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忘れ物を届けに

「Then the end would come when worlds collide.(世界は衝突し、そして終わりが来るだろう)」


 有理の詠唱が進むにつれて、管制室内には異様な圧迫感のような、そんな空気感が漂い始めた。それはただの気の所為ではなく、物理的な実体を伴う圧迫感で、気がつけば宙に浮いていたはずの人々は、何故か床や壁や天井に押し付けられ身動きが取れなくなっていた。


 強烈な重圧に押し付けられたマナは、もしかしてウダブの結界かと思って目をやったが、当の本人も床に膝をついて重力に耐えている姿を見れば、どうやら違うと分かった。冷静に考えて、目の前の出来事を引き起こしているのは有理で間違いなかったが、彼が何をしようとしているのかは誰にも分からず、ただ未知なる現象を前に恐れを抱くことしか出来なかった。


 突然、その有理の顔のあたりから眩い光が溢れてきて、その強さはどんどん増していき、ついには直視できないほどにまでなった。


 十字を描くように両手を開いた彼の体は、この重力の中を逆らうように宙へと浮かび上がり、その顔の部分だけが曙光のように光り輝いていて何も見えない。目を細めて這いつくばるようにその姿を仰ぎ見た人々は、後光が差す貴人とやらはもしかしてこういう風に見えるんじゃないかと、なんとなくそんな風に感じていた。


 その時、中央スクリーンに映し出されていた大艦隊の姿に異変が起きた。突如、艦隊の中央に宇宙の暗さよりも更に黒い点が現れたと思いきや、その周囲の船がグラグラと揺れ始め、終いには圧壊を始めたのである。


 その黒点はまるで台風みたいに周囲の空間を巻き込みながら回転し始め、周辺の船を次々と飲み込んでいっては、逃げようとする船までをも引き潮のように引きずり込んでいった。


 先程までの一方的な展開とは打って変わって、まるでカードゲームの革命でも起きたみたいに、それまでやりたい放題だった宇宙艦隊の方が理不尽な力に打ちのめされる弱者と化していた。逃げ惑う艦隊に黒点は容赦なく襲いかかり、そしてついに全ての船を飲み込んでしまうと、今度は急速に萎んでいった。


 その反転の際に一瞬だけアリアドネーがグラグラと揺れ、管制室のスクリーンにノイズが走った。おそらくは急激な重力の乱れが波となって伝わって起きた現象だろう。勘違いでなければさっきの黒点はブラックホールで間違いなかった。有理が魔法を使って、あれを作り出してしまったのだ。


 人類最強、桁違いの魔法力と言われた彼の力の片鱗が、ついに示された瞬間であった。


 そして全てのことが終わると、唐突に静けさが襲ってきた。たった今までの騒ぎが嘘のように、周囲はしんと静まり返っていた。みんな突然の出来事にまだ理解が追いついていないのだろう。何しろ、それまで抗うことも許されず死を覚悟していたはずが、一瞬にして無かったことにされてしまったのである。こんな結末は誰も想像すらしなかったのだ。


 ただ、それは有理を知らない者たちの話であって、彼の力を信じていた者は割と早く状況を把握し、我を取り戻した。里咲はスクリーンに移っていた大艦隊が全て居なくなっていることに気づくと、いち早く歓声を上げて、


「やったああーーーっ!!」


 と飛び跳ねてそのまま天井に頭をぶつけた。ゴイーン……っと変な音が鳴って目から火花が散った。それでも痛みよりも嬉しさの方が勝った彼女は、涙を拭いながら天井を蹴って床へ戻ってくると、苦笑交じりに有理の元へと近寄っていった。


 しかし、その笑顔は彼の瞳に映ることはなく。彼女は彼のもとに辿り着く前に表情を無くすと、今度は真っ青になって叫び声を上げるのであった。


「いやああああーーーーっっっ!!!」


 そのビリビリと鼓膜を震わせる叫び声は、それまで放心状態だった管制室内の人々の目を覚ました。彼らはハッと我に返ると、今起きた出来事はともかく、被害状況を確認しようと動き出した。


