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34.必要な覚悟

 ロープを勢いよく手繰り、反動で盗人を墓石に突っ込ませそうにしながら、エリアスは盗人に命じた。


「おい、さっきの話をもう一度詳しく話せ。細かいところも忘れるな」


 エリアスの氷のような瞳でにらまれて、盗人は肩を震わせ語り始める。


「おれの名はスキッツ……四季読み砦で割りがいい仕事があるって友達から聞いて、真面目に人足として砦の補修や増設をしてたんだよお。でも半月前、……ヤバそうなとこに居合わせちゃって」


 怯えて視線を泳がせ、スキッツは続けた。


「全身真っ白な女が、増設中の部屋に入ってくもんだから、面白半分で後つけたんだあ。そしたらでっかいコウモリの怪物が女に頭下げて、撫でてもらってて。女の手に持ってた玉が虹色に光って、消えちまってさ。そしたらコウモリがカチンコチンに動かなくなって」


 スキッツはごくりと唾を飲み込む。


「でもその女、もっとちゃんとした『宝珠』が出来るから、そしたらまた生み出せるって、新領主様と話してた」


 エリアスの表情が険しくなった。

 飛行型の使い魔と白の女、レイモンド──すべてが繋がった。


「その後すぐ二人に気づかれちまった。一緒に見てた友達は戸口にいてバッチリ姿が見えてたからかな。吹っ飛んできたレンガが頭に直撃して倒れてさぁ。おれ、友達に駆け寄ろうとしたんだ、けどその前に、新領主様が友達に剣を突き立てて、止めを刺してたんだよおぉ」


 頭を抱えて縮こまり、スキッツは震えていた。

 それから、領内を逃げて食うに困り、墓で供物を食って凌いだ、ということだった。


「エリアス……これは」


「まさに求めていた情報だったな。起こっていることは、ありがたくない話だが」


 エリアスは足を踏み出して、スキッツを見下ろした。


「お前、供物泥棒は感心できないが、重大な情報をくれたからな。助けてやろう。俺の領地で匿ってやる。路銀と伯爵の紹介状をやるから、すぐに馬車でセレスタイトに向かえ」


「ありがてえ! たのんます!」


 頭を下げ続けるスキッツに、エリアスは布袋を渡す。

 それを見てミルシュカは意外に思っていた。


「エリアス、結構面倒見がいいんだな」


「あいつは俺たちが情報を得たことを知ってるんだぞ? レイモンド達に捕まって俺たちの存在が知られるのはまずい。一刻も早く隠したい」


「ああ、なるほど」


 スキッツを送り出し、墓地は静かになった。

 ミルシュカは師の墓石を見つめ、呟く。


「思わぬところで重要な情報が入ったものだ、大師匠の協力も。……師匠が、引き合わせてくれたのかな」


 しんみりとするミルシュカに、ラドスラフがうなずいてくれた。


「オルジフは弟子想いで、わしにとってもいい弟子だった。わしより先に逝ったことを除いての。さあて、あやつの代わりに孫弟子の面倒だ。わしもする話があるし、どうやってお前さん達に力を貸すかも計画せんとじゃろう。落ち着けるところに行こうぞ」



 ◇◇



 滞在中の宿屋に程近い食堂で、ミルシュカは皿にある肉の山が崩落しないか心配していた。


「おい、なんだこの突如出現した盛り盛りの肉は」


 小声で耳打ちするエリアスに、同じようにして返す。


「大師匠は大層な肉派と聞いている。いるんだろ、パワーが」


「お前の師匠たちは極端な食生活をせねば生きられんのか?」


「私が知るか、そんなこと」


 耳を引っ張りあって話していると、ラドスラフが手で仰ぐ仕草をし、豪快に笑った。


「ずいぶんなじゃれあいようだの! お前さん達の家はいがみ合っているので有名じゃったが、そのようにイチャイチャする関係になるとはなんとも……」


 大師匠にイチャイチャとまで表現され、ミルシュカは顔が熱くなった。

 頬を手で覆い、はやく冷めるよう念じる。


「大師匠、話を……! 先ほどエリアスもいる場ですると言った話をお願いします」


「おお、そうだったの」


 隣のエリアスも身を乗り出し、話に集中する。


「白の一族は、独自の魔法を扱う流浪の民。おそらく現代魔法の困難を破る技を使える故に、迫害を受け一つ土地に居られなかったのではないかの。しかしの、先代のスペルサッティン領主が若かりし頃、領内で保護するという計画があった」


