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空蝉の祭り



 じりじりとアスファルトを焦がす真夏の午後。


神社の裏手、鬱蒼とした鎮守の森の入り口で、僕は「それ」に釘付けになっていた。



 陽炎のように輪郭が揺らめく、背の高い影法師。


顔の部分は、まるで墨を塗りたくったように、のっぺりとしている。


それが、木々の闇の奥から、じっと僕らを見ている。



「見るな、ユウヤ!」


 隣にいた親友のユウヤに叫んだ。あれは、見てはいけないものだ。



「え? なんで?」


 ユウヤは、きょとんとして僕を見る。



「あんなに綺麗な人なのに」


「……人?」


「うん。ほら、あそこ。赤い着物着てる。こっちにおいでって、手招きしてるよ」


 ゾッとした。ユウヤが指さす先。


そこには、僕には黒い影法師しか見えない。



 ユウヤには、あの黒いモノが「赤い着物の女」に見えているのだ。



 その時、蝉時雨の向こうから、微かに……ドン、ドン、と太鼓のような音が聞こえ始めた。



「あ、始まった!」


 ユウヤが嬉しそうに声を上げる。



「やっぱり、お祭りだよ。ケンタ、行こう!」


「待て! 何の祭りだよ、今日は!」


 僕が止めるのも聞かず、ユウヤはふらふらと森の暗がりへ歩き出す。



 僕には、太鼓の音など聞こえない。



 ただ、あの影法師が、細長い腕をゆっくりと持ち上げ、ユウヤを手招きしているのが、はっきりと見えた。



「ユウヤ!」


 その肩を掴もうとした僕の手は、空を切った。



 ユウヤは、森の入り口で一度だけ振り返った。



「ケンタは来ないの? ……あ、そっか。ケンタには、招待状、来てないんだね」


 その笑顔は、僕の知らない笑顔だった。



 ユウヤは、森の闇に吸い込まれて消えた。



 あれから十二年が経った。



 ユウヤは「神隠し」として町の噂になり、やがて忘れ去られた。


僕は、あの日のことを誰にも信じてもらえないまま、二十歳になった。



 夏祭りの夜。


僕は、あの神社にいた。



 縁日の喧騒から逃れるように、自然と足が裏手の森へ向かっていた。



 十二年前と何も変わらない、濃い緑の匂い。



 鎮守の森の入り口に、僕は立ち尽す。



「ケンタ」


 背後で、懐かしい声がした。



 心臓が、氷水で掴まれたようにたくなる。



 ゆっくりと振り返ると、そこにいた。



 あの日とまったく同じ、縞模様のTシャツと半ズボン。



 八歳のままの姿をした、ユウヤが。



 彼は、無邪気に笑って僕を見上げていた。


その手には、色鮮やかな水飴が握られている。



「遅いよ、ケンタ。ずっと待ってたのに」


「ユウヤ……なのか?」


「うん。ほら、行こうよ。お祭り、もう始まってる」


 ユウヤが、僕の手を引こうと、小さな手を伸ばす。



 その瞬間。



 僕にだけ、ドン、ドン、とあの日の太鼓の音が聞こえ始めた。



 そして、ユウヤの背後、森の暗がりの中で、あの背の高い影法師が、十二年前と同じように、ゆらりと腕を上げ、今度こそ僕を手招きしていた。



「あ、ケンタにも聞こえた?」


 ユウヤが、嬉しそうに笑う。



「やっと、招待状、来たんだね」



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