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50 years ago

 202X年、夏。


 アメリカ合衆国アリゾナ州北部、グランド・キャニオン。


 太陽光線が暴力のように降り注いでいた。肌にチクチクと突き刺さり、汗が一瞬にして蒸発していく。じっと動かず日陰にいても汗が止めどなく溢れ出してきて、人間が水でできているということを実感する。水分補給をしようと水を飲めば、余計に喉の渇きを覚えた。まるで太陽が直接水筒の中身を吸い上げているかのようだった。


 光の正体は波であり粒子である。どっちなんだよと19世紀に大論争が巻き起こったが、マクスウェル方程式の登場によって、波であると終止符が打たれた……かに思われた。ところが20世紀に入ると今度はアインシュタインが光量子仮説を唱え、後に素粒子の一種であることが判明する。結局、波も粒子も見方次第ではどちらも正しく、こういう異なる2つの概念が互いを補うような関係のことを相補性と呼ぶのだ。


 もっとも、そんな難しいことを考えずとも、ここに来たら誰でも光は粒子と答えるだろう。何しろ太陽が痛いのだ。目の前のコロラド川に飛び込んで、ずぶ濡れになったところで、ほんの一瞬日光に当たっただけで水分が蒸発していく。塩が浮き出てパラパラと崩れ落ち、まるで身が削れていくようなそんな気がした。


 異なる2つの世界が衝突するという、まるでSFみたいな現象……いわゆる大衝突が起きてから1年が経過しようとしていた。日本は別世界からやってきた新たな隣人を迎えて、今も賑やかな毎日が続いているらしい。


 衝突の直後、大学の同級生だった徃見(いくみ)が興奮気味に電話をかけてきて色々話を聞いたのだが、異世界人はまるでおとぎ話の妖精みたいにみんな美麗で、おまけに魔法が使えるのだという。彼らの見てくれが良かったお陰か、日本ではすぐに受け入れられたようで、今ではテレビで見かけない日はないらしい。


 因みに徃見はそんな異世界人相手に恋をしているようだった。以前の彼の姿からは、浮いた話など想像もつかなかったが、人間変われば変わるものである。


 一方、海を渡った中国では、未だに混乱が続いているらしい。日本ではすぐ受け入れられた異世界人だったが、逆に中国では戦争が起きて、もはや引き返せないくらい関係が悪化してしまったようである。


 実を言えば日本のような国のほうが稀で、殆どの国では衝突直後に戦争が起きていて、今でも散発的に戦闘が発生したりしている。彼らからしてみれば、地球人の方が異世界人なのに、どうして自分たちばかり譲歩を迫られなければいけないのだという気持ちが強いようだ。


 因みに、ここアメリカはと言えば……衝突前後で特に何も変わっていなかった。というのも、北米には全くと言っていいほど異世界人は現れなかったからだ。どうも彼らはあっちの世界でかなり偏在していたようで、人がいない地域にはまったく誰も住んでいなかったらしいのだ。お陰でアメリカは世界が混乱に見舞われていても、ずっと一人蚊帳の外で平和を享受していたというわけである。


 都原(いちはら)悦郎は大衝突前、たまたまそんなアメリカの、カリフォルニアの大学へ短期留学に来ていた大学生だった。そんな彼には昔読んだ本の影響で、いつかアメリカに行けたらグランド・キャニオン縦断に挑戦したいという夢があった。場所が場所だけに真夏に決行するのは危険なのだが、夏休みが明けたら日本に帰らなければならないので、これが最後のチャンスだった。


 本当なら、夏休みにはあの超有名企業のグーグルでインターンの予定だったのだが、急遽取りやめになってしまった。理由を聞いても相手からは何の説明もなく、これが欧米スタイルか……とがっかりしていたが、ポジティブに考えればもう一つの夢を叶えるチャンスでもあったので、気持ちを切り替え、思い切ってグランド・キャニオンに行きたいと大学の友人に相談してみたところ、車を出してくれることになった。


 その友人はバーナビー・パテルと言う名のインド系カナダ人で、数学科に在籍している少し浮き世離れした印象の、なんというか、友達が少ないタイプの男だった。たまたまお互いの下宿が近くて、たまたまいくつかの講義が重なっていたこともあって、いつの間にか行動を共にするようになっていた。二人とも大学ではぼっちで、なんとなく馬が合い、また都原(いちはら)の英語が拙かったのも理由だろうか。余計な口をきかないからだ。


