48.『私のセレスタイト卿』
領主執政室で政務をとるミルシュカのもとへ、伝令がやってきた。
「マルーク国王より至急の御用です! 王城に来てください」
机に片肘立てて、ミルシュカは伝令に返す。
「またずいぶん急だな。なんの用件だ?」
地方の領主は忙しい。いくら王の命とはいえ、調整を入れて王城に赴くのは五日後になりそうだ。
そう返事を持って帰らせようとした。
しかし、ここで伝令が一言添える。
「お探しの件、進展があったと。速やかに王都に来ていただけるよう厳命されました」
ピタリと動きを止めたミルシュカは、伝令に即答する。
「わかった。着替えるだけですぐ出る。休みなく往復させて悪いな」
「かしこまりまして」
真紅の魔法衣に着替え、ミルシュカは、伝令と王城へ急ぎ参じた。
◇◇
クリーム色を基調とした内装の、マルーク王城。
広間で謁見待ちをしていると、偶然にも王城に来ていたユリウスと鉢合わせた。
「爵位を継いだと聞いた。ユリウス、おめでとう」
そう、エリアスが元に戻るあてがないこと、直近の自堕落がたたり、親族たちの判断で爵位は弟ユリウスに移されたのだ。
今のセレスタイト伯爵はユリウスである。
「セレスタイト卿とは呼んでくれないのですか?」
ミルシュカは苦笑して首を振った。
「私とお前の間柄だろう、名で呼んで良いはずだ」
復権後のミルシュカは、すべての事情をユリウスに明かした。
一緒に戦地で任務をこなしたし、エリアスをスペルサッティンに置いておけるよう、セレスタイト家を説得してくれた。
ミルシュカにとっては、弟に近い認識の存在だ。
自然、呼び捨てになったし、彼もそれを許していた。
「俺をそう呼ばないのは、貴女のセレスタイト卿は兄上だけだから、ではないのですか?」
彼の推測通りだった。
『セレスタイト卿』、その呼び名は、愛おしい思い出の大切な欠片。
「そうだ。お前は『私のセレスタイト卿』ではない」
冷たく響く否定の言葉にもめげず、ユリウスがぽつりと口にする。
「兄上が亡くなっていたのなら、貴女は俺のものになっただろうに」
彼も兄の復活を願っているくせに、その言種はなんたることか。
「それは私を見くびりすぎだ。私は、エリアスこそ愛おしいんだから」
胸を張って宣言するミルシュカに、ユリウスは伏し目がちに言う。
「だからですよ。貴女が亡くなったと思っていた兄上が、酒を使って貴女の夢を見なければ生きられなかったように……兄上が完全にいなくなっていたのなら、貴女も、姿の似た俺を求めずにいられなかったはずだ」
「仮定の話だな」
「はい、絵空事の話と思って下さって構いません」
からっと返されてしまい拍子抜けした。これでこの話は終わりにしたい。
「もっと自分を大切にしてくれ。誰かに重ねて見てもらうなんて考えるな。お前をお前として愛してくれる人を探せ」
ユリウスは穏やかに微笑みを浮かべ、ミルシュカを上から下まで眺める。
「……その真紅の魔法衣、兄上が見立たものですね?」
「ああ、そうだ」
「貴女に本当によく似合っています。やはり、兄上には敵わない」
次の用事があるので、と言い残し、ユリウスはそれきり、振り返らず去っていった。
◇◇
「我がマルーク王の御前で、失礼しますが」
ミルシュカは焦燥を隠しもせず、王にぶつける。
「こんな急に呼び出したのですから、ささっと教えてください。白の解呪士は見つかったのですか?」
「ああ、見つかった。見せ物小屋巡りが趣味の豪商がいてな。そいつが全身真っ白な姿を売りにしている流れの見せ物に通っている話を聞いて。使者を立て、問うたら、解呪士であると回答がきた」
「ではっ……!」
「これで、前セレスタイト伯爵の呪いを解くことができるのではないかな?」
ぶんぶんうなずいて、ミルシュカは王に礼を重ねる。
「ありがとうございます! 国王陛下!!」
「私はあいつを誤解して、悪いことをした。これで償いになれば良いのだが」
ミルシュカ殺害事件への疑惑を進言したエリアスを遠ざけた事を悔いている口ぶりだ。
「その『見せ物に造詣の深い豪商』を案内人に頼んでいる。行ってこい」
「はいっ!」
王城のすぐ外で待機していた案内人と顔を合わせ、ミルシュカは仰天した。
「も、モスコミュール殿!?」
見せ物巡りが趣味、豪商と聞いて記憶が刺激されていたが、まさか彼が案内人とは。
「おや、スペルサッティン辺境伯に名が知れているとは光栄です」
握手のため手を差し出すモスコミュールを、やんわり断る。
「いや……、貴殿とは初対面ではないのだ。握手もそのとき済ませているので、改めてしなくていい。……これも縁だな……では早速だが、案内を頼む」
モスコミュールが首をひねる。
「はて……? 以前お会いしましたでしょうか。申し訳ございませんが記憶になく……一体どこで?」
踊り子ミルとミルシュカは、彼の中では結びつきもしないだろう、苦笑して誤魔化す。
「お忍びみたいなものだったんだ、気にするな。そうさな……とある悪所で、とだけ言っておこうか」
見世物小屋なら移動もある。見失うことになる前に。
急がせた馬車は、さる町で興行する見せ物の天幕前で停車した。
「案内に感謝する。ああ、ここから先は私一人で大丈夫だ。ではな」
モスコミュールや従者と別れ、ミルシュカはひとり奥へと進んだ。
土が剥き出しの天幕奥の空間を、真っ白な体に純白の服を纏った女が陣取っていた。
なるほど、白の解呪士。
ニーヴィアと雰囲気が似ている。彼女が白の一族で間違いないとわかった。
これなら、期待できる。
近づいて協力を求めるミルシュカに、彼女は自分なら解呪と回復が可能だと答えた。
その上で、ミルシュカに対価を求めてきた。
物質でも名誉でもなく、自分の手を握ってミルシュカに己の記憶を晒せと。
躊躇う理由はない。
解呪のためなら、そのくらいの犠牲、問題ではない。
ミルシュカは迷うことなく、解呪士の手を取る。




