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Worlds Collide -異世界人技能実習生の桜子さんとバベルの塔-  作者: 水月一人
第二章:張偉は祖国を裏切らない
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追跡開始

 穏健派と話し合いをすべく、彼らの前へ姿を表した張偉の父は、そこで過激派の襲撃を受けてあえなくこの世を去ってしまった。過激派は、恐らく第2世代の魔法を使って奇襲を掛けたのだ。張敏もまったくの無防備では無かったろうが、正確な日時を相手に掴まれていたのが致命的だった。きっと、異世界人を見下している他の党員だったら、こんなことにはならなかったろう。


 それにしても、政府が譲歩すると言っているのに、過激派は一体何を考えているのだろうか。彼らは最初から話し合いなど拒否して、闘争を続けることだけを目的としているとしか思えない。


 事実、そうなのだろう。過激派の背後には欧州革命派がいるわけだが、彼らからすれば、鳳麟国が独立しようがしまいが、実はどっちだっていいのだ。事態が収まるよりは、このまま暴動が続いて世界の注目を集めてくれたほうが、なんなら、本格的な戦争が始まってチベットが紛争地帯になってしまえば、自分たちが介入する機会が増えるから都合がいいとすら思っているのだろう。


「なんでまたそんな破滅的なことを考えるんでしょうか」

「彼らが生まれ育った土地を失った流浪の民というのもありますが、一番の理由は、過激派に資金提供しているのが、アメリカやメガフロートに住んでいる異世界人セレブだということです」


 日本ではあまり馴染みないのだが、今のアメリカには資本主義に塗れた異世界人インフルエンサーが大勢いて、各界に大きな影響力を持っていた。


 なにしろ、あの国は選挙に莫大な金がかかる。選挙資金を集めるためには、問題を抱えている団体に働きかけるのがセオリーだが、軌道エレベーター建設で財を得た異世界人セレブたちは、そんな政治家相手のロビィ活動に余念がなかった。お陰でアメリカでは今、異世界人差別は大問題なのだ。


 イジメはイジメられてる側が悲鳴を上げるまで分からないように、差別も差別される側が声を上げないと案外気づかれないものである。したがって差別は寛容な社会ほど強調される。そんな彼らにとって、中国政府は許しがたい存在なわけだ。


「しかし彼らは独立勢力に、穏健派と過激派がいることすら知らないはずですよ。ただ大きいだけの声に反応して、それを全部鵜呑みにする。結果がどうなるかなんて考えてもいません」


 ウダブは首を振ってため息混じりに続けた。


「発端はともかく、責任者を殺されてしまった中国政府は、面子を潰されたと、いま暴動鎮圧のために大部隊を派遣しようとしています。憎悪を煽ることが目的の過激派は願ったりかなったりでしょうが、矢面に立たされた穏健派はたまりません。彼らはこれをなんとか止めたくて、たまたま中立の立場でそこにいた私に、日本に行って助けを求めてくれと書状を託しました。私はそれをこの国の政治家に渡してきたところなのですが、そこでこの学校に張氏の息子さんが通っていると聞き及びまして。これもなにかの縁と、お父様の最後をお伝えするつもりでやって来たのですが」


 そうしたらそこにたまたま母親もいて、複雑な家庭事情の張偉は教室を飛び出してどこかへ行ってしまったというわけだ。


 目的をまだ果たしていないウダブはもちろん、誤解を受けたままの母親をこのまま放って置くわけにはいかないだろう。早急に彼を見つけ出して、ここへ連れてこなければならない。幸い、鈴木たち教師が探しているところだからもう時間の問題だろうが……


「有理。発言してもよろしいでしょうか?」


 すると会話が途切れるのを待っていたかのようなタイミングで、有理のAI(メリッサ)が話しかけてきた。突然、聞き覚えのない声が聞こえてきたことに人々は驚いていたが、彼女のことを知っている桜子さんが返事をする。


