27.恋色、深まりゆく
後ろから抱きすくめられたまま、ミルシュカは困ってしまった。
エリアスはミルシュカに沈黙を求めた。
だがミルシュカはエリアスと話したい。
二日前、彼はあんなにも動揺していた。
あの混乱から自力で立ち直ったのだろうか?
言われたとおり黙って放っておいて、本当に大丈夫なのか。
あれほど取り乱していたのに。
かける言葉に迷い、ミルシュカは寝返ってエリアスと向かい合った。
彼の反応はない。
固く目を閉じて、規則正しいリズムで息をしてる。
(眠ってしまったのか、セレスタイト卿。……狸寝入りではないよな?)
疑って鼻先まで顔を近づけても、エリアスの寝息のテンポは変わらない。
本当に寝入ってしまったらしい。
話しあいそびれたのは残念だったが、こんなに間近で顔を見ていても眠っているのなら、これ以上の関係悪化はない。
静かな時間だ。
じっと見つめる時間ができて、ミルシュカは実感する。
(本当に、かけがえない)
いつの間にか、こんなにも。
滑らかな頬に、指先だけ触れさせる。
心のずっと深いところに、染みるような温かさと締め付けるような切なさがもたらされた。
(こんなにも、惹かれる。あんなに嫌っていたのに。どうして)
スペルサッティンを追い出され、判断力が鈍ってしまった。
踊り子暮らしで価値観が変わってしまった。
何より共に夜を過ごし、甘やかな手で彼に染められていった。
(セレスタイト卿……エリアス)
心の中とはいえ、初めて彼の名前を呼ぶ。
これだけで、胸が詰まるほど恋しさがあふれて仕方ない。
(認めたくなかった、スペルサッティン辺境伯たる私が、お前に心奪われるなんて。許せなくて)
でももう、彼の引力に抗えない。
吸い寄せられるまま、ミルシュカはもう一つ確かめることにした。
寝入ってしまって無防備なエリアスの唇に、自分の唇で触れる。
深いものではない。押し当てることもなく、ただふわりと触れた儚いキス。
それだけなのに、ユリウスにされたキスとは心満たされる次元が違う。
(やっぱり、……どうしよう。セレスタイト卿、私はセレスタイト卿のことが好きだ。好き……)
他の女を夢見るような麗しい言葉で口説いても。
いずれ愛人をつくられても。
愛してくれなくても。
ミルシュカはエリアスを好きであり続けられる。
(少なくとも、妻にはしてくれる。それでいい、お前と縁が繋がっていられるなら、それだけでいい)
そっとエリアスの胸に頭を寄せる。
エリアスに触れている、そう思うだけで、心地いい。
ミルシュカはうっとりと彼に添い続けた。
◇◇
肌寒さに目覚をさまし、ミルシュカは勢いよく毛布を跳ねのけた。
部屋を見回してエリアスがいることにほっとする。
彼はすでにタイを締め、襟首を整えていた。
「……今日も出るぞ、昨夜きな臭い情報が届いた。いつもの街の店で確認したい」
「あ、ああ。……支度する」
馬車の中、ミルシュカは問いかける。
「きな臭い話って?」
「お前とついた任務で出た飛行型使い魔を覚えているか」
「ああ、二人で殲滅したな」
「スクエータがトライアン公国に仕掛けた時、いたらしい。こっちの時に数十体いたのと違い、ほんの二、三体ではないかと言われているが」
「スクエータめ、しつこいな」
使い魔の生成には年月がかかるという話ではなかったか。
それが事実なら、すでに数体を運用できているだけで脅威だ。
馬車を降りて、新聞が大量にあった情報屋に向かう。
憂いごとがあるにも関わらず、隣をいくエリアスの横顔は凛として気品があり、美しい。
(起きて、目を開いてる姿のほうが見ていてドキドキする)
アイスブルーの瞳が、吸い込まれそうに綺麗な色をしている。
(……好き、セレスタイト卿)
ほころぶ蕾のように、表情がゆるんでエリアスと目が合った。
「……なあ、今の顔、もう一度しろ」
「は、はぁ? え? セレスタイト卿? 今のって……」
(今のって、なんだ)
どんな顔になっていたか、自分ではわからない。
笑顔になってたか、それとも……? もし恋情が伝わっていたら!?
混乱したミルシュカに、エリアスがそっと髪を耳にかける。
「さっきのお前の表情、すごく良かった。ほんわりしていて、優しく微笑んでくれて」
「あ……、無理……もう今無理だから。な、先に行こう」
(そんなに優しく触れられたら、だめだ)
恋情を意識したばかりで戸惑うミルシュカをよそに、エリアスは穏やかな笑みを浮かべていた。




