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21.エリアスといる私

 なにを指して「どうだい?」と誘われているか判然としないが、よからぬことなのは確かだ。三人の男たちの目線はミルシュカの顔に向かず、胸にばかりいっている。


「断る。私には連れがいるんだ。彼を待っている」


「そんなこと言わずによぉ」


「どうせ冴えない男なんだろ、こっちは三人いるんだ。たいしたことないやつ一人より楽しめるはずだぜぇ」


 断っても引き下がらないしつこさに、ミルシュカは下げている剣の柄に手をかけそうになり、思い留まる。


(ただのナンパ相手に剣を抜くのはやり過ぎだろう。しかし、剣を使わずどう切り抜けたものか……)


 逡巡していると、正面の男と片側の男が迫ってきた。

 一歩下がった隙に、残った男がミルシュカの腕をとって絡みつこうとしてくる。


「ちょ、こんな真似」


 男たちへの嫌悪が増す。エリアスなら、こういう事態はどう切り抜けるだろうか。


(セレスタイト卿──)


 心の中で彼を呼んだ、ちょうどそのとき。


「俺の連れに何をしている」


 戻ってきたエリアスが、男たちに冷たい視線を投げかける。

 エリアスは普段、冷静な態度を崩さない。王城で王に仕えていた頃は氷の彫像のように、端正で怜悧な印象があった。

 今、いつもは涼やかな双眸(そうぼう)に、激しい怒りが宿っている。


「彼女から手を離してもらおうか」


「なんだあ?」


「お、おい」


 熊男はなおも食ってかかろうとしたが、お供の二人はたじろぎ、後退った。

 エリアスは一目で高位の貴族とわかる身なりをしており、となれば義務で課せられる軍務経験者の可能性が高い。そう判断したゆえに、彼らは手出しを躊躇したのだ。


「セレスタイト卿!」


 ミルシュカの呼びかけに、三人組はぎょっとした表情をみせる。

 返事の代わりに、優雅に肩をすくめ、エリアスは冷ややかな微笑を浮かべた。

 その薄く形作られた笑みに、静かな威圧がこもっている。


「ことを構え騒ぎで警吏(けいり)でも来たら、お前たちは終わりだぞ。セレスタイト領(ここ)は俺の所領。俺の裁量ひとつでお前たちの運命はどうとでもなる」


「ひっ!」


「すみませんでしたあ!!」


 男たちは詫びを口にして、たちまち逃げ去っていった。

 エリアスはつまらなそうに息をついたが、ミルシュカに向き直った途端──


「ちょ、セレスタイト卿!? 急に……」


 エリアスに抱き締められた。背に、強く当たる手を感じる。


「あんな低俗な男にお前が触れられたかと思うと、心底腹が立った……」


「だからって、ここは往来で、買ってきてくれた飲み物だって、こぼれる」


「もう少し。……俺は、独占欲が激しいんだ」


「そのようだな。契約しただけの援助相手にこれなんだから、ちょっと驚いたぞ」


 すっと、エリアスが身体を引いた。目を丸くして口の端を下げている。


「セレスタイト卿?」


「……いい。ほら、飲み物だ」


 ぶっきらぼうに突き出された飲み物を受け取る。

 エリアスの瞳の色に似た、淡いブルーの液体に白いクリームと真っ赤なさくらんぼがのっていた。

 ストローで軽くかき混ぜ、一口含む。甘くて冷たい感触が喉を潤し、肩の力が抜ける。


 ふと視線を上げると、エリアスがじっとこちらを見ていた。

 静かな眼差し。けれど、その奥にある感情が読めない。

 何か言いたいのか、ただ見守っているだけか。


「……?」


 問いかける前に、エリアスはふっと向きを変えてしまった。


 

 ◇◇



 めぼしい情報はないまま、日の入りの時間になった。


「やはり一日では成果は上がらないな」


 馬車で腕組みするエリアスに、ミルシュカは手のひらを上にしてみせる。


「仕方ないさ、一日目からいきなり進展があるとは思っていない」


「俺がお前と情報収集に出られるのはよくて数日に一回程度になりそうなんだ。進捗が悪いと気が落ちる」


「セレスタイト卿は多忙なのに、私と遠出してくれている。十分よくやってるよ」


 帰り際から不機嫌そうにしかめられていたエリアスの眉が、ミルシュカの言葉でゆるむ。

 初めての外出は空振りで終わった。

 だが、それでも、ミルシュカはエリアスと過ごせて楽しかった。


(おっと、セレスタイト卿と出かけて楽しかったなんて、魔法騎士をしていた頃の私に申し開きができないな)


 思わず笑いそうになった口を、戸惑って引き結ぶ。

 浮かれることに、罪悪感があって。

 胸にふわりと広がる甘酸っぱい感情を、そっと奥へ押し込めた。

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