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みぃつけたぁ~

 マナの母親の執務室である、司令室のモニターに写し出された映像には、軌道エレベーターから離脱する宇宙港の姿が映し出されていた。おそらくは無理やり移動した際に剥がれてしまった建物の破片を撒き散らしながら、それはゆっくり遠ざかっていく。


 よく見れば映像の中の軌道エレベーターはまだ振動していた。多分、さっきの地震は宇宙港が離脱した時の衝撃で起きた波だったのだ。


 軌道エレベーターの正体は、ナノカーボンを撚り合わせて作った巨大なロープだ。つまり一本の強く張られた弦みたいなものであり、それを爪弾いたらどうなるか。チリで起きた津波が日本に届くようなものだが、それにしても2万キロを越えてその振動が伝わってくるとは……上はどんな状況なんだ?


「第三から上の被害状況は? 些細なことでもなんでもいいから、早く!」


 マナの母親も同じことを考えたのだろう。切羽詰まった様子でモニターの向こう側にまくし立てている。着ている服が煩わしいと思ったのだろうか、まるで引きちぎるような勢いで脱ぎだしたので、有理とウダブは慌てて司令室から飛び出した。


 部屋を出ると官邸の中はさっきまでの歓迎ムードはどこへやら、まるで戦場みたいに人々が駆けずり回っていた。邪魔しちゃ悪いので端っこに寄ると、居心地悪そうにしながらマナと里咲も部屋から出てきた。


「椋露地さん、どう? なにか分かった?」

「まだ何も」

「宇宙港って多分、桜子さんがいるはずだよな。平気ならいいんだけど……」


 地上を追われて軌道エレベーターを昇り始めてからも、相変わらず桜子さんとは連絡がつかなかった。いくら電話をしても繋がることはなく、ここ数日はもう諦めてスマホの画面すら見ていなかったのだが……


 もしかして今なら繋がったりしないだろうか? ダメ元でスマホを取り出した有理は、電話帳を開こうとして、ちょっとした違和感を感じた。彼のスマホは特に何もしなくても、ニュースサイトのトピックからプッシュ通知が来るように設定してあったのだが、その量が尋常じゃないのだ。普段ならどんなに放置していても10件がいいところなのに、今は数百件からの未読通知が踊っていた。


「ちょっと二人とも、これを見て! SNSが大変なことになってるよ!」


 なんだこれ? と有理が通知を確かめようとすると、その横で同じようにスマホを見ていた里咲が急に叫びだした。びっくりして何があったか尋ねたら、


「なんかSNSが騒ぎになってるなーって思ってたら、変な映像が流れてきて、それが……とにかくこれを見て」


 そして差し出されたスマホの画面には、どこかの街角の映像が流れていた。おそらくは首都圏の、新宿とか渋谷とかの繁華街だろうが、混雑する街の通行人たちが、何故か一斉に、カメラに向かって必死の形相で駆けてくるのだ。


 その様子からして、どうやらみんな何かから逃げてきているようだった。音声がないからわからないが、きっと怒号も飛び交いパニックになっているだろう。その顔は恐怖に怯え切っており、見ているだけで緊迫感が伝わってきた。一体、みんな何にそんなに怯えているのかと不安に思っていると、次の瞬間、カメラが映し出したものを見て有理は目を疑った。


 逃げてくる通行人の群れが途切れると、その背後から何やら奇妙な物体がこっちに向かって駆けてくるのが見えた。よく見ればそれは、手に棍棒や槍を持ち、緑色の肌をした小人のような姿をしたモンスターだったのだ。


 そんな馬鹿な? と思いはしたが、間違いなく、それはゴブリンだった。あのアストリアオンラインに登場するゴブリンだったのである。


 唖然としていると更にその背後から、オークやコボルト、リザードマンにスライムまでもが、次から次へとやって来る。なんでゲームのモンスターが地上に溢れているんだ? とパニクってると、きっと撮影者もこれ以上はまずいと思ったのだろうか、急に画面がブレて映像が途切れてしまった。


