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異邦人

 事件が起きた時、桜子さんの部屋には訪問者が居たらしい。それを不審に思った有理が面会を求めたところ、そこに居たのは世界一の大富豪アレックス・ローニンだった。


 メガフロートのリゾート島で偶然知り合っただけの超セレブが、どうしてこう立て続けに自分の前に現れるのだろうか。こんな偶然は有り得ないと察した有理の頭の中で、これまでに起きた出来事がパタパタとドミノ倒しのように倒れ始めた。


 そう言えば、手広く商売をしているローニンは、生成AIの開発もやっていたはずだ。その愛称はベレッタ。確かお硬い業界の中では珍しくAIのアバターまで用意していたはずだ。その中の一つに、あんな感じの金髪ツインテールもいた気がする。


 そして地上での大混乱。中国人が魔法を連発し、RPGのモンスターたちが跋扈する。それはメリッサがやっていることだと思っていたが、そうじゃない、この男がメリッサを乗っ取ってしまったのだ。


 それじゃあ、今までの出来事は、全てこの男の仕業だったのか。有理は止めようとする医者を押しのけて、カプセルベッドに横たわっている男を揺さぶり起こした。


「アレックスさん! 起きろ! 何もかもあんたの仕業だったんだな!? なんでこんな無茶苦茶な真似をしたんだ!」

「なに!?」


 有理がローニンに掴みかかると、横にいた警官が驚いて訊いてきた。


「この男が犯人だって? 君はどうしてそう思うんだ?」

「色々と符号が揃いすぎているんですよ。あなた達はまだ気づいていないようですが、この男の名前はアレックス・ローニン。超がつくほどの大金持ちで、あの金髪ツインテールを開発した企業のオーナーなんです。それから、事件があった時、桜子さんの部屋にいたというのが決め手だ」

「君! 離れなさい。何があったか知らないが、仮に容疑者だとしても患者に負担をかけてはいけない」


 ローニンを起こそうとする有理を医者が止めようとする。そうやって押し問答していると、するとベッドで眠っていたローニンの目が薄っすらと開いた。


「……君か。どうして君がここに居るんだい?」


 寝起きのせいか、それともまだ麻酔でも効いているのか、彼は半覚醒といった感じのぼんやりとした口調で尋ねてきた。有理はムスッとしながら、


「どうしてもこうしても、メリッサを止めるには、俺がここに来るしかなかったんじゃないか。しかしまさか、あんたが全ての元凶だったなんて……」

「元凶って? 何の話だ?」

「外の騒ぎだよ! あんたは今、地球がどうなっているのか知らないのか!?」


 有理が迫っても、ローニンはポカンとしていた。この期に及んでしらばっくれるつもりかと、一瞬、むかっ腹が立ったが、そう言えば彼は事件直後に全身骨折で運ばれたんだと思い出し、自分のスマホを取り出すと、さっき来る時に撮影した地球の様子を見せてやった。


 ローニンはスマホの映像を見ても、最初はそこに映っているのが地球だと分からず首を傾げていたが、ようやくそれに気づいたのか一瞬だけギョッとした表情を見せると、すぐまた無表情を装いながら、


「これは……? どこかの天体みたいに見えるけど」

「あんたが何を思ってこんなことをしたのか知らないが、これが今の地球の姿だよ」

「地球だって……? これが?」

「しらばっくれるな! 地上にモンスターを召喚したのも、中国人たちに魔法を教えて暴動を扇動したのも、全部あんたの仕業なんだろ」


 ローニンは相変わらずぽかんとした表情で、


「これを僕が……? そんな馬鹿な。君は、どうやったらただの人間に、こんなことが出来ると言うんだい?」

「この男の言う通りだ。何か証拠でもあるのかね?」


 すっとぼけているローニンに同調して警官が尋ねてくる。そう言われてみると、現状では証拠は何も無い。有理も一瞬、彼は本当に何も知らないのかと思いかけたが、


「……彼が桜子さんの部屋で見つかったのなら、メリッサのサーバーは彼女の部屋の中にあるはずだ。事件の後、誰も入らず現場が保存されているなら、そこに証拠が残ってるはずだ。例えば、彼がプログラムを書き換えるために用意した端末とかログが」

「分かった分かった。降参だ」


 有理がそれを指摘すると、思いの外あっさりとローニンは罪を認めた。彼は脱力するように、深々と枕に頭を埋めると、


「元々、言い逃れをするつもりはなかったんだ。ただ、僕が思ってた結果と違ったから、ちょっと惜しくなったのさ」

「……どういう意味だ?」

「僕は地球をこんな風にしたかったわけじゃない。それだけは信じてくれ」


 ローニンは真剣な表情で訴えかけてきた。その言葉を信じていいのか、ちょっと迷ったが、考えても見れば地球があんなになっては彼も帰る場所が無くなってしまう。ただ自殺するためだけにこんなことをするとも思えないので、信じてもいいだろう。


