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18.手土産に剣を

 朝の外出前に、エリアスはミルシュカのほうを振り返る。


「明日は遠出の時間が取れそうだ、一緒に出るぞ。……その、出かけるに際して必要なものはあるか?」


 いよいよ、領地奪還に向けて動きはじめるか。

 ミルシュカは遠慮なくエリアスの好意に甘えることにした。


「剣を。騎士団採用品の女性用と同じものがいい。あと魔法騎士団の制服に似た着心地の魔法衣を頼みたい。ドレスでは行動がしにくい」


「……別に戦闘をするわけではないのだぞ。あれこれ情報を探るだけだ」


「それでも、何があるかなんてわからんものだろう?」


「あのような無粋な格好がいいとは、さすが山イノシシ娘だな」


 憎まれ口を叩いてもエリアスは「用意して夜に帰る」と言い残し出かけて行った。


(明日が楽しみだ。今日は待っているのを長く感じそう……いったいなにをしようか……)


 時間を持て余しそうだ、という予想は一刻もしないうちに裏切られることとなる。


 初対面が良くなかったので以後は訪れることもない、と確信していたユリウスが、今日もミルシュカのもとを訪れたのだ。

 昼時に来た彼は、自分の食事をエリアスの部屋まで運ばせた。

 (けな)すほど軽蔑している相手なら訪れなければ、まして食事など共にしなければいいというのに。


 彼はテーブルについてさっそく、ミルシュカの罵倒を開始した。


「この下賤の魔女め、どう兄上を誑しこんだ。昨日から、兄上は滞っていた案件を片付け始め、今朝に至っては皆の前で『これまでの不品行を詫び、以後は身を改める』と宣言したぞ」


「あ、ああ。そうなのか。良いことではないですか」


「屋敷の皆が安堵し、以前の当主が戻ったと喜んだ。なのに、そのすぐあと、『買った踊り子を自室に連れ込んでおり、自分の情婦にする』と『仕事以外の私的時間は踊り子と遠出が増える』と言ってのけた」


「あー、そう、言っちゃったのかあいつは……」


 思わずこぼれた感想に、ユリウスがギッとミルシュカをにらんできた。


「兄上に買われた踊り子のくせに、それが主人への態度なのか。もっと敬え! お前のことを聞いたショックで母上はその場で崩れ落ちて、寝込んでしまったぞ」


「それは誠に申し訳ない」


「まったく、やっとまともになってくれるかと思ったら、兄上の乱心の極みがお前だ」


「そんな諸悪の根源と食事を共にしに来るとは、貴方もなかなかの自虐趣味者だ」


 セレスタイト家らしい嫌味に、ミルシュカもつい、スペルサッティン辺境伯の時の癖であしらってしまった。

 案の定、ユリウスは怒りを露わにする。


「なんだと! なんて、生意気な口をきく女だ! 兄上の気がしれないな」


「セレスタイト卿の気なんて私だって知らない。個人の思いなどしょせん他者に量れるものではない」


 怒りに体を震わせているユリウスから目をそらし、ミルシュカはグラスをとって口をつける。

 それでユリウスのことは思案の枠の外にした。


(そう、セレスタイト卿は私をゆくゆくは妻にする契約を持ちかけてきたが、身体がよかったからだと言っていた。領地奪還の後、どこまで本気で私と夫婦をする気なのか、わからない。推し量れない)


 食前酒の白ワインは辛口で、苦味がしつこく舌に残った。



◇◇

 


 エリアスは夕食こそ間に合わなかったものの、昨日よりずっと早く帰ってきた。

 その腕に、一抱えの包みがある。

 細長いほうを渡され、ミルシュカは包装を解いて中身を取り出した。


「……剣だ……。さっそく手に入れてくれたのか」


 剣はマルーク王国、魔法騎士の規定でつくられた大量生産品である。同じものがいくらでもある、安価な品。

 それでも、ミルシュカは再び戦闘用の剣を手にできたことが嬉しかった。

 鞘から引き出せば新品の剣が持つ油の匂いが香り、鏡面の輝きをした刃が現れる。

 刃に映る自身の姿は茶髪の別人に様変わりしてしまったが、手に馴染む感覚は過去の自分と今をつないでくれる。


「そんなに喜ばれるとは思わなかった」


「義務でやっていた魔法騎士だったが、もともと気性的に合っていたんだ。領地では、幼い頃から師をつけてもらって剣を習っていてな、剣を振るうのは好きだ」


 荷物として持ってきて、部屋の隅に立てかけてある剣を見た。

 舞踏用に刃を潰され、戦えない剣だろうと、剣が手元にあるだけでミルシュカはずっと気持ちを支えられてきたのだ。


「そうか、うん。お前の剣技は見事だったし、剣舞に至っては艶……あ、あー、なんでもないっ」


「なんだ? 褒めてくれないのか?」


 言いかけたきり下を向いてじれじれと困っている様子のエリアスを、流し目で見てうながす。


「モスコミュール殿と見ていたのだろう? 一座の舞台で踊る私を」


「え!? あっ! そっちの感想か。……すまない、その時はお前を見つけた衝撃が激しくて……踊り自体はあまり注目がいかなかった」

 

「あの時は一生懸命、踊ったのに」


 ミルシュカは有頂天で鞘をつけたままの剣を舞踊風に振る。

 腕を伸ばし、剣を斜めに下げて、くるりと旋回してみせた。

 いい気分でいれば、エリアスに身体を抱き止められる。


「おい、セレスタイト卿」


「……もう休むぞ、契約の時間だ」

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