「どうしたの、メリッサ。今の会話に何か気になる点でもあった?」

「はい、桜子。会話の中身ではなく、張偉の行方なのですが。実は彼のGPSが、現在、学校からどんどん離れていっているのです」

「GPSって、携帯の? 今、チャンウェイはどこにいるの」


 桜子さんは首を傾げているが、有理のAIと話をするには専用のアプリが必要で、張の携帯にもそれはインストールされていた。彼女はそれを追跡しているのだ。


「現在、横浜横須賀道路を、保土ケ谷方面へ進行中です」

「横横って……車で移動してるんですか?」


 その返答を聞いて、今まで空気のように立っていたアオバという名の女が焦りの声を漏らす。道路には詳しくない桜子さんが説明を求めると、


「そこは高速道路だから車しか通れないはずなんですよ。そんなところに居るのなら、車で移動してるとしか思えません」

「つまり、彼は学校から出て、車でどこかへ向かってるってこと? タクシーでも拾ったのかな……一体、どこに行くつもりなんだろう」


 桜子さんはわけがわからないと首を傾げているが、事態は思ったよりも深刻なのではないかと有理は思った。


「……もしかして、誰かが手引きして、彼を中国に連れて行こうとしてるんじゃないか?」

「どうしてそう思うの?」


 桜子さんが問う。有理は頭の中で整理しながら、


「今までの話を総合するに、彼が勘当されたのは建前で、実際にはまだ張家の嫡男で天穹互动の跡取りなんでしょ。それだけでも利用価値があるけど、張氏が死んだ今、彼は政治家の後継者候補としても見過ごせない駒だ。そんな彼はまだ未熟で、家督について仄めかせば簡単に操れるって、誰でも考えるんじゃないか。


 教室を出ていく前、張くんは中国に帰りたがってた。そしてウダブさんの話では、中国政府は今、責任者を殺された報復で大部隊をチベットに派遣しようとしている。その大義名分としても、張氏の息子で、皇帝の生まれ変わり疑惑のある彼は十分だろうし」

「……GPSは保土ケ谷方面、都心に向かってるんですよね?」


 有理の言葉に、アオバが反応する。そんな彼女に、メリッサは肯定で返した。彼女は忌々しそうに爪をかみながら、


「領事館に入られたらマズイですね。不審な車が近づいて来ないか、警察を使って付近に検問を敷いてみます」

「有理。たった今、GPSの反応が途絶えました」


 アオバがそう言って携帯電話で連絡を取り始めた矢先だった。殆ど間髪入れないタイミングでメリッサがそう伝えてきた。アオバはその言葉を聞いた瞬間、電話相手に指示する声を止め、苦り切った表情でまた電話すると言って切ってしまった。


「もしかして相手に気づかれたんでしょうか……間違いであって欲しいですけど」

「でも、もしもそうなら、ユーリの話はビンゴだったってわけよね。チャンウェイを連れて行ったのは、中国政府かそれに連なる何かよ。それが分かっただけでも儲けものよ」

「しかし、どうやって後を追えばいいんです? 彼が手がかりを残していてくれればいいんですけど」

「あの……息子は無事なんでしょうか。なにがなにやら」


 一連の話を聞いていた母親が不安そうにしている。何か彼女を安心させるようなことが言えないかと迷っていたら、


「張偉を乗せた車両なら、まだ捕捉しています」


 メリッサのそんな声が聞こえた次の瞬間、有理の携帯がブンと震えて、アプリが起動した。スクリーンを覗き込めば、そこにはよくある白のワゴン車が、高速の料金所から一般道へ下りている映像が映っており、また別の映像では同じ車両が交差点で信号待ちしていた。


