16.セレスタイト伯爵家2
突如として飛び出した爆弾発言に、ミルシュカは顔を赤くした。
「肌っ!? ……そんなことを、ほいほい口にするな!」
拳を振り上げて飛びかかろうとしたところ、体も話題も、するりと避けられてしまった。
「家人に挨拶してくる。あと日程の調整だ。ただでさえ放蕩していたからな、滞りがあることだろう。戻るのにしばらくかかるから」
エリアスはそれきり扉を閉めて行ってしまった。
(私に、セレスタイト伯爵邸でどう過ごせと?)
エリアスが去った室内で退屈する、と考えたがそんなことはなかった。
ほどなくセレスタイト伯爵邸の使用人がやってきて、ミルシュカに湯殿へ行けと案内する。
「しっかり清めてくださいませ」と使用人の飛ばしてきた言葉は冷たかった。
踊り子として、入浴の機会の少ない身だしなみに慣れすぎていたからか、はたまた、主人が連れてきたとはいえ、得体のしれない身分の女と思われているからか。
本来、家人の入浴であれば付き添いが入るのだろう。
ミルシュカは歓迎される存在ではないから、一人きりで湯殿の湯気の中を進む。
スペルサッティン辺境伯邸では、裏山に湧く温泉を引いてきて露天で湯殿にしていたが、ここはガラスと庭園で湯殿を囲う、大理石でできた室内風呂だった。
おそらく湯も自然に湧くものではなく、専用の魔法か、薪で沸かしているはずだ。
目に見えぬ労力に感謝して、ミルシュカは独り占めの湯船を楽しむ。もちろん、使用人たちに蔑まれないよう、きっちり体も磨き上げる。
風呂から出ると、新たに用意された服があった。
クリームイエローを基調に、袖口に焦茶のストライプとレースのあしらわれた、都らしいデザインのドレス。
(いかにも、セレスタイト卿の趣味だな)
以前に送り付けられたドレスを思い出して、笑えてくる。
趣味に変化がないのかと、懐かしい。
着て鏡に映れば、それは驚くほどミルシュカに似合わない服だった。
クリームイエローはくすんだ茶色と相性が悪く、生地の色と髪の色、どちらの印象も打ち消しあっている。
袖のストライプに目がいくので、パッとしない顔立ちはますます埋もれ、服に着られていた。
(なんとまあ、あいつ、女に服を見立てるのは下手なのだな)
用意してもらったのだから、これ以上の批判はやめて、ミルシュカは一緒に置かれた箱を見た。
一片の、エリアスからの言付けがついている。
『これで俺が帰るまでに身体を磨き上げておけ、夜には絶対に戻る』
他に、櫛や髪用の保湿クリーム、化粧水、乳液、香油などが入っていた。
あの、「肌を合わせて寝る」という契約を必ず実行する強い意志を感じる。
(本当に、なんなのだあいつは)
それでも、することもなく、髪の毛や爪先も傷んでいる。
これらの用意を使うことにして、ミルシュカは箱を抱き込んだ。
湯殿から部屋に戻ってすぐ、扉のノック音が響き、身構えた。
ミルシュカはセレスタイト伯爵家に到着したばかりで、今の身分はただの場末の踊り子だ。
用事があるとしたらエリアスにだろう、彼の不在を伝えるためドアを開けて、ミルシュカは驚く。
そこには、眼の色がロイヤルブルーと違うだけで、エリアスを四、五歳若くしたような青年が立っていたのである。
「お前が兄上の連れ帰った女か、話がある。通せ」
居丈高な態度までそっくりだ。
こういう態度は、セレスタイト伯爵家の家訓なのだろうか。
「貴方は?」
ふん、と顎を上げたエリアスの近親らしき人物は名乗る。
「セレスタイト伯爵家次男、ユリウスだ」




