表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/29

半円の不均衡



 終業のチャイムは、戦いの終わりのゴングではなく、次のレースの号砲だった。



 ビルを出ると、細かい霧雨がいつの間にか本降りの雨に変わっていた。


ため息と共に折り畳み傘の骨を伸ばす。


パッと開いた紺色の半円が、アスファルトを叩く無数の雨音から、ひとまず俺を守ってくれた。



 革靴が水たまりを避けきれずに、ぱしゃ、と鈍い音を立てる。


駅までの道は、まだ遠い。



 一日の緊張が解けた反動か、ポケットの中の硬い箱の感触が、やけに恋しくなった。喫煙所まで戻る気力はない。



 歩きながら、器用に一本抜き出して口にくわえる。



 左手に傘。右手にライター。



 カチリ、と火花を散らすが、傘の縁から吹き込む風混じりの雨が、火種を執拗に消しに来る。



 チッと舌打ちし、俺は左手の傘をぐっと右側に傾けた。



 紺色のひさしが、ライターを持つ右手を守る。今度はうまくいった。



 煙草の先端に赤い光が灯り、ふぅ、と紫煙を吐き出す。


雨の匂いに、香ばしい煙の匂いが混じり合う。


思考が、ほんの少しだけ弛緩する。



 その、わずかな安らぎと引き換えに。



 左肩が、完全に無防備になっていた。



 さっきまで傘が守ってくれていた領域は、今や冷たい雨の直撃を受けている。



 ぽつ、ぽつ、とジャケットの生地に落ちていた雨粒は、すぐにその密度を増し、重力に従って染み込み始めた。



 じわり。



 シャツ越しに、肌へ直接伝わる冷たさ。



 右半身は乾いているのに、左半身だけが確実に濡れていく。


そのアンバランスな感覚が、ひどく落ち着かなかった。



 それでも、俺は傘を傾けたまま、煙草を口から離さなかった。



 まるで、このちぐはぐな状態こそが、今日の自分にふさわしい罰であるかのように。



 片側だけがじっとりと重くなっていく肩を感じながら、家路を急ぐ。


早くこの雨も、煙草も、終わってしまえばいい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