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15.セレスタイト伯爵家

 馬車での移動中、ミルシュカは考えていたことをエリアスに提案する。


「なあ、セレスタイト卿。お前に取り継いでもらって国王に謁見し、私の身に起こったことについて話せばすぐ決着がつくのではないか? 魔封じ紋は解けないが、辺境伯の権限や国王の協力があれば優秀な解呪士が見つかるはずだ」


 これを聞いたエリアスは、弱いところをつかれたような、苦い顔になっていた。


「もちろん。そうできて、王に信じていただけたら話は早い。だが……できないんだ」


「なぜ!?」


「今の俺は王の信頼がない」


「そんな馬鹿な! お前は国王の覚えのよい臣下ではないか。まさか……王はご乱心か?」


 エリアスは小さく吹き出した。


「お前、俺の仕事ぶりはちゃんと評価してくれていたんだな。……あの国王が乱心などするものか。国王から見れば乱心して身を持ち崩したのは俺の方だろうな」


「……お前が?」


「その俺が、よりによって辺境伯関係でまた国王に進言して、しかも似ても似つかぬ、証拠も出せぬ女をスペルサッティン辺境伯その人と言って譲らない……今度こそ精神を病んだ扱いでもされそうだ」


「『また』王に進言……?」


 聞き漏らせずその意味を問うたが、エリアスはつい、と窓の外を向き教えてくれなかった。


「とにかく、俺はここ半年近く、酒だの度外れた遊興だのにうつつを抜かしていたから、信用は地に落ちている。国王に嘆願しに行く役に立てず、すまないな」


 酒に、遊興。信じられなかったが彼は昨日それなりに酒を入れ、見せ物一座を訪れていた。

 近頃は似たようなことを日々続けていたのだろうか。


「なあ、セレスタイト卿。ゆくゆくは私を妻にすると言い張るのだから、お前、以後はその度外れた遊興やら酒は控えたらどうだ? 夫がそれでは私とて──」


「もうしない! 二度とするもんか!!」


 エリアスの剣幕に、ミルシュカは思わず言葉を飲み込んだ。彼の態度に込められた切実さは、昨日の荒んだ様子を完全に打ち消していた。

 エリアスは一息つくと、少しだけ肩を落としながら続ける。


「酒はもう一滴たりとも飲まなくていい。元々、好きじゃないんだ。昨日までは……飲まずにいられなかっただけだ」


「……だな。かつて、お前が酒を飲んでいるのを見たことはほとんどなかった。遊興といってあんな場末の見せ物に行くような人間でもなかったはずだ。お前こそ、この一年の間に一体何があった……?」


 心配するミルシュカに、エリアスは困ったように眉を寄せ、苦笑した。


「……もういいんだ。もう心配されることじゃない。お前がいてくれるんだから。お前をスペルサッティン辺境伯に戻したら、またしっかり働いて信用を取り戻す。妻に恥をかかせたくないからな」


「そうか……まあ持ち崩したという身を立て直してくれるなら、いいことだ」


 『妻に恥をかかせたくない』その一言になぜか照れてしまう。そんなミルシュカを眺め、エリアスは満面の微笑みを浮かべるので、さらに調子が狂った。

 聞くべきことはまだあったはずだが、頭の中の整理がつかず、質問にならないまま、セレスタイト伯爵家へ到着した。



◇◇



 セレスタイト伯爵家の館は荘厳、優雅といった雰囲気の場所だった。

 彫刻と良い石材を惜しみなく使った柱。

 しっかり塗られた漆喰に、ところどころ薄青の華美な塗り分けが入る。

 内部も大理石の床はツヤツヤと照りがあり、壮麗な壁画が飾られている。見上げれば、美しい天井画まであった。

 羽振りがよいのだろう、とんでもない金のかけ方だ。


 野趣に溢れ、積んだ石をはじめ煉瓦と木材を多用するスペルサッティン辺境伯の館とは、方向性が異なる絢爛さに、どうも落ち着かない。

 この邸でミルシュカが案内されたのは、エリアスの部屋の続きだった。


「そこに荷を置いて、滞在中は好きにこの部屋を使ってくれ」


「お前の部屋の続きというのは……」


 これではエリアスと同室のようなもの。ミルシュカは戸惑いを隠せない。


「お前は俺の妻になるんだぞ? 当たり前だ。それに、契約内容があるだろう。今夜もさっそく肌を合わせてもらうからな」

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