玉座(ぎょくざ)と三様の臣民
その一輪の薔薇は、打ち捨てられたベランダの片隅で、奇跡のように咲いていた。
深いベルベットの赤。
この世の埃など知らないというかのように、気高く香りを放っている。
彼女は、自分がこの場所の「玉座」であることを疑っていなかった。
彼女の最初の臣民は、天道虫だった。
陽が高いうちにやってくる、艶やかな赤い訪問者。
天道虫は、彼女のドレス(花弁)の上を優雅に散歩し、その輝きをいっそう引き立てた。
彼女は、この美しく、益のある客を歓迎した。
彼らは同じ「美」に属する者同士だったからだ。
次の臣民は、蟻だった。
黒い、無個性な行列。
彼らは玉座の美しさなど意にも介さず、ただひたすらに茎をよじ登ってくる。
その目当ては、天道虫が食べ残したアブラムシの甘い排泄物。
彼女は、その無粋で勤勉な行列を不快に思ったが、追い払う術も持たなかった。
彼らはただ、資源を運び続ける。
日が落ち、天道虫が飛び去り、蟻の行列も途絶える。
ベランダに夜の静寂が訪れると、「それ」は現れた。
カサ、と壁の隙間から這い出してきた、黒く濡れた影。
油虫。
彼は、薔薇の美しさには目もくれなかった。その甘い香りにも。
彼が目指すのは、玉座そのものではない。
油虫は、薔薇の足元、湿った土に落ちた一枚の「枯れた葉」へと真っ直ぐに進んだ。
昼間の臣民たちが「生」に群がるとすれば、彼は「死」の匂いを嗅ぎつける専門家だった。
薔薇が月光を浴びて眠る間も、彼は黙々と、その玉座の土台が腐ち始めた部分を、着実に喰み続けていた。
天道虫は「美」に惹かれ、蟻は「蜜」に集い、そして油虫は「終わり」を待っている。
玉座は、そのすべてに気づかないまま、ただ気高く咲いていた。




