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20.はじめての遠出

「私の死亡!?」


「…………ああ、お前の話では白い女がお前のフリをするということだったが、ボロでも出そうになったのではないか? お前が放り出されたという時からしばらくして……スペルサッティン辺境伯ミルシュカは夜盗に殺されたことになっている」


 てっきりニーヴィアが成り代わっているから、皆それを信じているのかと思えば。

 では領民や知人たちは当人が生きているのに、ミルシュカの死に涙を流したのか。


「私は故人扱いか。では領地は?」


「そのままレイモンドがスペルサッティン辺境伯として引き継いだ」


「……彼は領地をより良く運営してくれているだろうか……」


「お前の話から感じる人格的に望み薄だな。白い女と二人遊び呆けているんじゃないか」


 ミルシュカは組んだ手に額を当てた。

 領民たちが、少しでも生き難くなっていませんように。

 ますます……一刻も早く領地にもどりたくなった。

 気の急くミルシュカを見かねたか、エリアスは視線を窓の外に逸らしていたが、やがて馬車の揺れが収まり、完全に停止した。


「目的地に着いたようだ。まずは情報紙の集まるところにいくぞ。スペルサッティンの細かな話も入っているといいな」


 その街は雑多な街並みをしており、迷いやすそうだった。

 右も左もわからず、ただエリアスについていって、着いた建物は情報屋の看板を掲げている。

 新聞紙がたくさん差された籠が並び、奥の書架では大事に扱われるべき製本が、多すぎて入りきれずにはみ出していた。


「ここは他領の地方紙も仕入れている。しかしスペルサッティンは辺境だから、概要をまとめたものが月一で届くくらいだ」


 領主の訪れに、情報屋の責任者がエリアスのところまで機嫌うかがいにやってきた。

 セレスタイト領の近況を話しはじめたので、退屈したミルシュカは多種多様に売られている新聞を見る。

 見せ物一座では新聞を読む間すらなかった。

 新聞は久しぶりであるし、他地域のものは物珍しくて興味をそそる。


「娘さん、お求めの記事があるのかい?」


「ああ、スペルサッティンに関するものならなんでも見たいんだが」


 話しかけてくれた年老いた店番は、真っ白な髭をさすって目を泳がせた。


「はあ、スペルサッティン、スペルサッティンね。それなら若い娘が好きそうな小噺(こばなし)と、ネタ元になった半年前の記事のセットがあった。よく売れたんだこれが」


 店番が手元の引き出しを引いて保管している記事を探してくれる、とそこで、エリアスがミルシュカの横に戻ってきた。


「娘さん、すぐに見つからないからまたおいで……おっと、セレスタイト伯爵! ご本人!? こりゃいかん」


 エリアスがいたらなにが良くないのだろうか? 

 店番の慌てように首をひねっていると、エリアスに問いかけられる。


「なんの記事を探していたんだ?」


「なにか……若い娘向けの話だそうだ。興味がある、もう少し探してもらってはだめか?」


「だめだ。そんな醜聞めいたもの、読ませたくない。それにお前に必要な情報はそういうものではないはずだ。俺が出られる時間は限られている、次だ」


 スペルサッティンの記事の話だったと思うのだが、なぜかエリアスの機嫌を損なってしまった。

 しぶしぶ出て行くミルシュカに、店番がこっそり目配せしてくれる。

 きっと「次の機会に」という意味だろう。


 情報屋のあとも、エリアスに連れられて、紋魔法術者の拠点や旅人が集まる酒場など、話が聞けそうな場所を回った。

 しかし、ミルシュカの現状を打開できる情報はない。


「疲れたか?」


「え?」


「口数が減った、歩き疲れたか?」


「私は、一座で舞を踊るのが仕事だったんだ。この程度で疲れるものか。ちょっと、喉が渇いて……」


「飲み物を買ってくる。そこで待っていろ」


「あ、セレスタイト卿」


 ちょうど植え込みの前に待つスペースがあったから、エリアスは素早く来た道へとって返してしまった。

 少し前にメニューの豊富なドリンクバーがあったから、そこまで戻って買ってくるつもりなのかもしれない。


「気がきくのだか、人の話を聞かないのだか」


 呟いて、空を仰いだ。

 白い鳥が晴れた空を横切っていく。


「よお姉ちゃん、ひとりかい?」


「え?」


 突然の気安い声かけに、ミルシュカは意識を正面に戻した。

 腕に覚えがあることを自信にしていそうな、しかし真っ当な職についていなそうな男が三人、ミルシュカを囲んでいる。

 正面に立つのは熊と馬を足し算したような男で、三人組の主導権を握っていそうだった。


「いいカラダしてんじゃねえか。おれたちと、どうだい?」


「はぁ?」

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