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46. ミルシュカの答え

 空で一番星だけが輝き始めた。

 やがて陽の光の減少と共に無数の星が姿を現し、満天の星空になることだろう。


 本来の姿である赤毛が、夜風になびく。

 四季読みの砦に戻ったミルシュカは見知ってくれていた者と、爆炎の力によって領主だと信頼され、指揮権を取り戻した。


 砦に入ってすぐ、屋上に向かった。


 激闘の舞台となった場所。

 そこにただ一人、石化したエリアスが残っている。

 見つけると涙で視界が滲んで、前に進む足取りが鈍くなってしまった。


「……エリアス」


 右手を掲げ、ミルシュカを送り出したままの姿で、灰色の石像へと変じたエリアス。

 ミルシュカを見送った、優しい微笑みを浮かべた状態で、彼は動きを止めている。


 触れると、ひやりとした感触が指先に伝わる。

 ほんのわずかでも、彼の温もりが残っていないかという思いは砕かれる。


「エリアス……エリアスっ」


 抱きしめても、すがりついても、あの筋肉質な弾力は失われ、ミルシュカを抱き返すことはない。

 胸に身を預けても、耳を寄せても、熱い鼓動が聞こえない。

 滑り落ちるように、泣き崩れた。

 そのミルシュカの後ろから、低く威厳のある声がかかる。


「……お主、ミルシュカか?」


 ラドスラフだった。

 砦内の者にミルシュカの居場所を聞いて来たのだろう。


「その姿、呪いは解けたようじゃの」


「エリアスです。……彼が……絶対解呪を使って解いてくれました」


 ミルシュカは嗚咽でつっかえながらも、ラドスラフにニーヴィアとの戦闘からの経緯を語った。


「……そうか、セレスタイト伯爵が。……誇って良いぞ、大した男じゃ。それほどの者に、そんなにも深く愛されたのじゃから。でなければ解呪は成らなかった」


 愛、解呪。

 がばっと顔を上げ、ミルシュカはラドスラフに取りすがる。


「そうだっ、解呪! 大師匠、絶対解呪について教えてください。私に使うことはできますか!?」


 ラドスラフは静かに答えてくれる。


「絶対解呪を扱う条件は第一に、誰よりも何よりも解呪対象を愛している事。その上で呪いの根源に胸の奥深くから流れる血をかければよい」


「なら、私も条件を満たしている! 大師匠、使うための呪文を教えてください。私がエリアスの呪いを解く!」


 必死にラドスラフに教えを請うたミルシュカだが、額を拳で叩かれた。


「ばかもん!!」


 割れ鐘のような大声で、ラドスラフはミルシュカを叱りつけた。


「それで、お前さんが胸を突いた血でセレスタイト伯爵を解呪してどうする。瀕死のセレスタイト伯爵とお前さん、寸刻待たずにおっ死ぬだけじゃろうが!」


「……っ」


「セレスタイト伯爵がそんなことを望むと思うか? 稽古をつけてやった時、彼と少し話した。自分はお前さんを絶対解呪する条件を満たしている。しかし回復の当てなくして命を捧げた解呪はしない。自分の望みは呪いのあるなしに関わらず、お前さんと二人で生きていくことだ。そう言っておったぞ。お前さんには? 彼は自分の望みを言わんかったか?」


 ミルシュカも、目を閉じてエリアスを思い出す。


 ──お前と生き続けて幸せになりたい。

 ──二人で生き残るためなんだ。


 彼は確かに、ミルシュカにそう伝えてから解呪を行った。


「わしはセレスタイト伯爵が何に望みをかけてお前さんを残したかわかるぞい? お前さんがわかってやらなくてどうする」


「大師匠……なら、私は……」


「セレスタイト伯爵の願いを無下にしないのなら、お前さんのやるべきことは一つじゃ。そうじゃろ?」


 腕で涙を拭い、ミルシュカは立ち上がる。


「……白の解呪士。解呪と完全な回復を行える術士を探します。なんとしても。どれだけあてなく途方のない話でも、探し続けます」


 どれほどの歳月がかかってもいい。

 エリアスを取り戻すためなら、世界中を巡ったって。


 今度こそ、ミルシュカはラドスラフのお眼鏡にかなう答えに行き着いたらしい。

 大師匠は温かい眼差しで、大きくうなずき肯定してくれるのだった。

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