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宇宙港から見る景色

 高度3万6千キロの彼方には、いま宇宙港が離脱した際に剥がれ落ちた破片が散らばっていた。それが光を反射して、まるで金色の絨毯のように輝いて見えた。


 その絨毯の伸びる先には巨大な建造物がぷかぷか浮かんでいて、今も慣性によってゆっくり軌道エレベーターから遠ざかっていた。全長約15キロメートル、幅1キロメートルの円筒状のその建物こそ、宇宙港アリアドネーである。


 因みにどうしてそんな細長い形状をしているのかと言えば、元もと宇宙船にも転用できるように建造されたからであった。軌道エレベーターにがっちり固定してしまうと、老朽化した際のメンテナンスに不便であり、いつでも着脱可能なモジュール型の方が都合がいいという設計思想からこうなった。


 また、将来は月まで移動して、そこで活用すればいいのではないかという考えもあった。その頃までには、これだけの重量を運ぶことも不可能ではないだろうと、将来性を当てにしたのだ。


 そういう構造をしていたお陰か、いざ暴走が起きて宇宙港が離脱しても、軌道エレベーターへの影響は最低限で済んだ。とはいえ、それだけの重量が強引に移動したのだから無傷というわけにはいかず、元々リニアの終着駅があったプラットフォームは粉々に吹き飛び、原型をとどめていなかった。今は職員が必死に応急処置を施しているところである。


 その破壊されたプラットフォームには、いま大勢の避難民が詰めかけ、まだ辛うじて機密を保てている職員用のバックヤードに籠もって救助を待っていた。事故のせいで地上との連絡が取れなくなり、今となってはリフトがある100キロ下方の宇宙公社の拠点まで、なんとか自力で下りていくしか助かる見込みはなかった。


 しかし、そこは静止軌道で重力がなく、ルナリアンは地上と同じ感覚で飛ぶことが出来たから、彼らにとっては大した距離ではなかったのだが、いかんせん真空状態はどうしようもなく、身動きが取れなかったのだ。


 事故が起きた時、宇宙港には蓬莱王室とその国民、そして宇宙公社の職員合わせて、十万人以上がそこで生活を送っていた。電気は使い放題だから酸素の心配はないが、圧倒的に気密服が足りないのだ。


 今は事故のせいで物資を上まで運ぶ手段もなくなっており、こうなると後は宇宙港の制御を取り戻して気長に救助を待つしかないが、あの事故以降、宇宙港の内部は魔物の巣窟と化していてにっちもさっちも行かなくなっていた。


 さて、そんな切羽詰まった状況下で、有理たちは一日かけて第一中継ステーションから、ここ宇宙港アリアドネーまで移動してきた。


 見ての通りプラットフォームが使えなくなっていたから、かなり手前で緊急停止し、そこから自力で上って来るしかなかったが、とはいえ、あれだけの大地震があったにも係わらず、リニアは全線稼働状態にあり、災害時の耐久性の高さを見せつけていた。


 因みに、アリアドネーというのは宇宙港の愛称であり、来年の開港に向けて公募したものである。まだ正式に発表されたものではなかったが、その名称が候補に上がった時点でほぼ全会一致で決定しており、もう宇宙公社の職員の間ではその名で呼ばれ親しまれていた。


 どうしてそこまで気に入られているのかと言えば、純粋にこれ以上ふさわしい名前はないからだ。静止軌道上から地球を見下ろした時、地上と自分たちを結びつけているものは唯一、軌道エレベーターしかないが、どこまでも伸びていくそれがまるで地球へと誘うアリアドネーの糸に見えるからだ。


 有理も初めてその光景を目の当たりにした時、すぐなるほどなと納得した。だがその糸の先に繋がる地球の方は、1万キロから見た時とは打って変わって、大分心許ないものだった。