「……あんたが意図的にやったんじゃないとしたら、地球はどうなってしまったんだ? 今、あの砂嵐の向こう側では何が起こっているんだ?」

「それは僕にも分からない。神のみぞ知るといったところだろうか。僕はただ、神のシミュレーターを手に入れたかっただけなんだ」

「神のシミュレーター……?」


 そう言えば、SNSにもそんな言葉が飛び交っていた。確かアメリカ政府が持っていて、それを使って世界を好き勝手に書き換えているのだという。


「もしかしてその神のシミュレーターってのは、メリッサのことなのか? 言葉だけが独り歩きしていて、何のことだかさっぱりなんだが……」

「そうか……君はまだ自分が何を生み出してしまったのか、理解していないんだな」

「悪かったな。あんたたちに追いかけ回されて、それどころじゃなかったんだよ。桜子さんがああなってしまったのも、その神のシミュレーターの仕業なのか? だとしたらすぐに彼女を元に戻してくれ!」

「姫殿下のことか……彼女に関しては放っておけばそのうち元に戻るだろう。いや、過去を取り戻すといった方が正しいか。彼女は今、月の遺跡に残っていた記憶を取り戻している最中なのさ」

「月の遺跡……?」


 その単語は初耳だった。まだ裏があるのかと尋問すると、


「その遺跡こそ、さっきから言っている神のシミュレーターさ。正確には我々の神ではなく、ルナリアンの神だがな」


 そしてローニンは、今から50年前に起きた大衝突の原因について話し始めた。


 50年前、中国の台頭に危機感を覚えた当時の大統領は、かの国を秘密裏に葬り去る方法を探して国内随一の頭脳を集めた。そうして作り出されたシミュレーターは、正確な未来予想が出来る優れモノだったが、実際にはそれは未来を予想していたのではなく、未来を書き換えていたのだ。


「コンピューターに限らず人間だって、これから起きる未来を予測する時、頭の中でシミュレーションをするだろう? その条件をどんどん現実に近づけていって、もしも現実と寸分違わぬシミュレーション世界を構築出来たら、その未来予測は100%になるだろう。


 ところでこの100%確実に起きる未来予測と、現実世界はどこが違うんだ? コンピューターは、現実世界をそのメモリ上に完璧に再現しているんだ。そこで起きることは現実世界でも100%起きる。なら、その未来を書き換えたらどうなると思う?」

「……それが神のシミュレーターってことか? しかし、そんな机上の空論が現実に起きるとは思えないんだが」

「しかし君は現実にそれを見てきたのだろう。いや、体験してきたと言ってもいい。そして今、地上で起きている出来事を鑑みれば、そういう物が存在することはもはや疑う余地もないだろう」


 有理はぐうの音も出なくて黙りこくった。確かに、言われた通りメリッサは誰かにアドバイスをする際に、まずは現実をシミュレーションするように出来ていた。その精度を少しでも上げるためにずっとアルゴリズムを更新し続け、終いには量子コンピューターも使って、より完璧に近づけた。


 言われてみれば、おかしな事件に巻き込まれるようになったのは、それからだったような気もする。どうやら自分は知らず知らずの内に、とんでもないものを作り上げてしまっていたようだ。


「ところで制約上、神のシミュレーターは世界に一つしか存在しないはずだ。単純に、同じものを二つ用意して別々の計算結果が出たら、どっちかは偽物ってことになるだろう。逆に言えば、世界が違えばシミュレーターは二つあっても構わないわけだ。


 今から20年前。この世界の支配者たちのシミュレーターは、謎の不具合に見舞われた。未来予測に乱れが生じ、現実を書き換える力も不安定になった。その結果、マグナム・スミスが大統領となり、彼は偶然にも月の遺跡を発見した。


 それはつまり、ルナリアンの世界にもシミュレーターはあって、なんらかの事情で彼らはそれを月に置き忘れてきてしまったのさ。僕は密かにそれを回収してベレッタを作った。しかし、彼女は神のシミュレーターとしては不完全だったんだ。当然だろう、この世界には君がいたからな。


 20年前、支配者たちのシミュレーターに不具合が生じたのも、将来、神のシミュレーターを作り出す運命にある、君が誕生したせいだろう。だから彼らは君を見つけ出して始末しようと画策した。それがここ数ヶ月、君の周りで起きてきた奇妙な事件の全貌だ」


「俺が……というか、メリッサがその神のシミュレーターなのか。でも、なんでだ? 俺は別に、特別な技術を駆使して彼女を作ったわけじゃない。誰でも思いつくような当たり前のことしかしてこなかったはずだぞ?」


「確かに、君は特別だったわけじゃないかも知れない。単純に、科学が発展するっていうのはそういうものなんだよ。例えば、僕達には当たり前でも、昔の人にスマホを見せたら驚くだろう。もしも未来の人たちがやってきて、僕達に未来の技術を見せてくれたら、今度は僕達が驚く番だ。


 こんな風に、科学技術が発展すれば、人類は自然とそれに辿り着いてしまうんだよ。そして神のシミュレーターを手に入れた人物は、必ず間違いを犯す。この世界の支配者たちのように、自分に都合のいいディストピアを作り出し、そして人類は滅亡してしまうんだ」


 そしてローニンは、聞き捨てならないことを言い出した。


「僕はそれを止めるために、この世界にやってきた」

「……なんだって?」

「僕はこの世界ではない、並行する別の世界から来た異邦人なんだ」


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ただいま拙作、『玉葱とクラリオン』第二巻、HJノベルスより発売中です。
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よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
神のシミュレーターを手に入れた人物は、必ず間違いを犯す。……今の僕のようにね!
大富豪<僕は○○だったんだよ! ΩΩΩ<な、なんだってー!!
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