中国人から見た大衝突
有理とマナの二人がゲームに閉じ込められてから、そろそろ5時間が経過しようとしていた。
その間、張偉は休憩を挟みつつ、ずっと二人に付き合っていたのだが、そろそろ限界が来ようとしていた。体力面もそうだが、いくらやっても解決策が見つからないという、精神的疲労の方が大きかった。冷静に考えれば、ゲームが彼らを閉じ込めているわけではなく、魔法という能力が原因なのだから、ゲームをいくら進めたところで意味はないのかも知れないのだ。
気がつけば食堂の営業時間も終わってしまっており、流石に時間も時間ということで、有理の提案で本日の探索はお開きとなった。その頃にはもう張偉は目に見えるほどクタクタになっていたのだが、ゲーム内の二人は殆ど疲れてる様子はなかった。
有理が言うには、現実で普通に過ごしている時と変わらないどころか、普段よりも体力が増しているような気がするらしい。思えば、こうしてる間も現実の彼らの体はずっと横たわっているのだから、疲れようがないのかも知れない。
正直、こんな状態の二人をほったらかしたまま一人だけゲームを終えるのは気が引けたが、もうそんなことも言ってられないくらい疲労困憊していたので、張偉は二人に謝ると、ヘルメットを取ってログアウトした。密封されていたせいで蒸れていたのか、風がひんやりして心地よかった。
「お疲れさん」
ショボショボする目の筋肉を解しつつ、涙腺を刺激するように眉間を指で抑えていると、背後から労いの声が掛かった。いつの間にか椅子からずり落ちそうになっていた姿勢を正し振り返ると、部屋にはもう桜子さんしか残っていなかった。
張偉は彼女が差し出すスポーツドリンクを受け取りながら、
「ありがとう……このヘルメット型コントローラー、慣れれば違和感も無くなって快適に操作出来るんだが、とにかく異様に疲れるみたいだ。後で開発者にフィードバックしておこう。ところで他の研究者の人たちは?」
「最初は二人の心電図を取ったり色々してたんだけど、段々やれることがなくなってきたみたいで、少しずつ減っていったわ。多分、自分たちの研究室に帰ったんだと思うけど」
「さっきまであんなにいたのに、寂しいものだな……」
部屋の隅には眠ったままの二人の姿が見える。心電図から聞こえる規則正しい音が、なんとも物悲しげに響いていた。このまま彼らを放置して席を外すのは気が引ける。そんなことを考えていると、
「ゲーム中だから声掛けらんなかったんだけど、あんたの携帯の通知がずっと鳴ってたよ。急ぎじゃないといいんだけど」
「ん、そうか……?」
机の上に置きっぱなしだった携帯を手に取ると、確かに通知でいっぱいだった。アプリのどうでもいい宣伝ばかりではなく、メールが何通も来ているようだ。しかし件名がどれもこれも、助けてくださいとか、お久しぶりですとか目を引こうとするものばかりで、スパムだと思ってそのまま消しかけたが……よくよく見れば差出人アドレスが故郷の従兄弟からのもので、思わず目が点になった。
一応、ヘッダーを見て本物であることを確認してから、どういうつもりかと困惑しながら中身を確かめてみると、父の死に対するお悔やみの言葉と共に、いつ国に帰って来るんだ? という催促の言葉が並んでいた。
『今、祖国は異世界人の襲撃で乱れており、人々はいつ自分が戦地に送られるんじゃないかと気が気でない様子だ。かくいう自分も軍に入るように言われており、日に日に強くなる圧力に身の危険を感じている。党は張偉の父が異世界人との交渉を失敗した責任を我が家に取らせたいのだ。こんな理不尽に屈するのは悔しいだけではなく、もしも前線送りになったら自分も命があるかどうかわからない。だから早く帰ってきて、家のために立ち上がって欲しい。お前が張家の跡取りなのは皆が認めていることだ。信じているぞ』
メールは一通だけではなく、同じようなものが何通も届いていた。それぞれ差出人は別の従兄弟たちからで、まるで示し合わせたかのように同時に届いたのは、何かの嫌がらせだとしか思えなかった。あんなことがあったのに、よくもヌケヌケとこんなメールを送ってこれたものだと、張偉は従兄弟たちの正気を疑ったが……
しかし考えてもみれば、一族とはいえ全てのことを知らされているとは限らず、もしかすると、この従兄弟たちは本当のことを何も知らないのかもしれないのだ。そう考えると、メールが同時に届いたのは検閲を受けていた可能性が高く、つまりこのタイミングで大量に届いたのは、人為的な策謀と考えたほうがいい。