「ワゴン車は現在、一般道を鎌倉方面へ進行中です。引き続き、可能な限り、周辺の監視カメラをチェックします」

「でかしたメリッサ! お母さん、安心して。すぐに私が彼を連れ帰ってくるから」

「本気ですか? 桜子さん」


 アオバが驚いて聞き返すが、桜子さんは当然とばかりに頷いて、


「警察を頼れない以上、あたしが動くのが手っ取り早いでしょう。あたし個人なら相手に悟られる心配もないし、戦闘になっても簡単にはやられないわ。それに、チャンウェイとは個人的に付き合いもあるし、うってつけだと思うけど」

「……わかりました。では私もついていきます。同僚に応援を要請しておきますので、それまで時間稼ぎしてください。警察と違って、こっちは信用できると思いますから」

「任せるわ。メリッサ! 車の追跡情報を、あたしの携帯にも転送してくれない? 追っかけるから」

「なら俺も行くよ」


 二人の会話を聞いていた有理がそう言い出すと、すかさずアオバがとんでもないと言いたげに割って入って、


「物部さんは無理に決まってるじゃないですか! 相手はまだ何者かも分かってないんですよ? 危険すぎます」

「でも、放ってはおけないよ。俺にもやれることがあると思うんだ」


 有理がなおも食い下がると、アオバは少し面倒くさそうに眉間にシワを寄せてから、すぐにまた人好きのする柔和な笑顔を作って、


「でも、もし戦闘になったら、物部さんは足手まといになりますよ。いくら桜子さんが強くっても、足手まといを庇いながら戦うことは出来ませんよね」


 そう言われた瞬間、有理はまったくその通りだと頷きかけたが、すぐ気を取り直して、


「いや……もし戦闘になりそうなら出ていかないで隠れているから。クラスで張くんと一番仲がいいのは俺なんだ。もしも彼に呼びかける必要があるなら、俺がいたほうがいいんじゃないか」


 そう言った瞬間、罪悪感というか、ものすごく嫌な感じがした。彼はやはり撤回したほうがいいような気がしたが、その時、いつかこの学校へ連れてこられた日のことを思い出し、


「……アオバさん。あんた、俺に何かしてるな? 俺が意見を取り下げるように、多分、魔法を使って」


 有理がそう指摘した瞬間、たった今まで胸の中でもやもやしていた罪悪感が綺麗サッパリ無くなっていた。やはりそうだ。アオバは魔法を使っていて、そのせいで彼は自分の意見に自信が持てなくなっているのだ。だが、これは魔法の影響だと意識さえ出来れば、その効力から逃れることは出来るようだ。有理は、もう簡単にはあしらわれたりしてやらないぞと、彼女のことを睨みつけたが、


「アオバじゃなくて……宿院(しゅくいん)です」

「……は?」

「私は宿院青葉と申します。青葉は下の名前なんですよ」

「あ、そうだったんですか。すみません、気づかなくって」

「うふふ、いいんですよ。年下の男の子に名前で呼ばれると、なんだかこそばゆいですね。あ、でも物部さんなら全然構わないですよ。これからもそう呼んでいただいて」

「いや、滅相もない。これからは気をつけますから」

「そうなんですかあ? 残念ですう……」

「えらいすみません……」

「それじゃあ、私たちはもう行きますから」

「あ、はい。お気をつけて」

「物部さんは学校でお待ちいただけますか?」

「それはもちろん」


 青葉は有理に向かってニコニコ手を振ると、張偉の母とウダブに挨拶してから応接室を出た。そして誰も居ない廊下を桜子さんと並んで歩いていると、隣から非難がましい声が聞こえてきた。


「アオバ、あんた、こんなことばかりしてると、いつか痛い目見ると思うよ」

「言わないでくださいよ……桜子さんだって、物部さんについて来て欲しくなかったでしょう?」

「まあ……ごめん。あんたには嫌な役させちゃったね」

「いいえ、お気になさらず。慣れてますから」


 こんな力を持って生まれてきた以上、痛い目ならもうとっくに見ているのだ……そう言いかけた言葉を、彼女は飲み込んだ。


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