白い息の合流
吐く息が、街灯の光に照らされて白く濁り、すぐに冬間近の冷たい空気に溶けていく。
オフィスピルの自動ドアが開くたび、中に残してきたはずの暖房の匂いが、外の冷気と混じり合った。
もう夜の八時を回っている。約束の時間からは、とっくに三十分が過ぎていた。
「……あいつ、また捕まったな」
スマートフォンで送られてきた『今、終わりました!』というメッセージを指でなぞる。
俺の年下の同期、彼女は、要領が良いとはお世辞にも言えなかった。真面目すぎるせいで、断るという選択肢を持たず、いつも余計な仕事まで抱え込んでいる。
マフラーに顔を半分埋め、乾いた落ち葉がアスファルトを転がる音を聞いていると、ようやく、待ち望んでいたガラスのドアが開いた。
力ない足取りで出てきた彼女は、俺の姿に気づくと、驚いたように小さく目を見開いた。
「あ……先輩。すみません、お待たせしてしまって……!」
慌てて駆け寄ろうとする彼女の顔は、蛍光灯の光を浴びたように真っ白に疲れきっていた。
「いや、今来たとこだから」
お決まりの嘘をつきながら、彼女の格好に眉をひそめる。
薄手のコート。
マフラーもしていない。
「お疲れ様」
できるだけ優しい声色を意識して言うと、彼女は「……お疲れ様です」と、か細い声で返してきた。
「うわ、寒っ……」
ビルから完全に一歩踏み出した彼女が、ブルリと小さく肩を震わせる。
「……手、出せ」
「え?」
戸惑う彼女の細い手首を掴む。案の定、氷のように冷え切っていた。
「お前なあ……」
俺はため息をつき、自分のコートのポケットで温め続けていた使い捨てカイロを取り出すと、その手に半ば強引に握らせた。
「!」
カイロの不意の熱に、彼女が小さく声を上げる。
「そんな手で帰ったら、明日、熱出すぞ」
「でも、これは先輩の……」
「いいから。ほら、そんなとこ突っ立ってないで」
俺は、もう片方のポケットに手を突っ込んだまま、顎で駅の方向を指す。
「こっちおいで。帰るぞ」
彼女は、握りしめたカイロを大事そうにもう片方の手で包み込むと、こく、と小さく頷いた。
駅までの数分。冷たいアスファルトの上を、二つの影が並んで歩き始めた。
街路樹には、気の早いイルミネーションが点滅している。
「腹、減ったろ」
「あ……はい、少し」
「あそこの角、新しくラーメン屋できてた。温かいもんでも食って帰るか」
「え、でも、悪いですし……!」
「いいから。疲れてる時くらい、素直に年上に奢られとけ」
ぶっきらぼうにそう言うと、彼女は俯いたまま、くす、と小さく笑った。
「……はい」
さっきより、少しだけはっきりとした声が、白い息と共に夜の闇に溶けていった。




