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28.露見は記事から

 情報屋で、エリアスは店主の男と一緒に奥へ入ってしまった。

 店主の顔が曇り気味だったので、持ち込まれた話は不穏なものなのだろう。


 浮かない気持ちで地方紙を見て回っていると、いつかの白髭の店番が手招きしてくれた。


「久しぶりだね、お嬢ちゃん。見つけといたよ」


「……?」


 白髭の店番は周囲を見回しながら台の下から紙束を取り出した。

 それをミルシュカに差し出し、声をひそめる。


「……とはいえ、セレスタイト伯爵のお連れだからのう。さっと鞄にしまって、伯爵のいないところで読んでおくれ」


 ミルシュカは下を見ず、さりげなく紙束を鞄の底に押し込んだ。


「ありがとう、おじさん。楽しませてもらう」


 チップをつけた代金をカウンターに置き、あとは地方紙の間でエリアスを待つ。


 半刻ほどで戻ったエリアスは、難しい顔で馬車へ乗り込んでゆく。

 ミルシュカもそれに続き、走り出した車内でエリアスの表情をうかがう。


「セレスタイト卿、なにかよくない話を聞いたのか?」


「……店主が極秘裏に飛行使い魔の検証情報を流してくれた。あのデカコウモリ、魔法紋制御が使われているらしい」


 エリアスは懐から茶色がかった紙を出す。

 三角を連ねたような図案が描かれていた。詳しくないが、魔法紋なのだろう。


「そして、これだ」


 もう一枚、エリアスは折り畳まれた紙片を広げる。

 見覚えがある図だった。解呪士のところで広げたミルシュカの胸にあるものから写したという魔封じ紋だ。


「なるほど、似てるな」


 見比べると、魔法紋の細部は異なるが雰囲気が似通っていた。

 どちらも三角を基調とした構造になっている。


「なぜ、スペルサッティンの辺境で、こんな魔封じ紋が使われたのか。近年のスクエータの魔法技術の発展具合といい。ますます怪しくなってきた……」


 エリアスの言葉にミルシュカも考え込む。

 単にレイモンドが領主の地位と白い女との生活を欲しただけ、と思うには後ろ暗くなってきた。


「我が領地は辺境ゆえ他国の文化とも距離が近い。偶然の可能性もまだある。慎重に動いていこう」



◇◇



 エリアスの居室に戻り、夕食後。


 エリアスが湯殿を使いに行ったタイミングで、ミルシュカは鞄から紙束を引っ張り出した。


 髭の店番おすすめの娘向けの記事とは、一体なんだろう。

 領地を出てから、戯曲や小噺を読んでいなかった。

 スペルサッティンが舞台というのは珍しいし、故郷ゆえイメージしやすい。

 辺境は話に取り上げられることが少ないのだ。

 ワクワクして紙束を巻く革紐を解く。


 その瞬間、目に飛び込んできた見出しに、ミルシュカは固まった。


【セレスタイト伯爵取り乱す! スペルサッティン辺境伯の葬儀で夫君を殴り倒し】


「……え?」


 内容が確かなのか、目を疑った。


 急いで本文を読み進める。

 半年以上前の日付の記事には、こうあった。


【先日行われたスペルサッティン辺境伯の葬儀でセレスタイト伯爵が傷害事件を起こしていたことが判明した。

 参列者の話では伯爵は辺境伯の葬儀で辺境伯夫君に詰め寄り『あいつが夜盗程度に殺されるなんて信じられない』『なぜお前が守りきらなかった』『こんなことならお前から攫っていればよかった』などと叫びを上げ、周囲の制止を振り切りスペルサッティン辺境伯夫君レイモンドの顔を殴りつけるという所業を行った】


 めくった二枚目の記事では、エリアスが国王に「ミルシュカの殺害事件は不審だ、詳細な調査をすべきだ」と再三に渡り進言し、不興をかって登城を控えるよう申し渡されたと書いてある。


 記事に添えられた、より大きく薄い小噺本には『セレスタイト伯爵の密やかな愛。戦場で育まれたスペルサッティン辺境伯への恋と死別の悲しみ』という煽りがついていた。


「う、うああああああああ!」


 ミルシュカは慌てて小噺本を壁に叩きつけた。


(な、なんだこれは……!?)


 小噺はともかく。記事の方は新聞だ。

 つまり、事実を書いている。


 あの、都でさんざん悪態をつきあったエリアスがミルシュカの葬儀に出たのも、ましてやレイモンドに「攫っていればよかった」などと言って殴りかかったというのも信じられなかった。

 彼がそんな熱い情をミルシュカに抱いていたとは考えてもいなかった。


 ──ミルシュカと呼ぶぞ、エリアスと呼ぶことを許す。


 唐突に、昔の居丈高なエリアスの姿が蘇る。

 そういえば都を出る直前、エリアスの様子はおかしかった。


(あのおかしな態度。あの頃から、まさか私を──)


「何をベッドの上で悶えているのだ?」


 降って湧いたようなエリアスの声。


 ミルシュカは勢いよく振り返り、記事をなんとかしようと焦って手で払う。

 だが、悪いことに記事はエリアスの目の届くところに滑っていった。


「……読んだのか、この記事」


「あ、ああ」


 とても気まずい。

 絶対に怒られる。そう思って見やれば。


 エリアスは口元を覆って目を逸らし、真っ赤になっていた。


「せ……セレスタイト卿……、お前は、私のこと一体どう思っているんだ」


 エリアスは恥じ入る表情から、呆気に取られた顔に変わった。


「は……お前、これだけ俺が尽くしているのに、わかっていないのか」


「い、いやお前が私の辺境伯としての身分回復に尽くしてくれているのはわかっているぞ」


「わかっていないじゃないか」


 そう言って、次の瞬間。


 エリアスはミルシュカをベッドに押し倒し、アイスブルーの瞳で真っ直ぐ見つめてきた。


「どう思っているかって?」


 低められた声の、真摯な囁き。


「愛している。決まっているだろう。でなければ妻になれなんて言うか」

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