 それは、より遠くまで来たせいで小さく見えるようになったから、という意味ではなく、目視でも、明らかに、地球の様子がおかしくなっているからだった。


「見てよ、あれ……あんなのもう私たちの住んでる地球とは思えないわよ」


 眼下に広がる不気味な光景を前に、マナが誰ともなしに呟いた。


 実はシャトルに乗っている途中から、地球の異変は始まっていた。車窓から見える地球を眺めていたら、ある瞬間から、唐突に、地球の景色が一変したのだ。


 それは、突如、地表を禍々しい色で覆い隠し、まるで厚い雲に覆われていくかのように、テレビの砂嵐みたいなスノーノイズが地球を飲み込んでしまったのである。


「あの中はどうなっているのでしょうか。人間が生きていられるならいいのですが……」


 今度はウダブが呆然と呟いた。あまりに唐突すぎて、わけが分からなかった。


 何が起きているのかは分からなかったが、何かが起きたということだけは明白だった。


 その瞬間まで、モンスターで溢れかえってしまった地上はパニックになっており、SNSの騒ぎは最高潮に達していた。世界各地からの救助を求める悲鳴のような投稿がタイムラインを埋め尽くし、モンスターに殺される悲惨な人々の動画が次々と上げられ、そんな状況なのに、AIがセンシティブな動画という名目でそれを削除して回っていた。


 ところが、ある瞬間から、そのSNSの騒ぎがパッタリと止んでしまったのだ。サーバーが落ちたわけではなく、単に投稿がされなくなっているようだった。他のニュースサイトも軒並み更新を止め、テレビやラジオの電波も届かなくなり、そして空が異常な砂嵐に覆われたと思ったら、地球は不気味なくらい静けさに包まれたのである。


 マナの母親が、地上に職員を送って様子を確かめに行かせたのだが、そんな彼らからの連絡も途絶えてしまい、いくら待ってももう帰ってくることは無かった。


 自分たちだけを残して世界が消えてしまったのか、それとも、自分たちだけがどこかに飛ばされてしまったのか、何が起きているのかはさっぱり分からなかった。


「でも俺、これ……見たことがある気がするよ」


 しかし有理はこの状況を前にして、嫌な記憶を思い出していた。


「見たことがあるって……どういうこと?」

「椋露地さんも覚えてない? あの森の国を旅していた時、塔の上にはいつも月が輝いていた。でもその月は俺達の月じゃなくって、変な縞模様がついていて、よく見ればそう、いま地球を覆っているこの雲のように蠢いていたんだ」


 あの時は、どうせゲームの中の出来事だからと思って別段気にも留めていなかった。でも最後の瞬間、首を落とされながら、あれ? あれってもしかして、月じゃなくて地球だったんじゃないかって、ふと思いついたのだ。


 元の世界に戻ってからも、度々あの時の光景は思い出していた。特に、森の外周から外側を見たとき、そこには不毛な砂漠がどこまでも続いており、どこからともなくモンスターが溢れ出してくるのが見えた。そのとき見た砂嵐が、今の地球と重なって見えるのだ。


 マナが問う。


「もしかして、またいつの間にかゲームの世界に飛ばされちゃったのかしら?」


 それは分からないと、有理は首を振った。


 ただ、もしもあの時見たのが本当に地球だったのなら、森の国は月にあったということになる。しかし、今現在、月にそんなものは存在しない。今でないならば、あの世界は過去の出来事だったのか、それとも未来の出来事だったのだろうか……


 ともあれ、分からないことをぐだぐだと考えていてもしょうがないだろう。分かっているのは、いま目の前にある、あの宇宙港アリアドネーに全ての元凶がいるということだ。まずはそこまで行って、メリッサを暴走させた犯人を捕まえねばならない。


 有理たちは、避難民でごった返すバックヤードを逆走し、元シャトル駅のプラットフォームから軌道エレベーターの外側へと出た。そこにはもう遮蔽物は何もなく、足を踏み外せば戻ってこれない、本物の宇宙空間が広がっていた。


 宇宙港からは今も多数の救命ボートが往復していたが、あまりに殺伐としていて、機密服を着ている自分たちが乗せてくれとは言い出しづらかった。しかし船はなくとも、マナや里咲は全くなんの影響も受けずに飛べるようで、彼女らに引っ張って貰えばなんとかなりそうだった。また地上と同じように、有理は里咲に運んでもらい、マナがウダブを引っ張り、その後に彼女の母が応援で寄越してくれた鳳麟帝国の警備兵たちが続いた。


 光の絨毯のように見えていた瓦礫の山は、上から見下ろすとかなりまばらに散っていて、よく見れば瓦礫よりもそこに付着した水滴のような物体のほうが多かった。それは実際には水ではなく、おそらくは凍ってしまった空気だろうが、氷となって散らばる空気が太陽を反射してキラキラ光り、なんとも幻想的に見えた。


