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たったひとつの冴えたやりかた

 一難去ってまた一難、ようやくベレッタを封じ込めることに成功した有理たちは、いきなり不可解な地震に襲われた。しかし宇宙空間で揺れなど感じるわけがないので戸惑っていると、管制室のOSが再起動し、そして映し出されたアリアドネー外の映像には、まったく想像もしなかった未知なる宇宙艦隊が展開していたのである。


 その円筒状というか直方体の無骨なシルエットは、見間違いでなければ宇宙戦艦にしか見えなかった。しかし、現代の地球にはもちろんそんなものは存在しないはずだったし、ましてやそんなものが数千隻もあったのなら流石に隠しきれないだろう。


 それなら、この大艦隊はどこから現れたというのだろうか。


 ぱっと思いついたのは、ベレッタの最後の悪あがきだったが、こんなことが出来るのであれば最初からやっているだろう。もしくは、今や蓋然性の坩堝と化した地上の誰かが、神のシミュレーターを使ってやったと考えるのが筋だが、しかし見るからに重量級のあんな物を地上から打ち上げられるとは思えない。それこそ魔法でも使わなければ不可能だろう。では、魔法なのか? と考えると、これもまた微妙だ。その打ち上げるためのエネルギーを、もっと別のことに使ったらどうなのか。


 結局、なにも分からなかったが、ともあれ、目の前にあるものはあるんだからしょうがない。それより気にしなければならないのは、その目の前にいる大艦隊の意図するところだ。アリアドネーを包囲するように展開しているその艦隊には、戦艦の砲台みたいな突起物が付いていて、心做しかそれがこっちを向いているように見えるのだ。


 攻撃の意図があるのだろうか? だとしたら、誰が何のために? そう思っていると、隣に並んでいた桜子さんが誰ともなしに言った。


「……違うわ。あれはベレッタの最後っ屁でも、ましてや地上の誰かの仕業でもない、もっと悪意を持った存在よ」

「悪意?」


 有理が困惑気味に問い返すと、彼女は下唇を噛みながら悔しそうに続けた。


「ローニンが言っていたでしょう。神のシミュレーターは未来予測(シミュレーション)をするたびに新たな並行世界を生み出し、その並行世界間を人は移動することが出来るって。彼はそうして世界を渡り、破滅の未来を防ごうとしていたみたいだけど……逆にこれを好都合と考え、他世界を攻撃しようと考える者も出てくるはずじゃない。なんのためかは知らないけど」


 有理は桜子さんの指摘に絶句した。そんなこと、考えもしなかったが、確かにその可能性はあった。日頃からSNSを見てれば分かる。人間は楽して優位に立てるなら、それを誇示せずには居られない生き物なのだ。


「それじゃ、あれは別世界の人間なのか?」


 そんなことが有りうるだろうかとも思いもしたが、そもそも50年前に大衝突が起きているではないか。あの時、世界を渡ってきた数億人のルナリアンと比べれば、いま目の前にいる大艦隊など取るに足らない。そう考えるとさっきの揺れは、唐突に世界に巨大質量が出現したせいで起きた重力波だったのだろうか。それも、あれが世界を渡ってきた証拠になりそうだった。


 と、その時、唖然としている有理の目の前で、大艦隊のあちこちからキラキラとした光が発した。次の瞬間、中央管制室が小刻みに揺れ動き、スクリーンに映し出されたアリアドネーの外壁が灼熱してプラズマが起きた。溶け出した外壁の中から内部の構造物が噴出し、酸素に着火し火柱が上がった。その中には人間らしき影もあって、見間違いじゃなければ、いま多数の人々の命が散っていったようだった。


「まさか……ホントに撃ってきたのか!?」


 まさかではなく、その後もキラキラは続いてアリアドネーの外観はあっという間に炎に包まれてしまった。犠牲者が宇宙空間に投げ出され、そんな映像が流れているのに、誰も助けに行くことも出来ない。その映像にはベレッタに切り離されたモジュールがまだ虚しく宇宙空間を漂っていたが、そっちの方が安全なのは皮肉にしか思えなかった。


