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19.真の姿を見続けて

「え、休むのが早くないか? 私は普段はもう一、二時間くらい起きているのだが」


「疲れたんだ、俺は休む。お前も一緒に来い」


 抱き上げられて、ベッドに下ろされた。


「ベッドまで来た、肌を出せ」


 恥じらいが残るものの、契約だから仕方ない。ネグリジェを脱ぐ。

 腕で胸を隠しながら毛布の中に入れば、追うように入ってきたエリアスの手が伸びてくる。

 今日も抱きしめるだけかと思ったら、耳を挟むように食まれた。


「……それ、ベタつく」


「それで?」


 歯で甘噛みされ、耳の裏に口付けられる。


「や、やめろって、くすぐったい」


「断る」


「……疲れたから、休むためにベッドにきた、はず……」


「そうだな、お前とこうする時間を早めたから、寝付く時間は早まるだろう」


「ぇ、そん……な。だめだって、セレスタイト……卿」


 咎めれば、エリアスは怒りが滲んだ声を出す。


「いつまでそう呼ぶんだ。とうの昔に言った、エリアスと呼ぶことを許す、と」


「……だって、セレスタイト卿はセレスタイト卿だ……」


 急に呼び名を変えろと言われても、慣れない。そぐわない。

 しかしミルシュカが断ったことで、エリアスのなにかを傷つけたらしい。

 眉を寄せ、エリアスは不機嫌な様子になる。


「他人行儀な女。呼ぶ気がないならいい、もう今日は話さなくていい」


「ん!」


 言葉を奪うためか、エリアスはミルシュカに熱く口付けた。

 執拗でありながら滑らかな指先に囚われて、拒みきれない。

 離れられない。

 ミルシュカはエリアスに翻弄されるまま、めくるめく夜に溺れていった。



◇◇



 朝鳥の(さえずり)りを背景に、新品の魔法衣へ袖を通す。

 真紅の布地で折り返した袖に銀糸の縫い取りが施された美しい一着だった。

 動きやすそうであるし、姿見に映る、まやかしで姿の歪められてたミルシュカによく似合っている。


(でもたぶん、本来の私にも似合いそうだ)


 鏡像をじっと見てそんなことを考えていたら、エリアスが横で咳払いをした。


「先日のドレスはすまなかった。茶色の髪や灰色の瞳には合っていなかった。弟に馬鹿にされたのだろう?」


 エリアスの手が、ミルシュカの肩に落ちた髪をすくう。

 彼は、端正な顔をぐっと近づけてきた。


「俺の『看破』の力は常時発動なんだ。こうやって集中して目を()らすと、他の人間と同じまやかしを目にできる。俺には本来の……赤毛のお前が当たり前だから。まやかしで皆にどう見えているか失念していた」


「気にしていない。新しく用意してくれたこれは、両方の私に合わせてくれたんだな、ありがとう」


 エリアスがまだ近くで見ているので、ミルシュカはもう一つ付け加えた。


「お前だけは、本当の姿の私を見続けてくれているのだな。少し、嬉しい」


 微笑もうとしたのに、抱き寄せられて重ねられた唇に阻まれる。


「んっ……んんっ。……ぅ」


 ベッドの中で与えられるのと同じ、口付け。

 頭の中の一部を溶かされてしまった。

 ミルシュカは口を離した時に引いた唾液の糸をぬぐいもせず、途切れるまでぼんやり見つめる。


「…………セレスタイト卿、ここはベッドではないし、夜でもないぞ」


「そうだな」


「ならダメだ。お前の求める行為に応じるのは、肌を合わせている時間だけという契約だ」


「そうか、契約でなければ駄目か、覚えておく」


「覚えておくって、お前な……」


 きちんと守ってもらわないと困る。

 そう言い重ねようとしたが、エリアスは不機嫌そうにドアへ向かって行ってしまった。


「出るぞ」


 領主の自由時間は貴重だ。

 ミルシュカは急ぎ取って返して帯剣し、エリアスの後についた。



◇◇



 車輪の音と振動が響く中、エリアスは口を開く。


「今日は手近な街の中央区に行く。俺たちの得るべき情報は大きく分けて二つ、解呪士とスペルサッティンの現状だ。有能な解呪士にお前の魔封じ紋を解いてもらえれば事はすぐに片付く。しかし……うまくいかない場合はスペルサッティン領に乗り込んでお前を封じた奴らとの直接対決になる」


 ミルシュカは憎き封印を施した二人を思い起こす。


「あの白い女と、レイモンドか」


「そうだ、乗り込むなら現在の現地情報くらいないとな。スペルサッティンだが、特に今のところ話題は上がってこない」


「そうだな、踊り子の身で他地方の情報は得にくかったが大きな噂も聞こえて来なかったし、特に波風がないなら良いことだと、思おうとしていた」


 エリアスが言い辛そうに声のトーンを落とす。逡巡のあと、彼はぽつりと告げた。


「俺がスペルサッティンについて最後に聞いた話題は、お前が死亡したという話だった」

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