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そして決戦の地へ

 モンスターを一掃したあと、これ以上空気が漏れないように急いでハッチを閉めたが、隣接する区画との出入り口は一つだけじゃないので、ほぼ焼け石に水だった。暫くすると空気が薄くなってきて、有理たちは結局、動きにくい機密服を着たままの行動を余儀なくされた。


 桜子さんの部屋はすぐ目の前にあったが、目の前だからこそ敵の攻勢も激しくなってきて、さっき全滅させたはずが、通路はもうモンスターでいっぱいになっていた。


 どうやらこのモンスターは、彼女の部屋から湧き出してきているらしい。しかし船の中心でもないこんな外周でこんなにモンスターが多いなら、敵の本丸である中央管制室はどうなっているんだろうか。ゲームのラストダンジョンみたいに、強力なモンスターが待ち構えているのは間違いないだろうが……


 そう考えた時、少し違和感を覚えた。


 そう言えばさっき、警官たちはモンスターは船の中央辺りから湧いてきて、外周にいくほど少くなると言っていた。なのに、ここだけ異常に多いのはどうしてだろうか。


 考えられることは、ベレッタがこちらの意図を察知して、重点的にモンスターを送り込んできているということだが、しかし、モンスターの湧きを自由に変えられるのだとしたら、何故彼女は湧きを偏らせる必要があるのだろうか? 船中をモンスターで溢れかえらせればいいだけじゃないか。


 つまり、偏る理由があるわけだ。それでピンときた。一番初めに有理がモンスターが湧き出す瞬間を目撃したのは、第一ステーションの司令室のパソコンモニターからだった。学校でドラゴンが湧いた時も、有理の研究室からだった。今、桜子さんの部屋には、研究室と同じサーバーがあるはずだ。そして中央管制室には、それを上回る処理能力のコンピューターがあるらしい。


 モンスターを呼び出すには、ある程度、演算力の優れたコンピューターが必要なのだ。そして、その処理能力が高ければ高いほど多くのモンスターを呼び出すことが出来る。もしかすると地上や船内にモンスターが溢れているのは、誰もが当たり前のように持っているスマホが原因だったのだ。今やあの機械は、一昔前のスーパーコンピューターを凌ぐ処理能力を持っているのだ。


「桜子さん! あんたの部屋のブレーカーって、どの辺にあるかわかる?」


 有理がインカムを使って呼びかけると、敵と戦闘中だった桜子さんは苛立たしげに、


「ええ!? 今それ、なにか関係ある??」

「このモンスターは、あんたの部屋に置いてあるサーバーが呼び出してる可能性が高いんだ。それさえ止めてしまえば、湧きは抑えられる」

「変電施設ならモジュールの外壁に取り付けられている。緊急避難用ハッチに非常食などと一緒に纏められているはずだぞ」


 有理たちの会話を聞いていた警官の一人が割り込んでくる。


「外壁ってことは、一旦外に出ないと駄目か。誰か場所が分かる人が行って止めてきてくれませんか?」

「そうしたいが、今この中を引き返すのは無理だぞ……いや待て」


 警官は途中で何かに気づいたらしく、インカムとは別の警察用無線を使ってどこかに呼びかけているようだった。漏れ聞こえてくる会話内容では、どうも外に取り残されている警官が一人だけいたらしい。そう言えば、隣接区画がパージされた時、事情を説明しに向かわせたのだ。


 警官が無線で呼びかけているのを横に聞きながら、なだれ込んでくるモンスターと戦い続けていると、その後10分くらいで準備が出来たと返事がかえってきた。有理がブレーカーを落とすように頼むと、次の瞬間、船内の灯りが全部消えて通路は真っ暗になってしまった。


 これでモンスターの湧きは抑えられただろうが、しかし、既に湧き出しているものまで消えるわけではなかった。ヘルメットについてるヘッドライトを頼りに、その後も襲い続けてくるモンスターと必死に格闘していると、やがて敵の抵抗が弱まってきて、数分もすると、ついにモンスターはいなくなった。


 それでも完全に消えたわけじゃなく、たまに湧き出してくるのは、おそらく有理たちの持っているスマホが原因だろう。その旨を伝えて電源を切るように言うと、里咲は嫌がっていたが、暫く経つと今度こそ本当に湧きが収まった。


 その里咲が周囲をおっかなびっくり見回しながら言う。


「なんとかなった……のかな?」

「そうみたいだ」


 どうやら敵は、ネットを通じてあれを送り込んできたと考えて間違いないみたいだ。有理たちは桜子さんを先頭にして彼女の部屋へと入っていった。


 モンスターが湧き出していた震源地だったせいか、部屋の中は凄まじい荒らされ方をしていて、部屋主が崩れ落ちるほどだったが、例のサーバーは傷一つつけられることなく新品同然のまま部屋の奥に設置されていた。ローニンから聞いていたノートパソコンもちゃんとサーバーに繋がっており、こちらも無傷のようである。


 また敵が湧かないよう、無線LANを切ってから電源を入れると、見覚えのあるデスクトップ画面が出てきて有理は目を疑った。よく見れば、それはあのリゾート島のコテージに置いてあったノートパソコンだったのだ。