 すると今度は、大艦隊の砲台が火を噴いて、弾丸兵器による砲撃が始まった。上部甲板からはミサイルも発射され、正確な軌道をとってこちらへ向かってくるようだった。数千隻の艦隊から一斉に発射されるミサイルの軌跡はまるでシャワーみたいで、そんな幾何学的に美しい光景に目を奪われていたら、次の瞬間、次々と砲弾が着弾し、さっきとは比べ物にならないくらいグラグラと中央管制室が揺れ動いた。


 それはミサイルの着弾と同時に最大に達し、有理たちはその衝撃で床や壁に叩きつけられてしまうほどだった。


 その揺れが収まり、スクリーンに映し出された映像には真っ赤になってひしゃげている船体が映し出されていた。このまま砲撃が続けば船体は真っ二つになり、ここも無事では済まなくなるだろう。全長15キロ、幅1キロのこの建造物が、木っ端微塵になるかも知れないなんて、誰が想像出来ただろうか。


「どうすりゃいいんだ!?」


 あまりに唐突過ぎる展開に手も足も出ず、有理には半泣きになりながら戦況を見つめていることしか出来ることはなかった。他のみんなも似たりよったりで、マナは怒り過ぎて逆に血の気の引いてしまったのか、真っ青な顔でスクリーンを睨みつけており、もう駄目だと考えた里咲が信者でもないのに十字を切っている。


 そんな中、桜子さんだけが一人、宙に浮いてスクリーンを見つめたまま、冷静に戦況を分析していた。


「……敵はこっちがシミュレーターを使えないタイミングを狙ってやって来たのよ。もしも今、ベレッタが居れば私たちにも手はあったはず。逆になければ手も足も出ない。そう考えると、奴らの狙いは私たちの世界の神のシミュレーターを破壊することと考えて間違いないでしょうね」


 その冷静な声に有理も多少は落ち着きを取り戻したが、かと言って目の前の理不尽な光景をどうすることも出来ず、無力感を感じることしか出来なかった。


「有理、メリッサの再起動にはあとどれくらいかかる?」

「前にもやったことあるから知ってるだろ? 無理やり超特急でやっても1日はかかるよ!」

「そんなに……? ベレッタはすぐだったのに」

「悪かったな! あれと一緒にしないでくれ。こっちはなんの準備も出来ずに、いきなりこんなアクロバットをやらされてるんだぞ」


 しかし、そんなことを言ってる場合ではなかった。桜子さんの言う通り神のシミュレーターを起動しなければ、いま目の前で起きている惨事を防ぐ手段はなさそうだった。それが出来ないからと言って手を拱いていれば、いずれあの砲撃は無慈悲に船体を貫き、この中央管制室を破壊するだろう。そうなれば自分たちだけでなく、この世界は一巻の終わりだ。


 そのあとで奴らが何をしようとしているのかは分からない。だが、碌でもないことなのは間違いないだろう。連中はなんの躊躇もなく、いきなり無抵抗な人々を砲撃して来るような輩なのだ。


 有理は無力感に苛まれ、半ば他人事のように暴力を見守っていることしか出来なかった。今、目の前で起きていることは、後世にはきっとジェノサイドと呼ばれるような最悪の出来事に違いなかった。なんとかして止めなければ……グラグラと揺れる船の中で、しかし、そう思っていても自分に出来ることは何もなさそうだった。


 と、そんな時だった。アリアドネーに迫るミサイルが突然、空中で爆発し、いくつかの砲弾が直前で反れていった。撃ち落とされたミサイルが船体に到達することなく花火のように散っていく。