 そして彼らはその前に一言礼を言おうと、おそらくは今の起死回生の一発を起こしたであろう有理の方へと目を向けたが、そこに転がっていた光景を目の当たりにして、声を掛けるどころか絶句した。


 殊勲のはずの有理は魔法を使ったあともその場にぷかぷか浮かんでいたが、よく見ればその首から上の部分が無くなっていたのである。


 おそらくは強烈な熱で一瞬にして首が焼け落ちたせいか、血が流れ出ることは無かったが、首の付け根のあたりがジュウジュウと焼け焦げ、異臭を放っていた。


 そんな有理の首無し死体に里咲が縋り付いて泣いており、彼女を慰めるようにマナが彼女の肩を抱いている。その場に居た人々は、彼の姿を見て瞬時に悟った。彼はあの奇跡を行使するために、犠牲になったのだと。


 里咲の悲しげな泣き声が響く中、桜子さんはその光景を少し遠巻きに眺めながら、イライラするように親指の爪を噛んでいた。時折、鋭い視線を時計に走らせては、不機嫌そうに眉根を寄せる姿は、普段であれば他者を寄せ付けなかっただろうが、今はそんな場合ではないので、まもなく彼女の部下である警官の一人がやって来て言った。


「姫殿下。その……ご友人の方は、本当に残念なことになりましたが、今は外の救助が先かと……」

「分かってるわ。至急、被害状況の確認をお願い。誰か商業区まで戻って、オペレーターがいたらすぐに呼び戻してちょうだい。人手が足りないわ。私は、緊急家族会議の招集を急ぎます」


 桜子さんが命じると、警官たちは彼女と、それから有理に向かって敬礼をしてから部屋を出ていった。


 ベレッタ相手に決戦を挑んでいた自分たちは船の中心にいたから誰も怪我していないが、皮肉にも戦闘を避けて外周に避難していた人々の多くが、あの砲撃で犠牲となっていた。その数はざっと見積もっても数千人は下らないだろう。その被害状況を確認するのも急務であったが、中央スクリーンに映し出されている地球の姿が相変わらず不気味なままであることも、人々の心に重くのしかかっていた。


 異世界からの艦隊は退けられても、まだ何も終わっていないのだ。地球を元に戻すためには、何をすれば良いのかも分かっていなかったし、またあの艦隊が現れないとも限らなかった。ベレッタにパージされてしまった区画の回収もすぐ行わなければ、取り残された人々は餓死してしまうだろう。そういえば、相変わらず地上と連絡がつかないが、このままではいずれ食糧問題が起きるのではないか。


 状況は最悪のまま何も変わっちゃいないのだ。


 桜子さんは現状を一通り確かめ、ため息を一つ吐くと、ようやく有理の元へと駆けつけた。いまや首無し死体となった彼の周りには、泣き崩れる里咲と、それを気遣うマナ。合掌するウダブやお付のルナリアンたちが沈痛な面持ちで彼のことを見下ろしていた。


 桜子さんも有理の死体に近づいていって、それを確認すると、またイライラと時計を見ては舌打ちした。そんな彼女の様子に気づいたマナが近寄ってくると、咎めるような眼差しを向けながら言った。


「桜子さん。物部が死んだって言うのに、あなたはどうしてそんなに冷静でいられるわけ?」


 マナは憤慨しているのだろうか、桜子さんの顔をじっと見つめながら少々興奮気味にまくし立てた。


「もっと取り乱せっていうのは変だけど、この中ではあなたが一番彼とは仲良しだったでしょうに。寮ではずっと同じ部屋で生活していて、言わば姉弟みたいな存在だったじゃない。なのにどうして、そこまで冷静でいられるの? そりゃあ今、あなたの国の多くの人たちが犠牲になってて、それどころじゃないのは分かっているけど。それでも彼は別格でしょう?」


 そんな風に糾弾された桜子さんは不機嫌になるどころか、どこかホッとしているように見えた。そんな姿に戸惑っていると、彼女はどこか穏やかな口調で自分の非を認めて言った。


