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43.白の終焉

 エリアスが、轟音に耐えるようにびくりと体を強張らせる。


「……あと一度でもその飛行魔法を使ってみろ……即座にその身は石へと変ずるだろう」


 ニーヴィアの声そのものが、呪詛じみていた。

 エリアスは彼女の手を振り払い、すぐに距離をとる。

 しかし、すでにニーヴィアに掴まれていた場所に、未知の紋が刻まれていた。


「……魔女め」


 ニーヴィアにとって、エリアスに罵られるくらい取るに足らないことらしい。不敵に口を歪め、笑い飛ばす。


「何度聞いたか、わからないわ。……そんな陳腐な言葉」


 ニーヴィアの視線が、すっと別の場所に移る。

 レイモンドだ。

 宝珠を持って橋の袂にいた彼は、唇をわなわなと震わせていた。


「ニーヴィア、……ニーヴィアあああ!!」


 駆け寄ろうとするレイモンドを制し、ニーヴィアが叫ぶ。


「……行きなさい! わたしの世界への復讐だけでもっ、成就させるのよ……『宝珠』を……絶対にスクエータのロッサに届けるの! いいわね!」


 レイモンドは何度も何度もうなずいた。橋の胸壁の石一つを外し、縄梯子を取り出す。


(あれは!? 非常時の脱出用か!)


 それを橋から垂らし、レイモンドは地上へと降り始めた。


「レイモンド! ここまできて逃すか!」


 ミルシュカが追おうとした、そのとき、屋上の床から白い炎が吹き上がる。

 目の前に炎の壁ができた。ミルシュカの行く手を遮るそれは、燃え広がっていく。


「なんだ……!?」


 尋常でない白炎の異質さ。

 ミルシュカはニーヴィアの方を振り返った。


 そこには、変貌を遂げたニーヴィアがいた。

 全身を白く発光させ、しなるように体があらぬ方に曲がり、邪悪な笑みを浮かべている。


「……呪われろ、呪われろ呪わ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ!」


 憎しみが深くこもった声だ。

 叫びながら、ニーヴィアの肌は徐々に黒ずんでいく。


「スィスィア・マギアあああ!!! 存在と代える復讐の焔ぁあ!」


 取り囲む白炎は、いっそう強く燃え盛る。

 あまりのことにミルシュカは背筋に汗が流れるのを感じた。


「……触れれば命を吸い取る純白の炎……お前らはここでわたしの道連れよ。ふふふ……あははは……」


 あんなに白かったニーヴィアは、黒く染まっていき、足元から灰のようにボロボロと崩壊していく。


 脚がなくなったのに宙にあるままのニーヴィアは、胸の辺りまで虚無に呑まれていた。


 不気味な笑い声を発し続けていた彼女だが、末期に、小さく呟く。


「……ロッサ様……」


 それが誰なのか、ミルシュカは知らない。けれど、最期にレイモンドより優先した名。それが、彼女が最も大切に思う人のものだったのだろう。


 そして、ニーヴィアは最期まで呪いに力を注ぎ、跡形もなく消え去った。




「エリアス! 呪いは? 手のほかは大丈夫か?」


 駆け寄ったミルシュカに、エリアスは首を縦に振る。


「平気だ。飛行魔法を使うなら、呪いが発動するらしいが」


「すまない、お前まで呪われるなんて」


「飛ばなければいいだけだ。それよりも、問題なのはあの炎だ」


 燃え盛る音を発しながら、最初は垣根くらいの高さだった白い炎が、今やドーム状にミルシュカたちを囲っていた。


 触れれば、命を吸い取る。


 伊達ではないらしい。屋上で茂っていた蔦が白い炎に触れ、黒ずみ枯死している。

 目の当たりにして、ミルシュカは戦慄した。


 あれに人間が触れるとどうなるか。

 想像したくもない。


「もどかしい、あれをどうにかできなければレイモンドが行ってしまう。『宝珠』がスクエータに渡るのを防ぎたいのに」


 焦燥に駆られるミルシュカに対し、エリアスは冷静に炎のドームを観察していた。


「もどかしいどころの話ではなさそうだ。南塔を片付けてこちらに来たラドスラフ殿に救援を頼もうと考えていたのだが、どうもそこまで時間はないらしい」


 ミルシュカはエリアスの顔を凝視した。


「時間がない?」


「最初、炎が迫り上がってきたとき、もっと橋のすぐ手前だったろう」


「……うん」


 今、白い炎の壁はそこから2メートルほどミルシュカたちに近いところで燃えている。


「徐々に近づいてる。やがて収斂(しゅうれん)し、必ず内側にいる者の命を吸い尽くすのだろう。あの魔女が死の間際に遺した術なのだからな」


「そんな……」


 炎に触れずにドームの外に出られないか、ミルシュカは内周を一巡りした。だが、すぐに理解する。


(逃げられない……!)


