42.逸れた軌道
「おい、ミルシュカ!」
背後から呼ばれ、ミルシュカはエリアスにも注意を喚起する。
「氷魔法を持つ魔法騎士と戦ったことがあったから対応できたが、そいつの比じゃないくらい氷が大きい。これは当たれば一発でその部分は貫通で持っていかれる。弾くから、エリアスは私のすぐ後ろについてきてくれ」
「おいおい……」
エリアスも一発ずつなら弾けるだろう、だが連続で三発は厳しいはずだ。
前衛は譲れない。
それに再び連打が来ないうちに距離を詰めなければ。
「短期決戦狙いだ! 駆ける!」
「了解!」
向かっていくことで、攻撃の氷塊はますます素早く飛んできたが、それも弾いて前進する。
ニーヴィアに肉薄し、防ぐ武器も盾もない彼女の肩から斬撃を入れる──はずだった。
しかし──
「な!?」
ニーヴィアは左手を出し、ミルシュカの剣を遮る。
(左腕を自ら捨てるのか!?)
確実に左腕は切り落とされる、そのはずだったのに、ミルシュカの剣の方が硬い音と反動で弾かれる。
手に衝撃が走り、思わず飛び退いた。
どうにか剣を取り落とさず済んだのは幸運だった。
(なんて硬い。陶器か鋼に切り掛かったみたいだった。あれなら剣を受け止めれるだろう。いや、何度も止められたら剣の刃がやられる)
ニーヴィアが距離を取るのを追いきれず、鋭利な氷塊の連打を繰り出される防戦に突入した。
交戦し始めどれくらい経ったか。
距離を詰めきれないまま、ニーヴィアの魔法攻撃から身を守るため、素早い弾き返しを何度も何度も行った。
剣の柄を握る手が、少し痺れてきた。
「ミルシュカ、長期戦にもっていかれてるぞ。それに、客観的に見て白の女の魔力切れより、お前が攻撃に対応できなくなるほうが早そうだ」
ミルシュカは背後のエリアスに言い返す。
「わかってるっ、でも決定打を加えるチャンスが来ない!」
このままではジリジリと押し切られる……。
焦るミルシュカの背中を支えるように、エリアスの力強い激が入る。
「つくるものだろ、チャンスというのは」
その気概は重要だ。
だが、どうやって?
手はないのか、必死で光明を見出そうと考える。
今エリアスと一緒にできる手段は──ひとつだけ、閃くものがあった。
「エリアス! 情報収集した街で、風船を取った後にした会話、覚えているな?」
「……ああ、覚えている」
あのとき、エリアスに飛ばしてもらって、垂直ではなく平行に飛ばせるか、戦闘に応用できないか話した。
「あれを!? 本気か?」
「そうだ! それでニーヴィアの想定を上回る速さで懐に飛び込む!」
躊躇う様子を見せたエリアスだが、ミルシュカは決断を急かす。
「すぐに思いつくのはそれしかない。それに、たぶんもう保たない」
回避を続けながら、ニーヴィアには接近できず。
ミルシュカの動きは精彩を欠いてきた。
膠着する戦いに、エリアスも踏ん切りがついたようだ。
「手を! 走りながら次声をかけたタイミングで飛ばす!」
「頼む!」
左手を伸ばし、エリアスの手を掴む。
冷えた指先が、ぎゅっと強く絡み合う。
次弾の氷塊が来る前に、その時が来た。
「ミルシュカ! 行け!」
ぶんっ、と放られた左手の感覚。
空気を身で切り裂くように、ミルシュカの身体が加速し、一気に突っ切っていく。
ニーヴィアの目が見開かれた。
「なっ──!」
ニーヴィアに急接近していく、はずが──
(──ズレていく!?)
狙いはまっすぐニーヴィアの正面だった。
だが、ミルシュカの体は左へ左へと逸れていく。
(エリアス、飛ばす時に角度をつけてしまったのか!?)
これではニーヴィアを間合いに捉えられない。
足を着き、平行飛行は止めた。しかし、到達したのはニーヴィアの左方向数メートル地点だった。
「くっ……!」
一回きりのチャンスをふいにした。
エリアスに申し訳なかった。
(エリアスが攻撃にさらされる前に、戻らねば……!)
エリアスがいたはずの場所を見た。しかし、そこに彼の姿がない。
「!? エリアス!?」
屋上自体にいない。見渡しても、彼の影もない。
その直後、視界の上端で何かが閃いた。
見上げた先、上空にエリアスがいた。
瑠璃紺の魔法衣がはためいていた。彼は無音で高高度へ飛び上がっていたのだ。
大きく宙返りをするような動きで、エリアスは縦に一回転し、ミルシュカの超移動に気を取られていたニーヴィアの背後に降りかかる。
飛行魔法を使った、スピードと立体移動を組み合わせた動き。
エリアスは落ちてくる勢いも乗せ、ニーヴィアに奇襲の一撃を浴びせた。
「……終わりだ、ニーヴィア」
「かっ、はっ!! ……そんな……そん……」
肩口から背まで、ばっさり斬られたニーヴィアが崩れ落ちた。
斬撃の勢いで片膝をついていたエリアスは、立ち上がってゆっくりとミルシュカへ視線を向ける。
「お前まで騙すようなことして悪かった。でも、愛する女をぶん投げて敵にぶつけるなんて、できるか」
つまり、ミルシュカの平行飛行の軌道がずれたのは、エリアスの故意だったのだ。
「じゃあ、お前……」
「最初から、俺が仕留めるつもりだった。お前の手を汚したくなかった」
「言ってくれたらよかったのに……」
「すまないな。奥の手を使ってでも俺がやったから、これで許してくれ」
(ああ、ほんとうに。エリアスは……)
ミルシュカを、想ってひたむきに行動するのだから。
愛しく思って、ミルシュカはエリアスに歩み寄ろうとした、そのとき──倒れ伏したはずのニーヴィアが、操られた人形のようにぎこちなく身を起こし、エリアスの腕を血に塗れた手で掴む。
「お前っ……!?」
致命傷に近い傷でも動き、口から血泡を吹きながら、ニーヴィアはおぞましい声で呪文を絞り出す。
「……スィスィア・マギア。我が命の恨み、晴らしてくれる。……仇の身に罰を与えん!」




