40.口火を切って
書類に散らばる情報を突き合わせると、飛行型使い魔の仕組みが見えてきた。
使い魔の生成には自然エネルギーをふんだんに蓄えた『宝珠』が必要だった。完成した『宝珠』に紋を刻めば、数十体もの使い魔を複製できる。
動力源は『宝珠』に蓄えられたエネルギーであり、『宝珠』を作り直したところで、同じ『宝珠』から生まれた使い魔でなければエネルギーは補給できない。
飛行型使い魔の要が『宝珠』なのだ。
「……スペルサッティンでの『宝珠』作成データは、エネルギー貯蔵率が異様に高い。スクエータのものと比べて五倍の開きがある」
エリアスは書類をめくり、考察を進める。
「スクエータは荒涼としているからな。比べると、お前の愛する領地はエネルギーに恵まれているのだろう」
「つまり、スクエータなら五年かかるところが、一年で済んでしまう?」
エリアスは静かにうなずいた。
レイモンドはどうか知らないが、白の女は確実にスペルサッティンを狙って、ミルシュカを罠にかけたのだ。
そして、ミルシュカが領地を追われてから、すでに一年が経過している。
「……まずいな。『宝珠』はもう完成していておかしくない」
「重大すぎる。私の解呪よりも『宝珠』を奴らが、スクエータが手にすることを防ぐ方が優先だ」
エリアスも苦々しく顔をしかめる。
「どちらが優先などと言いたくない。どちらも重要だろう。まとめて片付ければいい」
「でも……」
「行くぞ、なんとしても白の女を捕まえなければ」
他の部屋をあたろうと扉へ向かったその時、廊下から足音がした。
硬質なヒールの音と、大股で歩く乱暴な足音。
「まずい、入ってくるかもしれない。奥の棚の陰に隠れろ」
エリアスが巨大な壺の後ろへ。
ミルシュカは手近な本棚の陰へ。
入り口からの視界外へ滑り込む。
「ニーヴィア、見てくれよこの輝き。完璧じゃないか? スクエータに献上し、紋を彫り込んで君が発動させれば、今度こそ世界はスクエータに跪く。君の望んだ混沌のはじまりだ!」
「ええ、よくできたわレイモンド。あなたの協力の賜物よ。わたしの、世界への復讐が成る……」
弾んでいた白の女ニーヴィアの声が、途中から空気が抜けるように小さくなっていった。
(まずい! 資料が机に広ったままだ)
机の上に乱雑に広げたままの書類と手紙、違和感に気づかれてしまう。
ニーヴィアもレイモンドも黙りこくり、室内の気配に注意を傾けている。
二人が進んでくる。
ハラハラしながら、息を潜めた。
「そこ、三つ編みがのぞいているぞ。女か、出てこい! 何の目的で侵入した!」
鋭い声が飛んできた。
隠れきれていなかったとは。ミルシュカは唇を噛み締める。
どうせ対峙しなければならなかった。
決心して剣の柄を握りしめ、棚の陰から出て二人を睨みつける。
「ご無沙汰だな、レイモンド、ニーヴィア!」
ミルシュカは闘志をみなぎらせ言い放つ。
「お前たちの企みなら掴んだぞ! その『宝珠』、スクエータには渡させない!」
ミルシュカの登場に、目を丸くしたレイモンドであったが、口の端を歪め、残忍さを隠しもしない表情で嗤う。
「これはこれは、ミルシュカ前辺境伯か」
悪意の満ちた声で、彼はミルシュカを嘲る。
「驚いた。スペルサッティンに戻ってくるとは思わなかった。てっきり今頃は貧民窟で身を売って暮らしているか、とっくに犯され殺されでもしているものとばかり」
「ご期待にそえず申し訳ないな。私は諦めが悪いんだ。お前たちを倒して、私は私のものを返してもらう! 我が領地を悪用して得たその『宝珠』も。破壊する!!」
すっと、レイモンドの口元から笑みが消えた。
だが一瞬のこと、彼はすぐに余裕を取り戻しミルシュカを挑発する。
「爆炎のない元辺境伯様が、剣技だけで? 俺は戦えなくともニーヴィアの攻撃を一人で耐え切れるかな」
高笑いするレイモンドの奥にいたニーヴィアが、不気味に微笑んだ。
彼女の指先が引っ掻くように軌跡を描くと、魔法の気配か、室内の空気が歪む。
未知の現象に警戒したその時──
「彼女一人ではないぞ」
研ぎ澄まされ、凛とした声が響く。
ミルシュカを庇うように、レイモンドとニーヴィアの前に、立ちはだかった彼は、まさしく凍てついた薔薇。
触れれば切れそうなほど、鋭利で冷徹な空気を纏うエリアスだった。
レイモンドはしばし絶句し、続いて馬鹿らしいと言わんがばかりに哄笑する。
「……セレスタイト伯爵!? ……まさか、……傑作だ。あんた、この女を見つけたのか。しかも、この姿で彼女と見抜けたとは! 広い世界でよくもまあ! とんだ執念もあったもんだ!」
「うるさい、愚かしいお飾り男め。お前らの小賢しい目くらましなど、俺に通用するか。俺が彼女を見間違うことはあり得ない。これぞ愛だ。俺の彼女を想う心が引き寄せた運命だ!」
そうレイモンドに言い切って、エリアスはミルシュカを守るように剣を抜く。
(そうだ、二人でなら大丈夫。負けるはずない)
エリアスとなら、どんな困難でも乗り越えられると、勇気が際限なく湧いてくる。
やるべきことは、決まっている。
「お前たち二人とも、私の魔封じ紋を解き、『宝珠』を渡して大人しく裁きを受けろ! でなければ私たちが相手だ! 斬り捨ててでもその『宝珠』を破壊する!!」
お話のキリで切るので、明日から週末まで一日一話or二話更新になります。
よろしくお願いいたします。