 まさかローニンに奪われていたのかと思うと、過去の自分の行動を呪いたくなったが、あの時は隣人のことを疑うなんて思いもつかなかったのだ。一番怖いのは、ネット通じてやって来るハッカーではなく、物理的に接触してくる善人面したソーシャルハッカーだというセキュリティあるあるである。


 中を確認すると、有理のアプリを改造していた形跡と、彼の言う通りメリッサのUI関連のバックアップデータがあった。ただ、もとに戻すには、どのようにしてベレッタが有理のプログラムに乗っかっているのかを知らなければならなかったが、ノーパソを見るだけでは分からなかった。


 仕方ないので、いつでも電源を落とせるようにコンセントの位置を確かめ、LANケーブルも引き抜いてから、外にいる警官にブレーカーを戻してもらうと、部屋に明かりが戻ってきた。念の為、警戒態勢を取ったままサーバーを起動したが……やはりネット環境がなければ大丈夫だったようで、もうモンスターが湧き出してくることはなかった。


 ホッとしながらサーバーの中身を覗いてみれば、作業用ディレクトリにローニンが残した改造アプリと、機械的に生成されたベレッタのモジュールコードが散らばっていた。どうやらローニンは有理のプログラムを、生成AIベレッタを使って、対話的に組み替えていたようだ。


 こんな手法もあるのかとソースコードを覗いてみれば、教科書みたいにお手本通りなコードが並んでいてまた驚かされた。奇を衒ったところはなく、シンプルなのにまるで隙がなく、全体が一つのアートみたいだった。どうやらローニンは、プログラマとしては完全に有理の上をいっているようだ。


「作業中に悪いんだが、出来るだけ急いでくれないか? もう隣接区画だけじゃなく、三つ先の区画までパージが完了してしまったようだ」


 ソースコードを夢中になって眺めていると、警官がイライラと、それでいて不安そうに尋ねてきた。有理はハッと我に返ると、必要なものだけをノートパソコンにダウンロードして、急いで部屋を出た。


「目的のものは見つかったの?」


 里咲に引っ張られながら先を行く警官隊を追っていると、桜子さんが話しかけてきた。


「ああ。これを中央管制室のサーバーに繋げれば、あとは自動でやってくれるはずだ。ただ、ソースコードを全部読んだわけじゃないから、もしもトラップが仕掛けられていたら何が起きるか分からない。こればっかりはアレックス・ローニンを信じるしかないけど……」

「まあ、彼の計画は失敗してしまったんだから、今更なにか仕掛けてくることはないでしょ」

「だといいけど」


 有理はまだ不安だったが、桜子さんの方は思ったよりも楽観視しているようだった。実際に酷い目に遭った彼女がそう言うのなら、自分が警戒しすぎるのも馬鹿らしいだろう。まだ辿り着いてもいないのに、今から考えすぎても仕方ない。いざとなったらその時はその時だと言い聞かせて、それ以上考えないようにした。


 桜子さんの部屋がある区画から宇宙空間へ出ると、アリアドネーはまたかなり遠くまで行ってしまっていた。モンスターとの攻防と、ノーパソの回収に手間取っている間に、ベレッタは先回りして3つものモジュールをパージしてしまったのだ。


 どうやら彼女は完全に有理たちを敵と見做したらしく、彼らの行く先々には大量のモンスターが現れ、的確にパージまでしてくる始末だった。中央管制室を占拠した彼女にとってそれは造作もないことだろう。今や船内は完全に彼女のテリトリーだった。


 だからと言って諦めるわけにもいかない。有理たちは遅れを取り戻すようにアリアドネーを追いかけると、行く先々で出会う人々に、スマホや通信機器をシャットダウンするように伝えながら、少しずつ少しずつ、本当に少しずつその中心目指して走り続けた。


 そうして諦めずに走り続けたことが功を奏したのか、暫くするとモジュールのパージが止まって、行く手を阻むモンスターの数も減ってきた。


 以前にも桜子さんが説明してくれたように、宇宙港は小さな区画モジュールを連結して作った、雪玉みたいな構造をしているから、外の区画は比較的簡単に切り離せても、逆に船の中心にある中央管制室は、容易には切り離せないようになっているのだ。


 最重要施設ゆえに中心にあるわけだが、ベレッタからしてみれば、それが足かせになったようだ。


 その後の彼女の妨害も的確ではあったが、スマホを止めろと呼びかけながら移動し続けたお陰で、船内にあるスマホやパソコンなどの生きている演算装置はどんどん少なくなっていき、ついにモンスター召喚をすることも出来なくなったようだった。口コミ情報も案外馬鹿にしたもんじゃない。


 また、モンスターが少なくなれば、その排除に駆り出されていた警官や職員の手も空いてきて、更にはモジュールが切り離されなくなって機密服も必要なくなったから、それらの人々を吸収して桜子さん率いる突撃部隊はどんどん膨れ上がっていった。


 そして一行はついに中央の商業区画にまで辿り着いた。


 長い道程の果てに辿り着いたそこは、来年の一般公開のために用意された巨大なショッピングモールで、複数のモジュールをぶち抜いて作られた空間は、それまでの船内とは比べ物にならないくらい広かった。


 その広大な空間に、今、無数のドラゴンが飛び回り、数え切れないほどのモンスターの群れが待ち構えていた。対する桜子さんの突撃隊の数も膨れ上がり、戦力は十分。いよいよ、決戦が始まろうとしていた。


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