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共犯者のサイレンス


 助手席の窓ガラスに、オレンジ色の街灯がいくつも溶けては流れていく。



 金曜の夜。


仕事の疲れを全身に引きずった俺を、こいつ――高橋――は「ちょっと付き合え」の一言で車に放り込んだ。


行き先は、聞かない。


どうせいつもの場所だろうと分かっていたから。



 街の喧騒を抜け、車は滑るように首都高に乗る。


ラジオから流れる、聞いたこともない洋楽の低いベース音が、シート越しに振動として伝わってくる。



「……で、なんかあったわけ」


 俺が切り出すと、高橋は「別に」と、視線を前方に固定したまま答えた。



「ガソリン、入れたかっただけ」


「そのために俺を拉致すんのかよ」


「一人じゃ寂しいだろ」


 くだらない応酬。



 俺たちは、こういうどうでもいい会話を続けるために、もう十年近くも友人関係を続けている。


互いの仕事の愚痴も、恋愛の失敗談も、もうさんざん擦り倒してきた。


今さら、新しい話題なんて必要ない。



 やがて車は高速を降り、倉庫街の無機質な灯りの間を抜けていく。


目的地は、港の埠頭の突き当たり。


車を停め、エンジンを切ると、世界から突然音が消えたような、不意の静寂が耳を打った。



 フロントガラスの向こうには、対岸の街が放つ無数の光が広がっていた。



 宝石箱、なんていう陳腐な言葉じゃ足りない。


それは、何百万という人間の生活が、それぞれの場所でチカチカと点滅している、巨大な「現実」の塊だった。


工場の赤い警告灯が、一定のリズムで明滅している。



「……自販機、行ってくる」


「ん。俺、ブラック」


 俺は車を降り、冷たい潮風に少しだけ身を震わせながら、二本の缶コーヒーを買った。



 車内に戻り、一本を高橋に放る。


カシュ、とプルタブを開ける音が、静かな車内に小さく響いた。



「明日、何すんの」


「寝る」


「だよな」


 それきり、会話は途切れる。



 ただ、ぬるくなったコーヒーをちびちびと飲みながら、目の前の光の集合体を眺める。



 ここで何かを相談するわけでも、慰め合うわけでもない。


ただ、同じ景色を見て、同じ無言の時間を共有する。



 こいつといると、弱音を吐かなくても「疲れている」ことが伝わるし、強がらなくても「まだ大丈夫だ」と信じてもらえる。



 この、言葉の要らないドライブが、俺たちにとっての唯一のセラピーだった。



「……そろそろ、帰るか」


 高橋が、空になった缶を握りつぶす。



 俺は、まだ半分残ったコーヒーを一気に飲み干した。



 エンジンが再びかかり、車は夜景に背を向ける。


明日からまた始まる日常へ、ゆっくりと戻っていく。



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