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時は過ぎゆき

 ある日、卒業を控えた都原(いちはら)の研究室に、FBIとCIAの捜査官がやって来た。それから暫くの間、都原は眠れぬ夜を過ごす羽目になった。


 もしかしてとっくに調べはついていて、パテルを殺した犯人がやって来るんじゃないか。実は日本政府と密約が交わされていて、ある日突然拉致られるんじゃないか。神の目からは誰も逃れられないのだ……そんな妄想が頭を支配して離れなかった。


 とはいえ、一月が経ち、二月が過ぎれば流石にもう安心しても良さそうだった。というか、冷静に考えて、彼らは最初から都原のことを疑ってはいなかったのだろう。パテルが最後に会っていたのがたまたま都原だったから尋問する必要があっただけで、多分、彼らが本当に関心があったのは、パテルと教授の関係だ。都原ではない。


 それにグランド・キャニオンの中で話したこと以外は、全て本当のことを話したから、仮に彼らが裏取りをしていたとしてもバレる心配はなかった。パテルも言っていたように、普通、あんな死の谷のど真ん中で、誰かと待ち合わせする人間なんていないのだ。


 それでようやく枕を高くして眠れるようになった都原であったが、そんな精神状態だったせいか就職活動の方は思うようにいかず、年が明けても就職先が決まっていなかった。すると本人よりも大学の就職課の方が焦りだし、暗に進学を勧めてきた。どうせこのまま就活を続けても、ろくな就職先は見つからないだろう。だったら就職浪人したほうが良いんじゃないか? と言われたわけだ。


 そんなこともあって結局、彼は修士課程を終えても大学に残り、そのまま研究者の道を歩むことに決めた。両親の目は厳しかったが、FBIとCIAがやって来たことで、かえって研究欲に火が点いたのだ。


 パテルの置き土産は今はまだ動かすことも出来ないが、コンピューターの進歩は日進月歩であり、いずれはこの無茶苦茶なスペックも気軽に動かせるようになる日が来るだろう。その時、果たして彼の前に何が現れるのだろうか……都原はそれを見届けたくなったのだ。


 しかし、結論から言えば、残念ながらその日は訪れなかった。


 例のプログラムは、都原が研究者を志してから数年後には動かせるようになっていた。


 博士号を取得する頃には彼もそれなりに名の知れた研究者となっており、気がつけばそこそこの環境に身をおいていた。研究費用は相変わらず渋られていたが、金がない代わりに人脈の方はどんどん広がっていき、この物好きな男を珍しがって応援してくれる他分野の先達の働きかけもあって、都原は国立大学に所属することが出来たのだ。


 そこでは開発中の量子コンピューターが使え、個人が買える市販のパソコンもすでにかなりのスペックを満たしていたから、無理をすれば例のプログラムも動かせそうだと考えた彼は、学生の頃からひたすら研究を続けてきたパテルの遺産をついに動かすことにした。


 結果は彼も予想していた通り、そのプログラムはただの生成AIで、不思議なことはなにも起きなかった。ただ、そこに使われている個々のアイディアは先進的で目を瞠るものがあり、都原はそれを元に新理論を構築すると、それまでとは比べ物にならないほど高効率な生成AIを開発することに成功したのだ。


 彼はその成果で国内でも有数の科学者として知られるようになり、その後、産業界と提携した彼の研究は数々のサービスを生み出した。それを皮切りに10年ほど前に突如として終わりを迎えた生成AIの歴史もまた、ゆっくりと息を吹き返し始めた。相変わらずAIに対する世間の目は冷たかったが、人間の仕事に足を踏み入れさえしなければ、便利なものは確かに便利だから、だんだんと受け入れられるようになっていったのだ。


 こうして都原はその分野のパイオニアとして勇名を馳せ、その後の人生はまさに順風満帆と言っていいほど順調に進んでいった。研究に明け暮れていたせいで女っ気はなかったが、それがかえって気に入られたのか名家の女性と見合い結婚し、翌年には娘も生まれて、小さいながらも都内に一軒家を買って幸せな家庭を築いた。