従兄弟たちに非はないのだ。彼らはまだ、自分のことを家族と思ってくれてるのかも知れない……もしもそうなら、出来ることなら自分だって、祖国のために、家族のために立ち上がりたかった。しかしそれはもう出来ない相談だった。
自分のことを売った親戚がいる、という事実が許せないわけじゃない。自分が混血だという事実が、どうしようもなく祖国を遠ざけていた。多分、今戻ったところで、国が彼の存在を認めるわけがない。国家の敵として矢面に立たされるだけで、家族のために出来ることなんて何もないだろう。
ふと視線を感じて顔を上げると桜子さんと目が合った。メールに集中していて存在を忘れていたが、ふいに視線を逸らすその仕草が気になって、彼はなんとなく尋ねてみた。
「もしかして、見たのか?」
「……通知が鳴り止まなかったから。悪気は無かったんだけど」
携帯はロックが掛かっているからメールの中身が読まれる心配はないが、差出人とタイトルはバッチリと映っていた。だからなんとなく、中身は想像できたのだろう。まあ、知られたところでどうってことないが……しかし、張偉は少々意外に思った。
「別に見られて困るものでもないから構わないが……でも驚いたな。あんた、中国語も読めたのか? てっきり、中国嫌いだと思っていたが」
張偉がそう言うと、桜子さんは冗談めかした自虐的な笑みを浮かべながら、
「敵性言語だからね。それに日本語を知ってれば割と覚えやすかった」
「ああ、日本語も漢字を使うもんな。クックックッ」
張偉もニヤリと笑いながら答えた。はっきり敵と言われるとショックではあったが、隠されるよりはずっとマシだと思った。
彼には、彼女の気持ちが痛いくらいに実感できた。何故なら、彼女とは真逆とはいえ、中国人の異世界人に対する憎しみも、同じくらい強かったからだ。彼らは、お互いに殺しすぎたのだ。
50年前の大衝突で、中国は鳳麟国2億の民を無慈悲に惨殺したとされている。その時、殺されたのは殆どが民間人であり、今では史上最悪の大虐殺として歴史に刻まれ、全世界の人々から忌み嫌われていた。これは覆しようのない事実であり、非難を受けるのはある程度仕方がないことだと思う。
しかし、考えてもみて欲しい。これだけのことを犠牲を払わずに行えるわけがないのだ。実は鳳麟国2億に対し、中国の犠牲は優に3億を超えていた。その犠牲者もまた殆どが民間人であり、軍人同士の衝突など、実はあまり起きてはいなかったのだ。だが、このことが言及されることは滅多にない。
異世界人は、ある日突然、日常風景の中に現れた。大都市の通勤時、渋滞する道路のど真ん中に、通勤客でごった返す雑踏の中に、子どもたちが遊んでいる公園の中に、母親が洗濯を干している最中の庭に、家族がテレビを見ている居間に、場所を問わず、当時の中国人口14億に対し2億の異世界人という比率は、殆どどこにでも現れたと言って過言ではないだろう。
そんな突然の出来事に、言葉が通じない民間人が一体どう対処できたというのだろうか。逃げ惑い、助けを乞うても、助けなど来やしない。どこへ行っても同じように逃げ惑う人でパニック状態だった。ならばもう戦うしかないではないか。
そして一度戦闘が始まってしまったら、もう収集がつかなかった。それに民間人と言っているが、異世界人は全てが魔法使いである。対抗する中国の民間人は武器らしい武器を持っていない、本当に無力な一般市民だった。だから当初、大虐殺を受けていたのは、むしろ中国側だったのだ。最終的に勝ったのが中国側だったから、ただそれだけの事実で、自分たちは虐殺者の汚名を着せられてしまったのだ。
これが中国人から見た大衝突だった。
全てが終わった時、国中が死体だらけで、勝利を喜ぶものなんて誰一人としていなかった。死体を片付けようにも国土は放射能で汚染されていてそれどころではなく、もうただ穴を掘って埋めるくらいしか方法はなかった。尋常でない人口減に経済は破壊され、流通も滞って明日食べるものにさえ苦労した。
とても自力救済は不可能な状況なのに、ところが世界は手を差し伸べようとはしなかった。大虐殺を糾弾するだけで、誰も助けようとはしなかったのだ。
だから中国は、自力で救済したのだ。自力で立ち上がり、自力でここまで経済を回復したのだ。なのに未だに中国人は異世界人の目の敵にされ、同じ地球人からも糾弾され続けている。この世論はどうやって形成されたのだろうか。
何かがおかしい……しかし、それが何なのかは、まだ誰にも分からなかった。