「ちょっと待って、これって現実? フェイク動画じゃなくって?」


 有理と一緒に画面を覗き込んでいたマナが戸惑うように呟いた。まだ信じられない彼女のために、里咲は別の動画を流し始めた。有理はそれを横目に見ながら、自分のスマホに届いた通知を確認していった。ニュースサイトから流れてきたトピックには、暴動やらモンスターやら魔法やら中国人などの文字が踊っていた。


 一体、何が起きているんだろうか? そうして状況を整理していったら徐々に分かってきた。どうやら最初はアメリカで同時多発的に発生した暴動が発端らしい。


 今から1時間くらい前、アメリカの主要都市で相次いで中国人たちによる暴動が発生した。彼らは口々に50年前の大衝突はアメリカの陰謀だったのだと叫んで、突然、商店を襲い始めたのだ。あまりにも唐突過ぎる全国的な動きに対応が遅れた米政府に代わって、各州知事が州兵を送って鎮圧に当たろうとしたが、すると信じられないことに、中国人たちが魔法を使いだしてこれを撃退してしまったのである。


 今や魔法使いとなった中国人たちの暴動は止まず、すると何故か全然関係ないヒスパニックや黒人も白人も、人種を問わず暴動に参加し始めて、気がつけばアメリカは無政府状態に陥ってしまっていた。


 更には、どこからともなく例のドラゴンが現れ暴徒たちを襲い始め、混乱に拍車をかけた。暴徒たちは最初はドラゴンに蹴散らされていたが、そのうち対応し始め、気がつけば中国人だけでなく他の人種までもが魔法を使い始めた。


 すると今度は押され気味だったドラゴンに加勢するかのように、ゴブリンやオークの群れが出現し、人々を襲い始めたのである。


 そんな滅茶苦茶なニュースを世界中が唖然と見守る中で、その他の国でも暴動が始まり、そしてアメリカと同じようにどこからともなくモンスターの群れが現れた。通常兵器は効くには効くが相手が多すぎて対応しきれず、気がつけば一般人が魔法を使いだして、全世界は混沌の渦に飲み込まれてしまった。


 今、地上には安全にいられる場所がないらしい。交通網は破壊され、流通も滞り、危機感を覚えた人々が自分だけ助かろうとスーパーを略奪する。そんな中で、通信網だけが依然として平常運転を続けており、人々はSNSを通じて情報のやり取りをしていた。


 そのSNSには出所不明の情報が踊っており、それによるとアメリカ政府はこの世界を自分勝手に書き換えることが出来る、神のシミュレーターを持っているらしい。モンスターたちはそれを使って呼び出されたもので、これらに対処する唯一の手段は、とあるアプリをインストールすることだという。


「神のシミュレーターって……なに? この人たちは本気で言ってるのかしら」


 マナはSNSに飛び交う情報をまだ信じ切れていないようだった。有理も半信半疑であったが、ただアプリという単語だけは気になった。


 暴徒が突然魔法を使い出したこと。そしてあのゲームのモンスターが巷に溢れ出したこと。それってもしかして、メリッサの仕業なんじゃないか……?


 そう思って自分のスマホにインストールしてあるアプリを起動してみたが、メリッサとは通信できなかった。そりゃ、まだ再起動してないんだから当然かと、一度は諦めかけたが……


 それじゃSNSに飛び交っているアプリとは何のことなんだろう? そう思って、その出処を探っていくと、有理は見覚えのあるアドレスを見つけてギョッとした。


 そのアドレスは、記憶違いでなければ、彼がアプリを管理しているウェブサイトで間違いなかった。人々は、有理が作った例のアプリをダウンロードしていたようなのだ。ただ、よく見ればバージョンが違った。彼らが使っているアプリには、有理は作った覚えがない、最新のバージョンが記されていたのだ。


「椋露地さん、ごめん。お母さんにパソコンを貸してくれるように頼んでくれない?」


 有理の言葉に彼女は黙って頷くと、さっき出てきたばかりの執務室へと彼を引っ張って入っていった。中では着替えた彼女の母がまだ忙しそうにあちこちと連絡を取り合っていたが、その様子からして地上の混乱には気づいていないようだった。


