半円の不均衡
終業のチャイムは、戦いの終わりのゴングではなく、次のレースの号砲だった。
ビルを出ると、細かい霧雨がいつの間にか本降りの雨に変わっていた。
ため息と共に折り畳み傘の骨を伸ばす。
パッと開いた紺色の半円が、アスファルトを叩く無数の雨音から、ひとまず俺を守ってくれた。
革靴が水たまりを避けきれずに、ぱしゃ、と鈍い音を立てる。
駅までの道は、まだ遠い。
一日の緊張が解けた反動か、ポケットの中の硬い箱の感触が、やけに恋しくなった。喫煙所まで戻る気力はない。
歩きながら、器用に一本抜き出して口にくわえる。
左手に傘。右手にライター。
カチリ、と火花を散らすが、傘の縁から吹き込む風混じりの雨が、火種を執拗に消しに来る。
チッと舌打ちし、俺は左手の傘をぐっと右側に傾けた。
紺色の庇が、ライターを持つ右手を守る。今度はうまくいった。
煙草の先端に赤い光が灯り、ふぅ、と紫煙を吐き出す。
雨の匂いに、香ばしい煙の匂いが混じり合う。
思考が、ほんの少しだけ弛緩する。
その、わずかな安らぎと引き換えに。
左肩が、完全に無防備になっていた。
さっきまで傘が守ってくれていた領域は、今や冷たい雨の直撃を受けている。
ぽつ、ぽつ、とジャケットの生地に落ちていた雨粒は、すぐにその密度を増し、重力に従って染み込み始めた。
じわり。
シャツ越しに、肌へ直接伝わる冷たさ。
右半身は乾いているのに、左半身だけが確実に濡れていく。
そのアンバランスな感覚が、ひどく落ち着かなかった。
それでも、俺は傘を傾けたまま、煙草を口から離さなかった。
まるで、このちぐはぐな状態こそが、今日の自分にふさわしい罰であるかのように。
片側だけがじっとりと重くなっていく肩を感じながら、家路を急ぐ。
早くこの雨も、煙草も、終わってしまえばいい。