 エリアスは中心部分で腕組みし、瞑想でもするように目を閉じている。


(どうしよう? 大師匠だって触れられない以上、こんなのどうにもできない。そもそも大師匠が来る前に、この壁が狭まって私とエリアスは……)


 恐ろしい予感を振り払おうと見上げた先、ドームの壁の上部に紋様があることに気づいた。


「エリアス! あそこの、紋様ぽくないか?」


「ああ、この白い炎の術式の核だろうな。打ち消すなり吹っ飛ばせたら、この忌まわしい壁を消せそうではあるが……」


「剣じゃ、届かないか……」


「それに、打ち消すなら魔法には魔法だ。おそらく魔力をぶつける必要がある。……俺が飛べたら、楽だったんだが」


 エリアスが、飛行魔法に呪いをかけられていなければ、上部が閉じる前に飛んで逃げられたはずだった。


「私もお前も万全に魔法を使える状態ならば問題なかったのにな」


 エリアスは顎に手を当てて、まだ考え続けている。

 返事がない。


 そして、その間にも炎の壁はじりじり迫ってきていた。

 だんだん狭まるスピードが上がってきた気がする。


「エリアス……」


 ミルシュカはエリアスの胸にもたれかかり、彼の体温を感じた。

 このまま、白い炎に命を吸われてしまうのなら、せめてすこしでも長くエリアスと触れ合っていたい。


「ミルシュカ……」


 エリアスの手が、ミルシュカの背中と頭の後ろに添えられる。


「エリアス、愛してる。お前と一緒なら、もういい。これで終わってしまっても文句はない」


「……ミルシュカ……、ああ、俺も愛してる。お前にそうまで想ってもらえるなんて……満足だ」


 二人の命を奪う炎だというのに、真っ白な光に照らされたここは天国のようだった。

 ぐっと、抱きしめる腕に力がこもる。エリアスに押し付けられ、彼の鼓動が聞こえる。


(少し速い、エリアスが生きている音だ……)


 それだけで、心が安らぐ。

 ほっと息を吐くミルシュカに、エリアスが言う。


「でもなミルシュカ、俺は終わりは嫌だ。お前と生き続けて幸せになりたい」


「エリアス……」


 ミルシュカとて。叶うならそれが一番だ。

 無理そうだから次善である、一緒の終わりで我慢しようとしているのに。


 エリアスが、静かに問いかけてくる。


「約束を覚えているな、ミルシュカ」


 愛しいエリアスの言葉なのに、ぞっとする。

 約束なら昨日したばかりだ、覚えている。


「お前を置いて行けって?」


 ミルシュカは顔を上げて、エリアスを睨み、必死で否定する。


「お生憎様だがあの炎に当たらずお前を置いていく手段はないからな! 私は最期までお前と共にいさせてもらう!」


 ミルシュカはそう言ってのけたが、エリアスは意に解さない。


「たぶん、お前はこの炎を打ち消して向こうに行くことができるはずだ。俺を置いて進め」


「何言ってるんだ! 消せるんだったら一緒に行くぞ」


 エリアスは穏やかな目でミルシュカを見て、首を横に振る。


「頼むから、言うことを聞いてくれ。二人で生き残るためなんだ」


 ミルシュカは、耐えて拳を握りしめた。

 エリアスは、ミルシュカが彼を置いて行くことを望んでいる。


「俺はお前を信じている。後のこと全てお前に賭ける。お前を動揺させることを立て続けに起こすことになるが、どうか自棄にならず言う通りに実行するんだ」


「エリアス……?」


 エリアスの手が、ミルシュカの頬を愛おしそうに指でなぞる。


「今からお前の魔封じ紋を解呪する」


「……っ!?」


「そうすればお前は爆炎を使えるようになる。そのあと、俺がお前を上まで飛ばすから、あの壁の紋に爆炎をぶつけるんだ。それでこの忌まわしい炎を破れる。あとは飛行魔法で滑空できるから、ここに戻らず逃げたレイモンドを追え。奴を引っ捕えて『宝珠』を破壊するんだ」

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