「……そうね。あんたの言う通りだわ。私は本当に冷たい人間だと思うわよ。でもゴメン、マナ。私は有理が死んで悲しんでいないわけじゃないの。ただ、どっちかといえば、不甲斐ない自分に腹が立っているのよ」


「腹が立つ……? そういえば、さっきからずっと何かにイライラしてる感じよね。いえ、さっきどころか、あなたは合流してからずっと、どこか余所余所しく感じた。せっかく再会したのに喜びもしないで、時間がないからって話しもしないで。まるで人が変わったみたいに私たちを指揮して勝利に導き、あの艦隊が出現したときも、すぐに彼らの正体を看破してみせた。物部が魔法を使おうとした時にも何か意味深なこと言っていたし……


 実はずっと気になっていたのよ。あなた、私たちになにか隠しているんでしょう。もしかして、あなたは最初からこうなることを知っていたんじゃないの?」


 マナがそうして桜子さんに迫ろうとしていた時だった。中央管制室のドアがコンコンとノックされ、誰かが外からやって来た。


「あの~……お取り込み中のところ大変申し訳ありませんが、お届けにあがりました……もしかしてタイミング悪かったですかね?」


 その男は部屋に入ってくるなり、殴りかからんばかりの勢いでマナが桜子さんに迫り、その横では里咲が首無し死体にすがりついて泣いている光景を見て、若干怯んでいるようだった。


 マナはその場違いな男に向かって、なんの用か知らないが出直してこいと怒鳴り散らしてやろうかと思ったが、しかしそんな啖呵が口をついて出るより先に、彼女は驚いて言葉を飲み込んでしまった。


「ステファン!?」


 何故なら、そこに居たのは決して有り得ない人物だったからだ。


 それは以前、有理と閉じ込められた森の国で出会ったNPCで、元の世界に戻れない有理たちと一緒に世界を旅して回った仲間だったのだ。


 金髪の男、ステファンはマナのそんな素っ頓狂な叫びを聞くなり、彼もまた驚いたように目を丸くして、


「もしかして……マナ!? マナじゃないか! そうか、君もここに居たんだな。懐かしい。何年ぶりだろうか……いや、君にとっては数カ月ぶりでしかないんだっけ?」


 ステファンはニコニコしながらマナに話しかけてくる。しかし、その顔はよく見ると、かつて一緒に旅した時のあどけなさを残した青年とは違って、ぐっと大人びて見えた。そう言えば、彼は数年ぶりと言っていたが、それはどういう意味だろうか。詳しい話を聞きたかったが、


「遅い! 早くこっちに持ってきて!」


 その時、イライラがついに爆発したと言わんばかりに桜子さんが怒鳴った。するとステファンは文字通り飛び上がって、


「ひぃぃーーッ!! すみません!!」


 と叫んで、慌てて部屋の中へと、有理の死体が転がる中央の方へと飛んできた。マナはそんな彼を迎えながら、


「一体、あなたはここに何しにきたの?」


 するとステファンは彼女の横を通りがかりにウインクしながら、


「忘れ物を届けにさ」

「忘れ物……?」


 彼は頷いて、手に持っていた奇妙な形をしたものを見せ、


「君ら二人がこっちの世界に戻る際に、有理はあっちに落とし物をしてったんだよ。俺はそいつを届けに来たんだ」


 そして彼が差し出してきたジュラルミンケースは、普通の長方形をしたカバンではなく、殆ど立方体に近い形状をしていた。それは骨壺くらいの大きさで、例えるなら、人の頭がすっぽり入りそうなくらいの大きさだった。


(第6章・了)

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ただいま拙作、『玉葱とクラリオン』第二巻、HJノベルスより発売中です。
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よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
玉葱とクラリオンから来て数日で読破しました。 やはり作者さんの作品は面白い。 続きを楽しみにしてます。
卵が先か鶏が先かみたいな話がこの先巻き起こるのかな? 続きが待ち遠しい 有理の復活が待ち遠しい!
毎日の楽しみでした とりあえずお疲れ様でした! よいお年をお迎えください
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