「えっ? つまり、父が……?」


「うむ。しかし話がまとまりきる前に、白の一族内で騒動があったらしくてな。一族自体の数が激減し、散り散りになった。保護の話も立ち消え、もうまとまっているわけじゃないからの、探すのは困難だとしか言えん、なので役に立つ話ではない。すまんのう」


 雲をつかむような話、ということが確定しただけだった。


「私を呪った白の女は、その残り少ない白の一族の一人なのかも。あと何人いるか知らないが、他の白の一族を探すなんて相当厳しそうだ」


 ラドスラフは、なぜかエリアスに視線を移した。


「わしも流浪で色々なところに首を突っ込んだ身じゃ、白の一族に頼らずとも解呪だけなら絶対的な解呪方法を知ってはいる、エーテル・マ──」


「大剣士殿」


 これからというところで、エリアスがラドスラフの話を遮った。

 彼は真剣な目つきでラドスラフを止める。


「どうか、それ以上は言わないでください。一般の解呪士に聞きました。俺は知っています、条件も満たしている。ですが……、決断できるほどではないのです。どうか……」


 エリアスの発言に、ラドスラフも首を縦に振った。


「そうかすでに知っておったか……いいじゃろう、どうせお主の心一つじゃからな」


 ミルシュカは会話についていけず、訊ねる。


「なにを二人で納得しているんだ? 絶対的な解呪というのは、使えないものなのか?」


「ほぼ使えんシロモノだの」


 ラドスラフが断固とした口調で言う。


「取り戻せるのが魔法と外見だけなら、お前さんにとって釣り合わんほどの代償を払うことになる。これ以上その方法について聞くのも確かめるのもナシじゃぞ。師匠に命じられたこととして従うように」


「はい……」


「まだ解呪の目はあるぞい。その白の女に解かせるか。あるいは……、術者を殺めるかだの」


「白の女を、殺す?」


 逡巡していると、エリアスが横槍を入れてくる。


「白の女は飛行型使い魔にも一枚噛んでいる、使い魔を動かすとか、あるいは生成もしているなら止めるために殺すことにもなり得る。生け捕りは、かなり難しそうだからな。しかし白の女を殺すだけでは、術者がいなくなったことによる解呪はできないだろう」


「なぜ?」


「お前が話したことだぞ?」


 エリアスが冷静に続ける。


「その魔封じ紋、最初にレイモンドが、次に白の女がかけたのだろうが。術者を殺めるなら、レイモンドにも死んでもらわなければ」


 すっかり気分が重くなった。

 騎士として、仕方なしに敵軍を殺めるのは仕事として割り切れた。

 しかし、自分の呪いを解くためだからと、呪った当人を二人殺すのは私欲で、自分勝手な理由ではないだろうか。


「あいつらは、できたら王国裁判にかけて、正式な罰を受けてほしい。戦闘が激化した果てなら仕方ないとして、私の呪いを解くためだけに、命を奪うのは控えたい」


 エリアスの嘆息が耳に届く。


「甘すぎる」


 言葉は冷たいが、端々にミルシュカへの心配が含まれていた。


「戦闘中、致命傷を与えるしかなかったら、さっさとあきらめろ。こっちが殺されるだけだ」


 覚悟ならもうここで決めておけと、求められていることがわかった。

 たしかに、白の女やレイモンドの命を惜しんで、エリアスが傷つくのは許せない。

 エリアスも、そうなのだろう。ミルシュカの優しさとためらいが、隙になることを危惧している。


「わかった。手加減はしない。ぶつかる時は、全力でかかる」

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