「ママ、忙しいとこ悪いんだけど、ちょっとこれを見てくれない?」


 それに気づいた彼女は母にスマホを見せながら、地上で今起きている出来事について話し始めた。最初はこの忙しい時に邪魔をするなといった感じだった母親も、見ているうちに段々青ざめていき、事態の深刻さに気づいたようだ。


 有理はその隙に彼女の執務机に強引に座ると、ブラウザを起動してアプリの管理ページを開いた。ぱっと見た感じでは特に変わった様子は無かったが、よく見れば最終更新日時が今日の数時間前となっており、そしてアクセスカウンターが今まで見たこともない桁外れな数字を示していた。


 アクセス数は今も物凄い勢いで伸び続けている。どうやら、震源地は本当にここだったらしい。しかし、このアプリはメリッサと通信するためのUIであって、肝心のメリッサ自身が起動していなければ意味がないはずだ。


 もしかして、宇宙港で誰かがメリッサを起動したのだろうか……?


 さっきの地震を思い出す。映像では宇宙港が軌道エレベーターを離れてどこかへ去ろうとしていた……おそらく、これと時を同じくして、地上の混乱は始まったのだ。


 おいおい、可能性は十分すぎるじゃないか……


 有理は舌打ちすると、管理ページに新たにアップロードされていた最新のソースコードを開いた。メリッサを乗っ取った誰かがこれを作ったのは間違いないから、何か痕跡が残っているかも知れない。差分を取って改変された部分を表示すると、機械的に生成されたようなコードが出てきて、めちゃくちゃ読みにくかった。


 だが必要なのはアドレスだ。このアプリがどこと通信しているのかが分かれば、そこにメリッサがある可能性が高い。それさえ分かれば何らかの方法でハッキングしたり、物理的にアプローチする方法だってある。


『みぃつけたぁ~……』


 そして見つけた。機械的なコードの中にはドメインから推測して、宇宙港のアドレスが紛れ込んでいた。やはり誰かが宇宙港にあるメリッサを勝手に再起動したのだ。そいつは今もそこにいるのだろうか?


 その宇宙港は現在、軌道エレベーターから離脱しているから、もう有線では繋がっていないはずだった。となるとアプリはエッジワースの回線を使っているのだろうが、経路が限られているから、不用意にアタックを掛ければ相手に気づかれる可能性が高い。やはり、宇宙港まで直接行って、問答無用でサーバーを止めるのが一番だろう。だが、そんなことが許されるだろうか……?


 そう考えていた時だった。有理は開いているウィンドウの端っこの方で何かがゆらゆらと揺れているのに気づいた。それが女の子のスカートのように見え、なんだろう? と思って見ていたら、ウィンドウの影からスイーっと、本当に女の子が現れて面食らった。


 それは金髪ツインテールで黒ロリファッションに身を包んだアニメ調の3Dモデルで、一昔前に流行った何とかいうアプリのアバターに感じが似ていた。そんなお人形みたいなキャラクターが突然、何も命じてないのに急にデスクトップに現れ、モニターの中をくるくると泳ぐように回り始めたのである。


「なんだこれは……?」


 あまりに突然の出来事にポカンとしていると、その3Dモデルはクスクスと笑い声をあげ、そしてまるで有理のことが見えているかのように、まっすぐこっちを指さしながら、にやりとした笑みを浮かべて言った。


『やっちゃえ!』


 彼女がそう叫ぶと同時に、急に目の前のモニター画面がぐにゃりと歪んで、唖然としている彼の目の前で、ディスプレイが餅でも焼いてるかのようにぷっくら膨らんで来たかと思ったら、突然、その中から何かが飛び出してきたのである。


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一体何がどーなってるの!?
>金髪ツインテールで黒ロリファッション 著名な漫画家がCEO公認で二次創作を描きそうなキャラですねわかります
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