 きっと土星の輪っかを近くで見ればこんな風に見えるのだろう。とても綺麗だったが、その向こう側に見える地球の姿が不穏すぎて、景色に見とれている余裕はなかった。


 何しろ無重力だから、落ちるわけがないと分かっているのに、落っこちていくような錯覚を覚えながら、数十分ほどの飛行を終えて、ようやくアリアドネーへと到着した。エレベーターから見た時はすぐ近くに見えたのだが、実際にはかなり遠くにあったらしい。それだけ巨大な建造物ということだ。


 宇宙港というだけあって、アリアドネーは地球に面した側に宇宙船の発着場を設けていた。まだそこに収まる宇宙船はなかったが、来年の開港に向けて準備が進められていたようで、有理たちが近づいていくと水先案内人が出てきて、救命ボートで先導してくれた。彼らの後についていくと、発着場の奥の方のハッチが開いて、ジェスチャーでそこへ入るように指示された。


 中は二重扉になっており、有理たちが入るとハッチが閉じて、暫くすると壁からシューッとガスが漏れるような音が聞こえてきた。それまで一切の音が聞こえなかったのに、急に聞こえるようになったのは、おそらくこの空間に空気が充満していっている証拠だろう。それからまた数分経つと、入ってきた時とは逆のハッチが開いて、メガフロートで見た王国警察の制服を着た人々がやって来た。


「わざわざ飛んで戻ってくるなんて、エレベーターの方で何かあったんですか?」


 警察官は有理たちのことを、アリアドネーから避難していった元乗組員と勘違いしているようだった。有理は空気があることを確認してから気密服のヘルメットを脱ぐと、


「いえ、俺達は第一ステーションから様子を見に来た者です。連絡がつかないから、こうして直接やって来たんですが、宇宙港で一体何があったんですか?」

「おお! 救援でしたか、これは有り難い」


 警官は有理たちが下からやって来たと聞くとホッと顔を綻ばせ、


「今から一日ほど前、何の前触れもなくアリアドネーが急発進したんですよ。元々、宇宙船として作られているから動くことは知っていましたが、本当に突然だったから誰も対応ができず、壁に叩きつけられて怪我人が続出しました。我々はその救助に当たっていたんですが、すると今度は、どこからともなくモンスターが溢れ出してきて」


 どうやら宇宙港の中も、今は地上と同じようにモンスターだらけになってるらしい。とはいえ、ここにいた大多数はルナリアンだったから、すぐに警察と有志が協力して撃退し始めたようだ。


 ところで不思議なことに、ここは無重力のはずが、モンスターたちはまるで重力があるかのように振る舞うから、かなり苦戦を強いられていたそうだ。おまけに、モンスターたちはいくら倒しても切りがなく、後から後から沸いてでてくるので、そろそろ排除は諦めて、自分たちも避難を考えていたところだったらしい。


「しかしまだ、怪我をして動けない人や、部屋に籠もってしまった王族の方たちも居て、簡単にはここを動けないんです。せめて、敵の数が減るならなんとかなりそうなんですが、あれは一体なんなんでしょうかね」


 警察官は疲労と恐怖の混じった顔で訴えかけてくる。有理は王族という言葉を聞いて、桜子さんのことを思い出し、


「ところで、こちらに桜子さん……フィエーリカ殿下はいらっしゃいますか? 実は彼女に用があるのですが、ずっと連絡が取れなくて困っていたんですが」

「フィエーリカ様ですか……? それなら確か、救護室に運ばれたとか……」


 救護室とは、怪我でもしてしまったのだろうか? それは心配だったが、ともあれ彼女がここにいることが確認できて、有理は胸を撫で下ろした。ずっと連絡が取れなかったのは、やはり家族に止められていたのだろうか。


 それも彼女に直接聞けばわかるだろう。有理がそう思って呑気に構えていると、そんな彼の顔を見て何かに気づいたらしき別の警官が耳打ちしてきて、それまで友好的だった警察官の顔色が変わった。


「君は……もしかして物部有理か!? 国際手配犯の」

「えっ! その設定まだ生きてたの!?」


 有理が泡を食っていると、そんな彼を取り囲むように警官隊は展開し、


「このどさくさに紛れてフィエーリカ様に近づこうとは、なんて凶悪な! そこへ直れ、ひっ捕らえてやる!」


 彼らが一斉に飛びかかってきて、為すすべもなく有理は拘束されてしまった。


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