12.絶対看破
白い光がカーテンの隙間から差し込んで、床板の一部を輝かせている。
ぼんやり眺めて、ミルシュカは朝の訪れを知った。
意識を覚醒させ、身体の感覚を戻していけば、ガッチリと拘束されて動けなくなっていた。
右半身を下に横向きで寝ていたミルシュカは、背後から腕を回され、きつく抱き締められていたのである。
(え……昨夜……? あの後、ずっと? こうしていたのか?)
胸の前で交差する腕はエリアスのものだ。
二人とも素肌のまま同じ毛布の中にいた。
気取られないよう抜け出そうとすれば、ミルシュカの動きに反応して、エリアスが身体を揺らす。
「ん……」
彼はミルシュカの頭に顔を埋めるようにして、ますますミルシュカを強く拘束した。
(どうすればいいんだ! 起こしてでも離れるべきか?)
左肘で背後の体を突けば、縮こまり、力がゆるまった。
「……!」
エリアスが急にミルシュカの体を仰向けに転がして、顔をのぞき込む。
「……これはなんの真似ですか」
ミルシュカの詰問じみた声にもエリアスはどこ吹く風で、ミルシュカの顔を凝視し、安堵らしき息を吐いた。
「ちゃんと、お前だな。……もうそれだけでいい」
「よくないです。いい加減に離してください。お約束の一夜は過ごしました。私は一座に戻ります」
ベッドから降りようとするミルシュカの腕を、エリアスが取る。
「待った。俺が買い取ったのは一夜じゃない。お前の身柄すべてだ。もうお前は俺のものだ」
エリアスが告げた内容は衝撃的だった。それでは、彼といなければならないのか。
「そんなまさか」
「伯爵家の財力なら踊り子の一人くらい買える」
それはそうだろう。しかし伯爵が踊り子など買ってどうするのか。
「お前の体だって、俺の熱を覚えただろう。俺といた方がいいぞ」
ミルシュカは真っ赤になって反抗する。
「いいわけありません! ……買い上げてまで私にこだわらなくても……」
エリアスの強い視線でミルシュカは射すくめられる。
「もう逃がさない、剣舞の踊り子ミル。いやスペルサッティン辺境伯ミルシュカ」
すとん、と場の空気全てが下に落ちてしまったような冷め切った心地がした。
この世界の誰に見破られようと、彼にだけは踊り子のミルシュカを知られたくなかった。
わかっていないだろう、わかるはずがない、と思っていたのに。
「なぜ……そのことを!! いつから……?」
エリアスの瞳が逃さないぞと、ミルシュカを捉える。
「ステージで剣舞を踊る姿を目にしたその時から。つまり、はじめから。お前の姿にかかった呪いはよほど強力なのだろうが、俺の持つ『看破』の力はごまかせない」
カッとなってミルシュカはエリアスを怒鳴りつけた。
「ならばなぜ黙っていた! 卑怯だぞセレスタイト卿!」
口調を本来のものに戻し、ミルシュカはエリアスを罵った。
だがエリアスはものともせず、淡白に答える。
「買ったからには楽しむ権利がある。正体がわかっているとなればお前、なんとしてでも逃げたか、最後まで抵抗を続けたかしただろ」
「お前、私が私とわかってて昨夜は……あんな、不埒な真似を! お前も、私には触れることも嫌だったはずだろう!?」
「俺の気がどう向こうが俺の勝手だ」
「なにをしゃあしゃあと……セレスタイトの嫌がらせもここに極まれりだな!」
そこまで言ったところで、ミルシュカの腕は引っ張られ、昨夜と同じようにベッドに押さえつけられた。
「先に抱いておけば少しはしおらしくなるかと思えば、本当に暴れ馬だなお前は」
エリアスがミルシュカの右胸に口付ける。
「……っ、セレスタイト卿!」
「安心しろ、昨夜がはじめてだったんだ、無理が出ているだろう、抱かない。それより、ここだ、この右胸。『看破』の力で俺には見える。魔力の通った紋様があるんだ。魔封じ紋か? 見た目を歪める魔法も一緒に刻まれているようだな」
まさしく、レイモンドと白い女に触れられた場所だ。
うつむくミルシュカにエリアスが落ち着いた声色で訊ねてくる。
「何がどうしてこんなことになったんだ? 話してみないか? 仮にも俺は伯爵なんだ、お前の力になれるはずだ」




