1.連綿たる嫌悪関係
パープルのランプの怪しい灯りを、燻る煙が揺らめき、ぼやかす。
その中心に真っ白、というにふさわしい女がいた。
絹のベールを被り、唯一地肌の出ている腕は鱗に似た陰影がある。
巻いて座す白蛇に似た印象の女のもとへ、訪問者が靴裏を擦る音を立てて近づいた。
光を透かした柘榴石色の鮮やかな赤毛をなびかせ、見事な真紅の魔法衣をまとった訪問者が、朱い唇を開く。
「お前が白の解呪士か? 解呪と高度な回復を一つの魔法でおこなえると聞いた。ぜひ私に協力を願いたい」
「わたしの解呪であれば、たしかに呪いを解くと同時に肉体の全てを癒せましょう。しかしわたしは金や名誉といった当たり前の対価では動きませぬ」
「何なら対価になる?」
白の解呪士は赤の女を招き、誘う手を伸ばした。
「物語を。貴女からは熱く気高い心を感じる。この手をお取りください。ここにくるまでに至った貴女の経験を私に見せる、その内容次第で対価となり得ましょう」
「その手をとればお前には見えるのか?」
肯定なのだろう。
白い顔隠しの下半分からのぞく、そこだけは赤みのある口が笑みの形になる。
「わかった。ならば好きなだけ見ればいい。私の、物語というやつを」
赤の女は、その白い手に己のものを重ねる。
◇◇
「我がマルーク国王の御前で大変失礼しますが」
スペルサッティン辺境伯ミルシュカは、自身の主君に一言断りを入れた。
優美に整えた赤髪を後ろに払い、続けて不満を露わにする。
「彼と協力なんてできかねます。いやです。虫唾が走ります。精神が悲鳴をあげるんです」
ミルシュカが指差した先には、絶対に協力を拒否したい相手である、セレスタイト伯爵エリアスがいた。
エリアスもまた、ミルシュカの指先の向こうで眉をひそめていた。
「スペルサッティン辺境伯なぞと意見が同じというだけで、吐き気が込み上げ偏頭痛がひどくなりますが、俺もそうです。お断りします」
眉間の皺がそのまま定着してしまいそうなほど、嫌がった顔をしている。
エリアスは、二十二歳になるミルシュカより二つ、三つくらい年上なだけ。
たいして年も変わらないくせに、上からの物言いをするから、鼻につく。
二人は王国での重要度なら同列だというのに。
その氷河から切り出したような青い瞳を持つ美貌は、整いすぎて人間味に欠け、冷淡さを印象づけるのに一役買っている。
澄ました表情の浮かぶ横顔は、ミルシュカからはひどく憎たらしく見えた。
セレスタイト伯爵家は氷のように態度が冷たく、たき火の暖かさと優しさを持つスペルサッティン辺境伯家とは合わない、と聞かされてきたのは本当だった。
エリアスが視界に入っただけでイライラする。
マルーク国王は大きくため息を吐いたが、命令を撤回しようとはしなかった。
なんとかミルシュカとエリアスの説得を試みてくる。
「お前たちの家がそれぞれ先々代王の擁立時に対立して、以降引きずったままなのはよく承知している。悪感情を聞かされて育ち、印象最悪だと。しかし今回の件について能力的に相性がいいのだ。仲良く、とは言わない。せめて我慢してくれないか」
こうまで主君に頼まれても、ミルシュカは折れることができなかった。
国王は気安い性分なので、その家庭的な雰囲気に甘えて、なおも主張する。
「だって! 私の爺さんの従兄弟の嫁さんの弟はセレスタイト卿の爺さんのはとこの叔父に殺されたはずですよ!」
「俺のほうもだ! 俺の婆さんの兄貴の嫁の妹の婿がスペルサッティン辺境伯の爺さんの従兄弟の義弟にだな……」
「その遺恨、血の繋がりも他人すぎてどうでもいいと私は思うぞ。……どっちにしろ二代以上は前の話ということだろう? 先代からは対立がないのなら、よいではないか」
よくない。なんてひどいんだろう。
お互い家ごと毛嫌いしあっていて、極力避け続けたのに、協力しあえだなんて。
ミルシュカは、エリアスを睨め付けたあとフンと顔を背けた。
マルーク国王は気性も体格も丸いが、重要なところは押さえるし、譲らない人だ。
今回の件は国の肝心要だったらしい。
最悪な思いをさせられた謁見から一週間後。
文句を受け付けないとの王命が下されて、ミルシュカとエリアスは共に国境付近へと派遣されることになった。
任務は敵性使い魔の討伐。
あんな最悪な男と、二人一組になれだなんて──




