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22.ユリウスの申し出

 あれから、数度にわたり遠出した。

 解呪士については、また聞きの曖昧な情報しかないままだ。


 スペルサッティンについても、大きな状況変化がないようでセレスタイトまで話が届いていない。


 そして相変わらず、エリアスが仕事で不在の昼食時にやってくる者がいる。


「おい、踊り子ミル。兄上が忙しくて退屈しているだろう。顔を見せにきてやったぞ」


「べつに。ユリウス様もお忙しいはずですから、顔を見せなくていいんですよ」


 ユリウスはセレスタイト領中央の治安を維持する騎士だと聞かされた。


 最近は夜間当番が多く、昼夜逆転の生活を送っているらしい。

 貴重な休息時間を、わざわざ屋敷の平穏を乱す、兄の情婦に割くこともないのに。


「兄上と同じく華やかさに恵まれたこの姿を、見せるなとまでいう女はお前くらいだぞ」


「それはそうですよ、セレスタイト卿で見飽きていますから」


「我ら兄弟の顔を見飽きるとはなんと贅沢なことか。運命に感謝せよ」


 この尊大さ、実に懐かしい。


 以前のエリアスとそっくりなユリウスを見て、踊り子として再会してからのエリアスは(おご)った態度が改まっていたのだと気づく。

 それどころか、最近のエリアスはミルシュカに対して献身的ですらある。

 彼なりに、なにか心境の変化があったのだろう。


 考え込んでいれば、ほどなく昼食が運ばれてきた。

 まだランチだというのに、その内容は豪華絢爛そのものだ。

 味の良さはもちろん、ただの食材が驚愕する技巧で水辺の鳥や幾何学(きかがく)模様などに飾り切りされ、まるで芸術品のように華やかなのだ。


「セレスタイト伯爵家の食事は、美味しいのは美味しいが……凄すぎるな、たった一皿でも巨匠が丹精込めた腕前だ。ずっとこんなものを食べてきたのか」


「ふむ、料理人が今の者に代わってからだな。兄上は何を思ったのか、一年ほど前のある時期、急に『腕のいい料理人を雇いたい』と言い出してな。必死で料理店巡りをして見つけた料理人を引き抜いたのだ」


 あのエリアスがそんなにも熱心に料理人を探し、セレスタイト伯爵家の食事を充実させようとしていたというのが、想像つかない。


(セレスタイト卿は食事に執心していたのか、私に美食を食べないかと誘ってきたこともあったな……)


 遠い記憶を掘り返し、よほど見つけた料理人の腕が自慢だったのだと結論付ける。


「まだ兄上が節度を失われる前だったが、思えばあの時もやや様子がおかしくはあったのだ。せっかく腕利きの料理人を迎えられたのに、しばらくして王城から帰ってくると、ひどく消沈しておられた。その時にもっと兄上に話を聞いて、寄り添うべきだったのかもしれない」


 しんみりしてしまったユリウスは花の飾り切りを一つ口にし、続けた。


「そうしていれば、兄上もあのような事件を起こさず、放蕩に走らなかったかもしれない」


「……あのような事件?」


 ユリウスは首を振って、答えたくなさそうにする。


「聞かなかったことにしてくれ、俺を含むセレスタイト伯爵家は堕ちていく兄上を支えられなかった」


「ユリウス様が責任を感じずとも。セレスタイト卿が美食に耽溺したからといって、彼だっていい大人なわけで。何に執心しようと、どこをかけずり回ろうと、深刻だと思わないのが普通ではないですか」


「兄上を外飼いの猫のように言うな、まったくもって、兄上を敬うべき者という自覚に欠けているのだな」


 はいはいと生返事をして、茶を入れる。

 途切れず訪れるあたり、ユリウスにも嫌われていないはず。

 だが彼は毎回こうして態度の大きい話し方をしてくる。


 いっそ、これはセレスタイト伯爵家なりの親愛表現なのかもしれない。


「お前は、テーブルマナーもそうだが仕草が丁寧ではあるな」


「そうですか?」


「ああ、それなら王の御前に出ても恥ずかしくない。場末の……踊り子風情のくせに」


(よく観察しているのだな。私は辺境伯だったのだもの、王の御前にも出たさ)


 曖昧にぼかして、ミルシュカはユリウスと距離をとった。

 なんとなく、彼の熱心な視線から逃れたい。


「さすが、兄上がそばに置くだけある。ということか」


「お褒めいただきありがとうございます。……おや、それは見ない剣ですね」


 ふいにユリウスがテーブルに立てかけていた剣が気になった。

 まだ使い込みが浅そうなそれは騎士団の支給品に似ているのに、柄や鞘の形にアレンジが入っている。


「そうだ、騎士団の新規採用を検討する品だ。まだ試験中なので、数がない」


「へええ、それは興味深い。……ユリウス様、ここでしゃべって暇を潰すくらいなら私と手合わせしませんか?」


 ユリウスは勢いよくのけぞって椅子ごと後ろにさがってしまった。


「お前と? 踊り子であろう?」


「剣舞を披露していたんですよ。その前、幼少のころから剣の覚えがあります」


「ふうん、面白そうだ。3歳児にするように手加減をしてやるから、試合うか」


 窓からすぐ下に見える生垣で囲まれた場所、ミルシュカは以前から立ち合いに最適だと目をつけていた。

 ユリウスとそこまで向かって、手合わせすることになった。



◇◇



 甲高い金属音と共に剣が回転しながら地を滑り、横に弾かれ離れていった。

 試用の剣を飛ばされ、素手になったユリウスは驚いた顔でミルシュカに降参する。


「踊り子に武器を払われるなど、鍛錬が不足していた」


「舞踏は剣さばきに通じるところがあります、私は毎日剣舞をしていましたから。貴方は飛行魔法を活かした偵察部隊なのでしょう。気に病むほどではありません」


 健闘を讃えた握手に手を出せば、ユリウスはぼうっとした目でミルシュカを見ている。


「…………少し、兄上の気持ちがわかった」


「……は?」


「なんでもない。なあ、お前は兄上の囲い者でいいのか? 兄上は当主だ。買った踊り子を妻にはできない。愛人止まりだ」


「は、はぁ……?」


 話の向かうところがわからない。

 目を白黒させていたら、ユリウスがミルシュカの鼻先に顔を寄せる。


「俺なら違う。批判はあるだろうが、お前を妻にできる」

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