 その娘が高校に上がる頃、妻には先立たれてしまったが……両親の血を受け継いだ優秀な娘は東大に進学し、卒業後は父親とは違って一流企業に就職して、そこで数年務めあげた後に生涯の伴侶を連れてきた。


 相手はがさつな娘と違ってしっかりした男で公務員だったが、実は大学在学中から付き合っていた同級生だったらしく、学生結婚は駄目だから生活基盤を構築してから、改めてお互いの両親に報告しようと決めていたらしい。よくもまあ、そんな男を咥えこんできたなあと、我が娘ながら感心したが、結婚後の2人の仲睦まじさを見る限り、きっと相性が良かったのだろう。


 結婚から数年が経ち、そろそろかなと思っていた頃、その彼から今夜会えないかと電話が掛かってきた。


 婿は気配りのできる男で、何かする時には必ず都原にも声を掛けてきた。そんな夫が緊張しないように、頼み事がある時は事前に娘が根回しの電話をしてくるのだが、そのせいで今回も何を言われるかは知っていた。


 都原がいつもより少しパリッとした背広を着て会いに行くと、彼はかなり緊張した面持ちで、娘の妊娠を報告してきた。


「いや、めでたい。めでたいんだから、そんなに緊張しないでよ」


 都原はもちろん祝福し、店の人に頼んで祝杯を挙げてもらった。そして、談笑しながら酒を飲み、ある程度緊張がほぐれてきた時、彼が質問してきた。


「そう言えば、お父さん。セツ子さんの名前はどうやってつけられたんですか?」


 婿は子供が出来て浮かれているのか、もう名前のことまで考えているらしい。参考までに聞かせてくれと言われたが、そんなに大層な話ではない。寧ろ、娘にだけは絶対に知られたくない、墓場まで持っていきたい類の話であった。


「それがね。私は子供が出来た時、ずっと生まれてくるのは男の子だと思いこんでいたんですよ。だから実を言えば彼女の名前は決まってなかった。区役所に出生届を出しに行くとき、困ってその場でひねり出したものだったんです」

「そうだったんですか!?」


 まさかそんな答えが出てくるとは思わず、婿は目を丸くしている。都原は娘には内緒にしてねと前置きしてから、


「私も理論学者の端くれだから、実は男が生まれたら『摂理』と名付けるつもりだったんですよ。そのつもりでいたら、女の子が生まれてきたんです。別に女の子に付けても構わないような名前でしたが、ちょっと堅苦しいかと思いまして……咄嗟に『摂子』に変えようとしたんです。でもほら、それだとピンセットじゃないですか。それで迷った挙げ句、セツ子に」

「そうだったんですか……」

「娘はこの名前、あまり気に入らなかったみたいでね。年頃になってから、どうしてこんな名前を付けたんだって言われましたよ。本当のことを言ったらグレちゃいそうだったから、本人にはセツ子のことが大切だからセツ子にしたんだよと言いましたが……それで本人も納得したのか、その後はもう何も言いませんでしたが……バレたら縁を切られるかも知れないから黙っててください」


 都原がそう言うと婿は苦笑いしていたが、彼はひとしきり笑った後、ふと思いついたように、


「それなら僕は、男が生まれたら『無理』、女が生まれたら『有理』にしようかな」


 とか言い出した。


 その言葉を聞いた途端、都原の心臓がどきりと跳ね上がった。


「……有理?」

「ええ、有理数無理数の。知ってますか? 無限には種類があるんですよ」


 大学時代、数学を専攻していたという婿は嬉々として語り始めた。


 その姿が初めて会った時のパテルと重なって、都原は一瞬にして酔いが冷めてしまった。


 帰国してから、もう数十年が経過していた。その後、FBIとCIAが同時にやってきたり、パテルの遺産を解析したりして、あの夜のことは何度も思い出してはいたが、それで特に何か新たな発見があったわけでもなく、今ではすっかり考えなくなっていた。


