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35.下調べと小手調べ

 食べ切れるか心配するほど積み上がっていた肉は、すべてラドスラフが平らげた。

 あれだけの量を一人で収めるのも、食後に平然としていられるのも驚きだ。


「して、今日の盗人が人足で入っていた砦というのは、なんかわかっとるのか?」


 ラドスラフが顎髭を触りながら聞いてきた。

 ミルシュカは、知っているかぎりのことを整理して二人に伝える。


「四季読みの砦なら、この町からさらに北上した場所にある。領地成立以前からの遺跡なんだ。なんのために砦が建てられたか不明だ。一応、季節折々の景観を楽しむためと考えられる。ただ古くて崩れかかっていたし、観光客も来ないような、寂れた所なんだが……」


「人足を片端から集めたということは、砦として強化しているのではないかの。大体でよいから、砦の構造を知っておきたいのう」


 エリアスもラドスラフに賛同する。


「できたら砦の警備について調べたい。白い女とレイモンドは辺境伯の邸ではなく、そこを根城にしているようだな。常にそこにいるのか、二人一緒なのか。最寄りの町なら人足として行き来している者がいるだろう。明日はそこまで移動して、調査だ」


 翌日の昼下り、四季読み砦に一番近い町に到着した。

 宿に荷物を置いて身軽になってから、ミルシュカはエリアスに声をかける。


「エリアス、準備はいいか。住民に話を聞きに行くぞ」


 しかし、エリアスは首を横に振った。


「俺は行かない。今日はお前だけで行ってくれ」


「なんだと?」


 いつもせっかちなくらい迅速に行動するエリアスが、外出を見送るとは珍しい。

 ミルシュカは彼の顔色を確認して心配する。


「体調でも悪いのか? やはり夜はしっかり寝ないか? お前、連日だな……」


「体調はいい、夜はいつも通りだ。行かないのは、ラドスラフ殿に稽古を受けるからだ」


「大師匠に稽古をつけてもらえるなんて! ずるいぞエリアス、私も稽古をつけてもらいたい!」


 ミルシュカが飛び上がる勢いで抗議すると、エリアスは呆れたように顎を上げた。


「馬鹿。ラドスラフ殿が俺の剣の腕を見ておきたいというから、そのついでなんだ。時間は有限だ。あと一週以内にはケリをつけないと。だから、お前は聞き込みをしてきてくれ」


「む……」


 当然の要求なのだが、エリアスのことが羨ましい気持ちは変わらず。

 ミルシュカは、不貞腐れ気味に町へと繰り出した。


 昼遅くに出たせいで、すぐ夕暮れが近づいてきた。


 四季読み砦は領内最古の建造物なので、立ち寄ってみたことがある。

 雨風を防ぐにも不十分で、人が落ち着ける場所ではなかった。


 ところが、住民に聞き込んだところ、補修と補強を受け、守りも固められているそうだ。


 そして、レイモンドはそこに常駐しているらしい。

 領主の仕事はほぼ代官に投げっぱなし。

 砦の拡大に執心していると。


(代官が政務を取っているのはまだ幸運だった、かもな)


 レイモンドがスペルサッティンの指針をいじっていたら、さぞ混乱したことだろう。


(だが、作付けを減らすくらい、領地各所から四季読み砦に人手が出ていった、と)


 この町は領主によって、箝口令(かんこうれい)まで敷かれていた。

 砦の強化を知らない者には、話さない。

 文字に起こさない、新聞や季報に書かない。

 人足の募集も活字の広告に頼らず、口伝えでやっていた。


(領地の外からでは、四季読み砦のことを知るのは難しかったな)


 重くなった気持ちで宿へ戻ると、裏の空き地で、エリアスとラドスラフがまだ剣を合わせていた。


「まだまだっ!」


「うむ、ちょろいわっ!」


 エリアスはラドスラフに剣の腹で払い飛ばされ、地面に転がった。


「……ただいま戻りました。大師匠、どうですかエリアスは」


「おお、よく戻った。セレスタイト伯爵はの、うむ、だめじゃ。まったく」


 よろめきながら立ち上がったエリアスが反論する。


「俺はガチガチの剣士ではない。少しでもまともになれるよう稽古してくださっているのでしょう!」


「ふむ、まあのう。いやしかし、ひどいもんじゃった。これでミルシュカを任せてよいのか、悩みかけたぞい」


「大師匠……」


「しかし、そんな未熟者でもわし相手に一本を取りかけた。そこは褒めようぞ」


 ラドスラフの発言にエリアスを見直す。

 この大剣豪からどうやって。


「魔法騎士団では俺に求められるのは剣技より家系魔法だったから。磨いた飛行魔法は自信がある。だから剣技に組み合わせてみたんだ」


「まさか空を飛べる人間とは思っておらんかった。出し抜けに使われると、わしですらやっと反応できたほどじゃった。いい軌跡じゃったぞ、奥の手として秘めておけ」


 エリアスがしっかりとうなずき、稽古はお開きになった。



 ◇◇



 夕食を終え、調査の結果を共有したあと、ミルシュカはエリアスと共に部屋へ戻った。


 ベッドに手足を投げ出すと、後を追うようにエリアスが覆い被さってくる。


「エリアス……」


「さすがに今日は疲れた。休む」


「うん……」


「でもお前の温もりが欲しい、抱きしめさせてくれ」


 疲れたというエリアスを早く休ませてやりたくて、ミルシュカは上着を脱いで、エリアスに腕を回す。


 エリアスは身を寄せて、唇でなぞるようなキスを肌へ落としてくる。

 耳元に吐息が触れて、くすぐったい。

 幾度かミルシュカの髪を()きながら、囁く。


「愛してる、ミルシュカ。……なあ、疲れて弱気になってる今だから、つい、こぼしてしまうのだが。お前、俺と逃げないか」

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