39.決行・潜入
魔法衣に、腰には剣。髪も三つ編みに一括りした。
鏡に映る茶髪の自分を見つめ、ミルシュカは勇ましい姿の鏡像に問いかける。
(この姿も、これで見納めにできるだろうか)
宿屋の部屋を出ると、エリアスとラドスラフがすでに準備を終えていた。
ラドスラフはいつものマント姿。翻る布地の向こうに、背負った年季のある剣がのぞく。
エリアスは、瑠璃紺の魔法衣を纏っていた。端麗な顔立ちは、決意に満ちて凛々しい。
「エリアス、大師匠」
二人の視線を受け、ミルシュカは深く頭を下げる。
「今日はよろしく頼みます。……では、行こう」
町の外れまで歩き、上空から四季読み砦に接近する。
エリアスを中心に、三人が手を繋いで浮かび上がった。
一度、高度を上げて、捕捉されないよう砦に近づく。
「警備の交代時間、と聞いていたが。確かに人の動きが鈍いな」
「ティータイムには休憩に入るものが多くて警備が手薄になる、とは本当だったようじゃの」
「今が好機だ」
南塔の屋上に降り立った。
ラドスラフには塔内の階段で警備が来るのを防いでもらう。
階段の幅は限られる、囲まれる心配がなく、常に一人か二人ずつで済むのなら大剣士は十分対応できるだろう。
「大師匠、警備の者たちをよろしくお願いします。負傷者は仕方ないですが、死者は出さないように」
「任せておけ。お前さんたちこそ。武運を」
振り返りざまに、ラドスラフは茶化してくる。
「真の姿のミルシュカを楽しみにしておるわ。その伯爵が骨抜きになるほどじゃからの、絶世の美女なんじゃろ」
「大師匠! ……あまり期待しないでください」
ラドスラフは歯を出して笑い、顎で北塔を示した。
「では、また後で」
大師匠の声を後ろにして、ミルシュカはエリアスと北塔への橋を駆ける。
──砦の核心部へ。
北塔の屋上に到達し、石造の螺旋階段を慎重に踏み降りる。
空気が湿った、塔内の廊下に出た。
(白の女はどこにいる? レイモンドも、今ここにいるか?)
レイモンドは良家の子息だったので、騎士団経験がない。
戦闘力はほぼない。
白の女にとって足手まといになるだろう。
問題は白の女だ。
彼女が魔封じ紋などを扱うのは知っているが、攻撃魔法はどうだろうか。
「エリアス、部屋がいくつかあるけど」
「どこが標的のいる部屋かわからないんだ、単純に手前から行くぞ」
それなら、と手近な扉の前に立ったところで呼び止められた。
「おい、そこ違うぞ」
「え? だって手前の部屋って」
エリアスがかぶりを振った。
「俺から見れば、そこには紋が書いてあるだけだ。目眩しの偽扉だろう。触れると何か発動する罠ではないか? 扉なら、ここだ」
エリアスの手が空中で何かを握り、透明な何かを捻っている。
すると、壁でしかなかった部分が、裂け目のように開き、部屋の中をのぞかせた。
「手が込んでいるな。これは、当たりか」
「だといいな。……行くぞ」
部屋に踏み込むなり、エリアスは出入り口を元通りに閉じた。
ミルシュカは入って最初に目についたものを指差す。
「エリアス、あれを!!」
「まさに、スキッツの言っていた奴だろうな」
壁際の天井に、巨大なコウモリに似た飛行型使い魔がぶら下がっていた。
翼を畳み、逆さのまま微動だにしない。
まるで剥製のように、呼吸の様子すらない。
ミルシュカは剣の柄に手を置いて、使い魔への警戒をし続けたが、エリアスはすでに部屋の書棚や机を物色していた。
「これは、考えていた以上の収穫だ」
「どうした?」
「飛行型使い魔の生成方法、作動させるための魔力制御、詳細な資料が揃っている」
「そんなものがスペルサッティンで手に入るなんて……あの白の女、スクエータの回し者なのか?」
「いや、むしろ白の女だってスクエータを利用しているのかもしれない。お互い利用し合っている関係かもな」
エリアスは書類の束から、一枚の便箋を拾い上げて読んでいる。
ミルシュカも、適当な書類を手に取ってみた。
「スクエータの研究機関の印が押してある……やれやれ、現スペルサッティン辺境伯はとんだ外患罪だな。これであいつらを捕まえられたら、私の姿が今のままでもあいつらを裁いてもらって、領地奪還できそうだ」
「ミルシュカ」
エリアスに手招きされ、机上に広げられた書類に目を落とす。
「飛行型使い魔と宝珠についてだ」