 因みにあっちはもう大学四年生で、今秋には院に進む予定だそうである。校内でも特に優秀な生徒として知られており、たまに授業の助手なんかもしていた。実を言えば都原のインターン先は、彼の指導教官の口利きのお陰で決まったものだった。だからドタキャンされるなんて思ってもいなかったのだが、こんなことになってしまい、パテルも気にしていたのかも知れない。


 大学があるロサンゼルスからトレイルの出発地であるグランド・キャニオン・サウスリムまでは約800キロ、車でおよそ8時間かかる計算だった。無理をすれば一日で到達できる距離ではあったが、急ぐ旅でもあるまいし、途中一泊するつもりで二人は車に乗り込んだ。


 それにグランド・キャニオンまで行ってしまうと、観光地だから宿泊施設が高くて、貧乏学生には辛いという現実もあった。都原はキャンプ泊すればいいが、パテルはそうもいかないので、どこかで安い宿を取る必要があったのだ。なので初日は目的地から200キロくらい手前の街で安宿を取ることにした。


 そんなわけで二人で交互に運転しながら砂漠の道を突き進んでいったのだが、あまりにも代わり映えのしない風景に、何度も眠りに誘われそうになった。なんでこんな砂漠地帯に、こんな立派な道路が整備されているんだなどとボヤいていたらパテルが教えてくれたのだが、どうやらあの有名なゴールドラッシュが原因らしい。いわゆるフォーティナイナーというやつだ。


 1848年、米墨戦争の結果、アメリカはサンフランシスコという何も無い土地を手に入れた。ところが当時、入植者が200人しかいなかったこの小さな町で、ある時砂金が見つかった。なんとこの近辺には金鉱があったらしいのだ。


 その噂が広まるや、全国各地から一攫千金を狙う人々が集まってきて、あれよあれよと言う間に交通網が整備されていった。その時の痕跡が、この何も無い砂漠のハイウェイなのだそうである。


 因みに、当時少なかったのは入植者だけで、先住民はたくさん居た。しかしゴールドラッシュが始まると、もちろん彼らの人権は無視され、保護区に連行されていったという。なんともアメリカらしい、欲の皮が突っ張った話だ。


 その日はそんな砂漠の街で一晩を過ごし、翌日は夕方頃に現地に到着する予定で、午後からゆっくり出発することにした。


 なんでこんな時間かと言えば、何しろ今は夏だから、昼間に過酷な砂漠地帯を歩くのは危険なので、移動は主に夜に行い、朝は日陰でキャンプをするという計画だからである。予定ではそれを4日間繰り返し、サウスリムからノースリムまで歩き通すつもりであった。


 因みに、往復なんてとても無理なので、あっちに着いたらまたパテルが迎えに来てくれる予定になっていた。しかし、徒歩なら30キロ強の距離なのだが、渓谷に車が入っていけるわけがないから、この天険を迂回して回り込むには、最短でも400キロもの距離を走破しなければならなかった。


 流石に友達にそこまでさせるのも気が引けるので、帰りはバスでもいいと思っていたのだが、意外にも彼は快く引き受けてくれた。とにかくバタバタした出発だったから、車に乗ってから言われたのだが、なんでもパテルの指導教官が今はラスベガスにいるらしく、ついでに会いに行くつもりだから気にするな、とのことらしい。車を出してくれたのも、案外、道連れが欲しかっただけなのかも知れない。


 そんな話をしている内に、グランド・キャニオンに到着した。車を下りると強い風が吹き付けてきて、大勢の観光客の声が聞こえてきた。


 そしてついにスタート地点となるサウスリムの展望台に立った都原は、言葉に言い表せない感動を覚えた。


 テレビやネットで何度も見たことがあるはずのパノラマが目の前に広がり、夕日に照らされて真っ赤に染まる岩山の風景はとにかく圧倒的で、今自分は本当に地球にいるのだろうかという錯覚さえ覚えた。ここには何百万年も同じ景色が続いているのだ。そう考えると時間の感覚も曖昧になってくる。


 柵から乗り出して谷底を覗けば、深さという言葉では到底表せない、吸い込まれるように真っ黒な深淵が見えた。今からここを下りていくのだと思っても中々実感が湧いてこず、都原は暫くの間、途方に暮れるようにその谷底を見つめ続けていた。


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ただいま拙作、『玉葱とクラリオン』第二巻、HJノベルスより発売中です。
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よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
待ってました。楽しみ。
> 201X年。二つの世界は衝突した。 > 202X年、夏。(略)大衝突が起きてから1年が経過しようとしていた。 2019年:衝突 2020年:幕間 2070年:現在 なのか…
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