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29.今、お前に打ち明ける

 心臓がドクンと跳ねた。


 胸の奥で激しく打ち鳴らされ、鼓動の音が口から漏れてしまいそうだ。


「あ、愛って。だって、遠出の時旧市街で……見たぞ、お前、窓から顔を出した赤毛の女を熱心に口説いていたじゃないか」


 エリアスが苦々しげに口を曲げる。


「お前、あれを見てたのか。それで……あの日はあの態度か」


「私は、あんなふうに熱烈な言葉を並べて口説かれていない」


 エリアスの強い意志がこもった瞳が、ミルシュカを捉える。


「ああやって解呪士の住処を聞き出していた。行きずりの女だから、あることないこと適当に言えるんだ。お前、あんなくだらない、心にもない文句を並べてほしがるなんて……そんな事だからあのレイモンドなどというロクデナシに騙されるのだぞ」


「な、なんだと。それにっ、恭しく手の甲に口付けていた! あんな王子様みたいな仕草で……んっ」


 奪われた唇。

 ミルシュカの言葉は、エリアスの熱い口付けに塞がれた。

 深く、甘く、逃れられない。

 彼の唇の心地よさに、容赦なく溶かされていく。


「ふぁ……ッ、ぁ……ぁ……」


 気がつけば身体ががっしりとした腕に包まれて、指先まで甘さに痺れてしまったようだ。 


「手に口付けたからなんだ。そんなつまらない場所。お前には唇にいくらでもしてやったではないか」


 そう言って、エリアスはもう一度唇を重ねた。


 口付けに感じる熱が、これまでの比ではない。

 ミルシュカがエリアスへの恋心を意識したからか。

 指先が頬をかすめただけで、心が乱され、恋心があふれそうになる。


 白熱したように熱く求める気持ちが抑えられなくて、苦しいほど、エリアスが恋しい。


「……じゃあ、お前……ほんとに? 私が都を去る前のあの頃からか?」


「そうだっ。任務でお前に助けられた、あの夕暮れからずっと好きだった! お前、よくも俺を何度も何度も邪険にしてくれたな」


「……だって、とてもそんなふうには」


「心底惚れた女相手だと、うまく振る舞えなかったんだ! 悪いか!」


 いつもの余裕はなく、心を曝け出すエリアスに、ひとつ訊ねる。


「セレスタイト卿……記事は本当なのか。レイモンドを殴ったって」


「殴って正解だったろう、あのハリボテ野郎、お前が死んだなんて大嘘ついて」


「でも、お前の評判が下がる真似……」


「評判など、考えもしなかった。お前が死んだというのが辛くて。何も伝えないまま、してやれないまま、お前がこの世からいなくなったなんて、苦しくて、苦しくて仕方なかった」


 エリアスの訴えは、これまで聞いたどんな言葉より、切ない響きを持っていた。


「お前が死んだと思っていた半年間、地獄のようだった。酒でお前の夢を見ては醒めて、また酒をあおって、酔いが効き始めるまで、なにか目新しい遊興で気を紛らわさなければ、生きていられなかったんだ」


「セレスタイト卿……」


 涙は流れていない。

 でもミルシュカはつい、拭う仕草でエリアスの頬に手を添えた。


 どうして今まできづかなかったんだろう。

 こんなにも深く、熱い、エリアスの愛情を。


「お前がいなければ、もう俺は駄目なんだ。ユリウスなんかに……目移りしないでくれ……」


 そこでユリウスの名前が出るのかと、ミルシュカは苦笑した。

 最初から、眼中になかったのに。


「そうか、あの時は嫉妬してくれていたんだな。嬉しい、エリアス」


 呼んだ名に、エリアスは弾かれたように顔を上げる。

 瞬く瞳が言っている。

 ずっと、名前で呼んで欲しかったと。


 だから、ミルシュカはもう一度はっきりと声に出して呼ぶ。


「好きだ、エリアス。お前は私にとって、もうかけがえない、ただ一人の人なんだ」


「っ……、ミルシュカ」


 エリアスが首筋に顔を埋め、ミルシュカに頬寄せる。


「ミルシュカ、この心が、報われて……。嬉しすぎて、もう……」


「あ、だめだっ。お前への気持ちに気づいてからというもの、なんか変なんだ。このまま触れ合うなんて、脈打ちすぎて心臓が壊れるかもと不安になる」


「いいではないか、お前は鈍感にすぎる。壊れそうなくらい脈打つほうが、気持ちがはっきりわかるというものだ」


 言葉は鈍感だの何だのひど言いようなのに、エリアスが向けてくる微笑みは蕩けるほど幸せそうだった。


「……否定できないが。愛する女の評し方ではないと思わないか」


「散々苦労をかけさせられたんだ。わずかな当てこすりぐらい流せ」


「皮肉を入れなければ会話ができないのか」


 首筋から顔を起こし、エリアスが勝ち誇る。


「そうだとしても、そんな俺が好きなくせに」


「ばっ、馬鹿っ。す、好き……取り下げるぞ。そんな、偉そうなお前、好きなもんか!」


 ミルシュカが必死に言ってもエリアスは動じなかった。


「もうわかったぞ、愛の屈折者。口で言うことがどうだろうと、先程の告白は揺るがない。お前の心は俺のものだ」


 たしかにそうだった。

 ミルシュカは、エリアスへの揺るぎない愛に満ちている。


 すべて、受け入れよう。

 腕を広げれば、エリアスは身を被せてきた。

 視線を合わせれば、彼は打ち震える。

 それほどに、エリアスはミルシュカと想いが重なる、この時を待ち望んでいたのだ。


 互いの温もりといっしょに、一致した想いを深く確かめる。

 そうして、からかいあう言葉のひとつひとつすら、ただ愛おしい時を過ごした。

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