表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
226/249

地震?

「この3万六千キロのすべてが、我が帝国の領土なのです」


 そう言うマナの母親はどこか誇らしげにも見えた。50年前、最愛の伴侶を亡くし、死の寸前まで追い詰められた彼女がここまで立ち直るとは、きっと帝位を簒奪しようとした者たちも考えられなかっただろう。いつの時代も母は強しと言ったところだろうか。


「不思議なのですが、マナが日本に行ってから奴らの抵抗が弱まって、トントン拍子に事が運び始めました。今ではもうあなたの出自を疑うような者は、誰一人としていません」


 彼女はそこまで言ってから急に区切るように口を閉じると、すぐ隣りに座っている娘の方に椅子ごと体を向けて、


「ですから、マナ。すぐにとは申しません。学校を卒業したら、お父様の意志を継いで鳳麟帝国の皇帝として即位していただけませんか。まだ年若いあなたには酷かも知れないと思いますが、それがあの大戦争で亡くなった1億の民への(はなむけ)になると思うのです。どうか、この母の頼みを聞き届けては貰えませんか」


 彼女はそう言って深々と頭を下げた。それは母から娘へではなく、家臣から天子へのお願いということになるのだろうか。決して格式張ってはいないのに、厳かな雰囲気に包まれて、有理たちが黙ってそれを見ていると……


「悪いけど、それは出来ないわ、ママ」


 ところがマナはそんな母の願いをすぐに拒否した。


「どうして?」


 当然の疑問に、彼女は少し困ったように表情を歪めながら、


「ホント言うと、そのことで話があったから帰ってきたんだけどね……落ち着いて聞いてくれる? 実はお父さんはまだ生きているのよ。だから私は、皇位を継ぐなんてことは出来ないわ」


 マナの言葉がよほど想定外だったのか、母は暫くの間どんな反応も見せずにぽかんとした表情で固まっていた。やがてみるみる内に顔が強張ってくると、彼女は舌を噛みそうな勢いで、


「ちょちょちょ、ちょっと待って? あなたそれ本当なの? 帝位を継ぎたくないからって、嘘を言ってるんでしょう?」

「だから落ち着いてって言ったじゃない」


 マナは不服そうに唇を尖らせながら、


「でも、ママが驚くのも無理はないわ。あの状態を生きていると受け止めるのは、普通の人の感覚じゃ無理だと思うもの」

「どういうことなのか説明してちょうだい」

「もちろんよ、まずは何から話せば良いかしら……これは今から2ヶ月くらい前の話だけど、私はそこにいる物部とゲームの世界に閉じ込められたことがあったの。今にして思えば、そこはゲームの中じゃなくって異世界だったんじゃないかと思うんだけど……」


 マナはそう言いながら確認を求めるかのように有理の方に目配せしてきた。なるほど、彼女はあの森の国のことを異世界と考えているのか……確かに、今となってはそう考えるのが妥当と思えた。


 というのも、あの森の国も、この前迷い込んだセピアの世界も、そこで起きた出来事は、のちに現実に影響を与えている。それは自分たちはゲームの中に入ったのではなく、現実とは別の世界に行っていたのだと考えれば、そこで得たスキルを持ち帰ってこれた事も頷けるだろう。


 ただし、根拠がないから絶対とは言い切れないが、今は話を合わせるためにも頷いておいた方が良いだろう。有理が同意すると、マナはホッとしたように、


「その世界には軌道エレベーターみたいな塔があって、私たちはそこで警備兵に追いかけ回されたの。私はなんとか彼らを振り切って塔を上り始めたんだけど、そしたらいつの間にか全然別の場所に飛ばされていてね。


 階段を上っていたはずが、気がついたらどこかの山道にいて、周囲は霧に閉ざされて何も見えなくて、身動き取れなくなって困っていたら、そこのウダブさんみたいな格好をした人たちが通りがかったもんだから、私は慌てて彼らの後をついていったわ。