 あのYU-RIが、まさかこんなとこまで追いかけてくるなんて……


 いや、いくらなんでも考えすぎだろう。都原はブルブルと首を振った。孫の名前が仮に『有理』になったとしても、それはただの偶然に過ぎない。パテルの遺産だって結局なんでもなかったと、他ならぬ自分が証明したではないか。


 彼はそれ以上考えないようにした。婿は相変わらず無限についてキラキラした瞳で語っていた。そんなこと知ってると思いながらも、都原は黙ってその話に相槌を打っていた。もう酒の味はしなかった。


 その後、生まれてきたのは男の子だったから『無理』と名付けられ、都原は一度はホッとした。しかし数年後に『有理』が誕生し、彼はまた不安を覚えたが、実際、目の前にいる小さな赤ん坊に何が出来るわけもなく、そのうち馬鹿らしいと思って忘れることにした。


 有理は別段、他の子どもと変わらず、すくすくと成長した。やたら高いところが好きだったりリスクを追いがちな性格をしていたが、子供のやることなのであまり気にしていなかった。優秀な兄と違って学業成績はそこそこだったが、両親が共に優秀なのだから、そのうちなんとかなるだろうと心配はしてなかった。ただ一つ気になったのは、有理は成長してAIを独自に研究するようになったことだ。


 元々、数学者志望だった父親にプログラミングの手ほどきを受けた有理は、祖父が研究しているAIに興味を示し、気がつけば大学の研究室に入り浸るようになっていた。まだ小学生だった彼はゼミ生たちに可愛がられ、知識をどんどん吸収していった。中学に上がる頃には大学生よりも優秀な生徒となり、孫にやらせた課題を提出するなと学生を叱りつけなければいけないほどだった。


 高校に上がる頃には、ついに都原の理論を完全に理解し、それに改良まで加えていた。更には学生から集めたジャンクパーツを組み立ててサーバーを構築し、独自の生成AIまで開発してしまった。


 調子に乗らないよう一度も口にしたことはなかったが、はっきり言って天才だった。都原は孫に学問の手ほどきをしたことは一度もなく、寧ろコンピューターを触らせないよう遠ざけていたつもりだったが、そんなことは関係なく、彼はこの世界の第一人者になりつつあった。


 パテルの顔が脳裏を過ぎる……


 そんな有理は、コンピューターサイエンスに偏りすぎたせいだろうか、大学受験に失敗し、一時はパソコンを触らなくなり、都原はホッと胸を撫で下ろしたのだが……


 ところが、そんな彼が一浪して大学に合格すると、今度はM検で信じられないような最高点を叩き出したというのだ。


 魔法適性検査は大衝突後に現れた異世界人の魔力を測るテストで、異世界人か、もしくは混血でないかぎり反応するはずがない、そういう検査のはずだった。それで浮気を疑われたセツ子は笑えないと怒り狂っていたが、都原も別の意味で笑えなかった。


 かつて大衝突を起こした教授たちは、自らが作り上げた神のシミュレーターに、神の実在性を問いかけてみた。その結果、AIは『YU-RI』と返してきたという。それも狂ったように、何度も。


 あれから50年が経った今も、異世界人が使う魔法については殆どなにも分かっていなかった。だというのに、その適性が『有理』にあるのだとしたら……それも前代未聞と言われるくらい強大な力だとしたら、これはただの偶然なのだろうか?


 正直なところ、グランド・キャニオンでパテルと話したことは未だに半信半疑だった。だが孫が関わってくるなら話は変わる。誰かこのことを相談できる相手はいないだろうか……しかし、こんな与太話。誰が信じてくれるだろうか……


 そう考えた時、都原は思い出した。彼には学生時代から付き合いがある魔法学者の友人がいた。もしかしたら彼なら相談に乗ってくれるかも知れない。都原はスマホを取り出すと、その友人に電話を掛けることにした。


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― 新着の感想 ―
隠された血筋。って訳じゃないけど、過去が繋がるの楽しいな。
有理は男の娘だった!?(違う)
キラキラネーム大集合
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