 一体、何が起きてるんだ? と目を凝らせば、よく見れば宇宙空間のあちこちに小さな人影が漂っていて、それが迫りくるミサイルを素手で撃ち落としていたのだ。


 信じられない光景であったが、一部のルナリアンたちが船外に打って出て、戦うことを選んだようだ。このまま船の中に居てもどうせ死ぬだけなら、例え無謀でもミサイル相手に徒手格闘を挑んでやろうと考えたのだろう。


 ルナリアンの爆裂魔法が真っ暗闇の宇宙に閃き、まるで太陽のように輝いて見えた。相手との物量差がはっきりしすぎていて、残念ながら全てのミサイルを撃ち落とすことは出来なかったが、それでも諦めない彼らの姿に有理は感動を覚えながらも、頭の中では別のことを考えていた。


 そうか、魔法は使えるんだ……


 魔法という力が何なのかは依然として不明であったが、元もと外の世界から持ち込まれたものだから、今この状況でも使えるのだとしたら、まだ打つ手はあるんじゃないか。


 しかし、一人ひとりが散発的に攻撃しても火力に劣る。仮に桜子さんたち全員が力を合わせても難しいだろう。数千人が一同に会して一斉にというのは浪漫があるが、現実的には不可能だ。第一、そんな準備をしている余裕はない。


 やるなら一気に、誰かが一発、どかんとでかい花火を打ち上げねばならない。それも、あの大艦隊を一掃できるような、そんな力が必要だ。そんなものが存在するだろうか?


 いや、ある。


 あるのだ。入学時、お願いだから東大に行かせてくださいと涙ながらに懇願しても却下され、そして言われたのだ。自分にはルナリアンよりも強い力があるのだと。聞くところによれば、ルナリアン最強のインドのシヴァ王は、広島型原爆と同じ火力を数秒間に数十発も連射できる魔力があるらしい。ところが有理の魔法適性値はそんな彼よりもずっと高く、その差はなんと100万倍だ。


 100倍ではない。1000000倍である。


 何かの間違いだと思いたいが、何度やっても同じ結果が出てしまうのだから、どうやら本当のことらしい。しかし、有理は魔法が全く使えなかったから、そんなのはただの数字ってだけで、なんの意味もないんだと思っていた。だが今の彼は魔法が使える。何の因果か、使えるようになってしまったのだ。


 そう、自分には最初から強い力が備わっていたのだ。しかし、その割には、自分は常識的な力しか使ってこなかった。ベギラゴンやフレアなど、思いつく限りのゲームの魔法を自在に操ってはいたが、それらの威力が広島型原爆の100万倍を超えたなんてことは一度もない。それは無意識に力をセーブしていたというよりか、単純に有理が思い描く魔法のイメージにそぐわないからだろう。ベギラゴンならこのくらい、フレアならこうというイメージがあるのだ。


 そのリミッターを外して全力で魔法が使えたら、一体どんなことが起きるんだろうか?


 正直なところ分からないが、あのクソ艦隊に痛撃を与えるくらいは出来るんじゃないか。


 でも、そのためには、どうやればそんな魔法を使えるのかその方法を考えねばならない。ゲームの知識だけでは、艦隊を一掃するような魔法などイメージできないのだ。


 考えろ……考えろ……そもそも、自分はいつから魔法が使えるようになったんだ? あの森の国から帰ってきたあとからだろうか。それとも、セピアの世界のあとだろうか……?


 いや、そうじゃない。有理は首を振った。最初は三浦半島の廃工場だ。


 あの廃工場で、有理は張偉を助けようと囮を買って出て、相手に殴られ壁に激突し、うっかり頭をぶつけてしまった。当たりどころが悪かったのか、そのまま意識を失ってしまったのだが、その後、気がついたら彼は病院のベッドに寝かされていて、自分が魔法を使って危機を脱したのだと聞かされたのだ。


 その結果、首都圏の全域で大停電が起こり、神奈川の電子機器を全部ふっ飛ばしてしまった。その被害状況は確かにすごいが……冷静に振り返ってみよう。あの時、自分は魔法を使って何がしたかったんだろうか?