 そしたら、さっきママが話してくれた昔の出来事が、霧の中に映像みたいに浮かび上がってきて、これってきっとパパとママの記憶なんだわって思って、その光景に見とれていたら、いつの間にか霧が晴れてて、気がつけば目の前に赤い髪をしたルナリアンの男性が立ってたのよ」


「赤い髪の男性?」


「私にはそれが誰だかすぐに分かったわ。彼は私に向かって、ここに来るのはまだ早いから元の世界に帰りなさいって、なんていうか、門みたいなものを開いてくれたの。そしてそれをくぐり抜けたら元の世界に戻ってこれたんだけど……」


 マナは一生懸命、その時に起きた出来事を話して聞かせた。しかし、最初は呆気にとられたように黙って聞いていた母は、そのうち苦笑するかのように顔を綻ばせ、


「あはははは! はあ~……何を言い出すかと思えば。マナちゃん、あなた夢でも見たんじゃない? それとも、そこのウダブさんに変なことでも吹き込まれたんじゃないでしょうね……」


 母親は僧侶の顔を、胡散臭いものを見るような目つきで睨みつけている。


「本当よ。信じてちょうだい。お父さんはこことは違う異世界で、まだ生きているのよ。そして私達のことを今も見守ってくれてるの」

「もしもそうなら、どれほど良かったでしょうね。でもいくらなんでもそんなおとぎ話、信じられるわけないわよ」

「ならどうして私はママに教えてもらうよりも先に、自分の出自について知っていたわけ?」

「それは……誰か他の人から聞いてたんでしょう。その方が信じられるわよ」

「どうしたら信じてくれるかなあ……ウダブさん。あなたからも何とか言ってくれないかしら」


 マナが水を向けると、それまで目をつぶってお茶を飲んでいたウダブがおやと目を開けて、


「実を言うとテンジン様のことは、奥方様にはもうお伝えしているんですよ。テンジン様は異世界に籠もられて、不幸にも命を落とした同胞たちのために、今も祈り続けてくださっていると……ところが、まあ、この通り、なかなか信じて貰えなくて」

「そうだったの? ……我が母親ながら、頭が硬い人ね」

「ですが、あなただって最初は信じてくれなかったじゃありませんか。こればっかりは自分の目で確かめるしかないかと」

「だってそれって単に、あなたたちの宗教観ってだけの話でしょう? もちろん否定はしないけど、信じられるわけないじゃない」


 頭を悩ませるマナたちと対象的に、母親の方はケーキをつつきながらあっけらかんとしている。こうなっては、もう何を言っても聞く耳持ってくれないだろう。


 どうも、異世界ファンタジーみたいな見た目をしているくせに、マナの母親はかなりの現実主義者(リアリスト)のようだ。ちょっと残念ではあったが、考えてもみれば、あの大衝突で放浪を余儀なくされた帝国臣民を背負って立つ人なのだから、このくらいで丁度いいのかも知れない。


 というか、実は話を聞いていた有理も半信半疑だった。あとで詳しく聞いてみようと、そんなことを考えている時だった。


 突然、地面が揺れるような感覚がして、テーブルの上のティーセットがカタカタと音を立て始めた。慌ててテーブルを押さえつけると、食べかけのケーキの皿が滑り落ちていき、ガシャンと床で砕け散った。


「え、地震?」


 震度3くらいだろうか。揺れに驚いた里咲が、もうテーブルの下に潜り込んでいる。有理もそれに倣おうとしたが、その途中で強烈な違和感に襲われて、そんな気はどこかへすっ飛んでいってしまった。


 地震だって……? そんなはず、あるわけないじゃないか。ここをどこだと思っているのだ。ここは軌道エレベーターの中で、実は宇宙から吊り下げられているから、地面にしっかり固定されているわけじゃない。ついでに言うと地上は海だ。


 となると、デブリが衝突したのだろうか? いわゆる宇宙ゴミは、相対的に想像を絶する速度で宇宙を飛んでいるから、小さくても思わぬ大損害を出すことがあるという。これだけの揺れだし、もしかしたらすぐ近くに衝突したのかも知れない。


