺の二本目の煙草が、この朝の雨を吸い尽くしたかのように。
俺は、残りの煙草を一気に吸い込み、地面にそっと押し付けて火を消した。
折りたたみ傘を閉じ、湿った空気を胸いっぱいに吸い込む。
よし、と小さく呟いた。
傘の重さとともに、俺は今日という一日を歩き出す。
雨は上がった。後は、前を向くだけだ。