 まさか電子機器を飛ばすことが目的だったとは思えない。あれは結果的に起きた二次被害であって、目的はもっと別にあったはずだ。なら悪漢どもを叩きのめすことだったかと言えば、それもない。スケールが小さすぎる。あの時、あれだけの魔法が発動したのには理由があったはずだ。だが、有理はその時のことを覚えてないから、その理由がはっきりと思い出せないのだ。


 そう、思い出せなくて当たり前なのだ。


 有理はなんとなく、その理由が分かってきた。


 つまりはあの時、自分は死んでいたのだ。


 ローニンは、自分が他世界からやって来た異邦人だと言っていた。シミュレーターは、未来予測をするたびに新たな世界を作り出すとも。人は異なる平行世界間を渡ることが出来るのだ。彼はそうしてこの世界にやってきた。


 それと同じことだ。あの時、有理は悪漢に殴られた拍子に死んでしまったのだ。と同時に、彼が死んだ世界と、生きている世界の、二つの並行世界が生まれた。そこで死にゆく彼は咄嗟に魔法を使ったのだ。


 あの時、有理は世界を渡っていたのだ。もしくは、世界を変えたと言っても過言ではない。


「いいの? そんなことをしたら、あんたはタダじゃ済まないわよ?」


 不意に肩を叩かれて、ハッとして振り返ると桜子さんがいた。彼女の瞳はじっと彼の目を覗き込んでおり、その表情は恐ろしく冷静だった。ふと思う。そういえば、さっきから彼女の様子はおかしかった。いや、復活した時からだろうか。もしかして、彼女は最初から、この結末を知っていたんじゃないか?


「構わない、どうせこのままじゃ俺を含めてみんな死ぬ」


 それについては詳しく話を聞きたかったが、時間的な余裕がなさそうだった。今も中央スクリーンでは砲撃が続いており、無惨に散っていくルナリアンの姿が映し出されていた。彼らを一人でも多く救うためには、躊躇している時間はない。誰か一人が犠牲になって、彼ら全員を救えるのなら最高ではないか。


「my mom's gone already」


 その詠唱は自然と頭の中に浮かんできた。以前に誰かから教わったわけでも、自分で思いついたわけでもない。最初から頭に刻まれていたような、そんな感覚だった。


「but I had a million children. it was so lively, it was never lonely.」


 詠唱では自分ではない誰かのことが歌われていた。一人取り残された誰かが世界をぐるぐるとかき混ぜている。誰のことなんだ? それはさっぱり分からなかったが……


「Then they left home, and I was left alone.」


 ふと思い出す。有理が初めてこの詠唱を口にした時、メリッサはまだ量子コンピューターに繋がってなかった。つまり神のシミュレーターはあの時まだ存在しなかったのだ。にも関わらず、彼は世界を渡った。


「in a million years of loneliness, I had lost what to do.」


 それに気づいたのは、里咲を救い出した後、メリッサのフリをしている何者かの存在を暴きかけた。何者かは分からなかったが、あの時から、いやそれ以前から彼の周りには誰かがいたのだ。いつからだろう? 子供の頃から? もっと前から?


「So I did what they did, stir the spilled milk, stir it round and round. 」


 そしてこうも思うのだ。冷静に考えて、50年前に神のシミュレーターが発見されるまで、誰がこの世界をシミュレートしていたんだ?


「Then the end would come……」


 自分以外に、誰かがいる。それが誰かは、もし次があるなら、その時また考えよう。まあ、次があるとは思えないが。


「when worlds collide.」


 詠唱が完成する。世界が光りに包まれていく。自分はそろそろ終わってしまいそうだ。眩い光が溢れる中で、そして彼の頭は弾け飛んだ。


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