「司令、お寛ぎのところ申し訳ございませんが」

「すぐに行きます」


 揺れが収まるとすぐ、さっきの案内人がすっ飛んできて、呼ばれたマナの母親が立ち上がった。彼女はこの中継ステーションの司令らしいから、被害状況を確かめにいくつもりだろう。


 しかし、儀式のために正装していたせいで身動きが取りづらく、案内人がスカートを持ち上げるだけでは足りなかったので、結局、マナと里咲が左右について移動する羽目になった。必然的に有理とウダブがそのあとに続く。


 幸い、執務室は階段を上がってすぐの場所にあり、部屋に入ると机の上のモニターが勝手に点灯して、機械音声が管制室からの着信を告げてきた。椅子に座った彼女が通話ボタンを押すと、モニターにその管制室の映像が映った。


「被害状況は?」


 母が間髪入れずに尋ねると、向こうから冷静な声が聞こえてくる。


「現時点で、第1~第100区画、被害軽微、異常ありません。第101~第200区画、被害軽微、やはり異常ありません。現在、第二中継ステーションからの詳しい被害報告を待っているところです」

「原因は、第二から上なの?」

「はい。そのようです。揺れは数十分前には第二に到達していた模様です。ただ報告ですと、目視では異常は見当たらないとのことです」

「それは……変ね」


 マナの母は額に手を当てて思案している。何がおかしいのだろうかとモニターを覗き込んだ有理は、確かにこれは変だとすぐに気づいた。


 これまで何度か説明した通り、軌道エレベーターは約100キロ毎に拠点を設けて、その間の保守点検を行っている。つまり、今自分たちがいるこの第一中継ステーションに来るまでには100の区画があり、次の第二ステーションまでにもまた100区画あるわけだが、さっきの報告からすると、被害があったのはそれより更に上と考えられる。


 しかし、それはおかしい。第二ステーションは、この第一ステーションから1万キロも離れているのだ。もし仮に、その先にとんでもないデブリが衝突して壊滅的な被害が出ていたとしても、その衝撃がここまで伝わってくるだろうか? しかも報告では、目視では被害が確認できないと言っていた。


 こうなってくると、さっきの地震はデブリではない可能性が高くなる。しかし、それじゃあの揺れはなんだったのか?


「司令! 大変です!」


 不思議に思っていると、また管制室から報告が上がってきた。さっきまでの冷静さが嘘のように、その声は強張っている。


「何があったの?」

「実は1時間ほど前から発生している通信障害で、第三ステーションとの通信が途絶しており、原因を究明しておりましたところ、やっと返ってきた報告では、アリアドネーが動いているらしいと」

「動いてるですって!?」


 そんな二人のやり取りからは緊迫感が伝わってきた。どうも、なにかとんでもないことが起きているようだが、しかし、何のことだか分からず困惑していると、モニターの映像が切り替わって、急に真っ暗な画面が写し出された。


 それはただ黒い画面ではなく、よく見れば星が輝く宇宙の映像だと分かった。手前に向かって細長い線が伸びてると思ったら、どうやらそれは遠目に撮影された軌道エレベーターのようである。その軌道エレベーターが画面中央に向かって真っすぐ伸びている。


 画面の中央にまた別の何かが映っていて、これはなんだろうか? と目を凝らしていると、急に映像が拡大され、そこに映し出されたのはまるで戦艦みたいに巨大な円筒形の建造物だった。というか、有理はその建物を見たことがあった。下で観光していた時に手に入れたパンフレットに描かれていた、宇宙港だ。


 そしてよく見ればその宇宙港は映像のど真ん中でゆっくり動いていた。まるで軌道エレベーターを引きずるかのように、おそらくは無理やり引き剥がされた建物の破片を巻き散らかしながら、それは軌道エレベーターから徐々に遠ざかっていたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただいま拙作、『玉葱とクラリオン』第二巻、HJノベルスより発売中です。
https://hobbyjapan.co.jp/books/book/b638911.html
よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
巨大建造物は壊れてナンボよな
時系列計算しないとどのくらいズレているのかと思っていたが ついに合流したか
ベレッタが何かやったのか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