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36000キロの領土

 マナの母親に会いに行ったら要塞みたいな邸宅に通され、聞いてた話と随分違うぞ? と思っていたら、更に信じられないような言葉が飛び出してきた。


 まるで謁見の間みたいな部屋に通された有理たちは、そこでマナの母親と対面したわけだが、そこまで案内してきてくれた女性がいきなり彼女のことを『陛下』、そしてマナのことは『天子様』などと仰々しく呼び始めたのだ。


 それってつまり、ええと、どういうことだ? と有理がパニクってると、


「えええええー!? マナちゃんのお母さんって、一体何者なのー!?」


 と、里咲が代わりに驚いてくれて、お陰で割とすぐ冷静になれた。


 まあ、なんとなく、宿舎の小母さんの様子からしておかしいと思っていたのだ。マナが母に会って確認したいことがあると言っていたのは、きっとこのことだったのだろう。そしてここに来る道中、どこか達観したような振る舞いを見せていたのは、おそらく彼女は既にこの事を知っていたのではないか。


 思えばウダブに対してやけに気安く見えたのも、それが原因だ。二人に共通する人物と言えば、一人しか思い浮かばない。彼女が天子様であるならば、その父親は鳳麟帝国皇帝しか考えられなかった。


 とはいえ、そんなやんごとない御仁が、どうしてあんな地下世界で四畳半生活をしていたのだろうか。それはちょっと気になった。


「久しいですね、マナ。随分と背が伸びたのではないですか。どうぞ、この母にもっと顔を見せて下さい」


 そう言うマナの母親の顔は慈しみに満ちていて、娘のことを本当に愛していることが傍から見ててもよく分かった。マナは喧嘩中だと言っていたが、思ったよりもずっと関係は良好のようだ。


 心配していた親子の再会も、どうやら上手くいったようである。これで一安心だと思っていたら、


「三ヶ月くらいで久しぶりもないでしょ。そんなすぐ身長が伸びれば苦労しないわよ。っていうか、どうしたの? その派手な格好……友達の前でちょっと恥ずかしいんだけど」


 しかし彼女の方は、にべもなかった。


 そのツンケンした態度に、流石にそれはないんじゃないかと思いもしたが、有理も中学の頃、セツ子が友達相手によそ行きの声で話すのが気持ち悪くてしょうがなかったことを思い出した。


 まあ、思春期ってそういうものだよな……と頷きながら母子のやりとりを見ていると、母親の方は頬をひくつかせながら、


「こ、この格好には理由があるのです。マナ、よく聞いて下さい。実は今日まで、あなたには隠してきましたが……」

「皇帝テンジン11世の娘ってことならもう知ってるわよ」


 彼女は母が言い終わるよりも前に、うんざりするような口調で言い捨てた。機先を制された格好の母は口をパクパクしながらウダブの顔を見たが、彼が黙って首を振ると今度は案内人の方を見て、こっちにも必死に否定されると、目をパチクリしながら、


「ど……どこでそのことを?」

「私にも色々あったのよ。それでママが私をここへ近づけさせなかった理由もなんとなく察したわ。今日はそのことを問いただすために来たつもりだったんだけど、必要無かったみたいね」

「ええっと」

「大体の事情はもう分かってるつもりだから。私もわがまま言わないで、学校を卒業するまでは日本にいるつもりよ。だからこっちのことは心配しないで」

「ちょっと待って? 本当に分かってる? 説明させてちょうだい」

「いいわよ別に」

「そうじゃなくって、今日のために1週間前から予行演習までしたのよ!? この部屋の飾り付けも、みんなが夜なべで手伝ってくれたんだから説明させてよ!」

「だからいいってば……」


 なんだか雲行きが怪しくなってきた……そんな母子のやり取りを見ていたら、隣でその様子をぽかんと見ていた里咲がおずおずと手を挙げながら、


「あのお……お取り込み中のところ失礼しますが、何が何だか分かっていないのがここに一人いるので、出来れば説明してもらえると嬉しいんですが……駄目でしょか?」


 押し問答をしていた母子が一斉に振り返ると、里咲はヒッと小さく叫んで首を引っ込めた。マナの母親はそんな彼女の顔をまじまじと見ながら、


「こちらの方は?」

「お友達の里咲よ。あの学校で知り合ったの」

「んまあ! お友達!? もしかしてマナちゃんが家にお友達を連れてきたのって初めてのことじゃないかしら?」

「そうだったかしら」

「あら、おばさん浮かれちゃってごめんなさいね。マナの母です。娘がいつもお世話になっております」

「ええっ!? いえいえ、全然全然! こっちこそ迷惑かけっぱなしで!」

「皆様。お茶の準備が出来ましたので、よろしければこちらへどうぞ。ケーキもございますよ」


 見ればいつの間にか部屋の奥で、案内人の彼女がテーブルの用意をしてくれていた。


***


 最初の緊張感は嘘のように、その後は和やかな雰囲気で会談は続行された。気がつけば金屏風もどこかへ片付けられていて、瀟洒なテーブルの上にはちょっと年代物のティーセットが置かれていた。


 案内人の彼女が紅茶を淹れてくれている中、ウダブと席を譲り合うように母親の対面に座ると、その隣には娘のマナが座っており、頻りとちょっかい掛けてくる母のことを鬱陶しがっているようだった。


 聞いていた限りでは、もっと厳格な母をイメージしていたのだが、こうして実際に会ってみると、彼女は子煩悩で茶目っ気があって、どっちかと言うとチャーミングな人だった。見るからに娘のことを溺愛していて、仲睦まじい姿を見ていると、どうしてこんな二人がケンカ別れしたのだろうかと不思議になった。


 確かマナの母親は、娘が自分と同じ職場に来ることを頑なに反対していたのだ。それはきっと彼女の出自を隠すためだったのだろうが、今こうして話しているということは、娘が日本に行っている三ヶ月の間に状況が変わったのだ。何があったのかと尋ねてみると、彼女は50年前の大衝突のことから話し始めた。


「あの日、私は普段通りに後宮にいました。食事を終え詩吟や琴の稽古をし、お仕事を終えた陛下がきてくださるのを、今か今かと待っておりました。そこへあの大衝突が起こり、私はいきなり見知らぬ大勢の人々に囲まれていたのです。


 何が起きたのか、まったくわけが分かりませんでした。ただ、後宮に庶民が立ち入ることはご法度で、すぐに警備の武官たちが駆けつけ、ただその場に居ただけの中国人たちを切りつけたのです。今にして思えばとんでもない悪手でしたが、そうなるのも仕方なかったでしょう。


 その後すぐ、陛下や宮中の方々と合流した私たちは、状況を整理しようと情報収集を始めましたが、何かが分かるよりも前に中国側に対応されて、その場から敗走せざるを得なくなりました。私たちはそれまで地球の戦車を見たこともなく、ライフルから発射される弾を防ぐ術もなかったのです。そうして血みどろの争いを続けながら逃避行を続けた私たちは、ついに港まで追い詰められ、陛下は私たち女官を海へと逃がすと、まだ徹底抗戦を続けるという兵士たちとともに帝国に残られたのです。


 そうして海を渡った先の蓬莱王国に保護された私たちは、そこで陛下が健闘虚しく聖山の地で命を落としたと聞かされました。何かの間違いだと思いたかったのですが、私たちの後を追うように続々と海を渡ってくる、疲れ切った臣民たちの顔を見たら受け入れざるを得ませんでした。私は生きる希望をなくし、それから何年もの間、食事すら満足に取れなくなり、どんどん衰弱していったのです。


 ところが、朗報が届いたのはそれから30年以上経った後のことでした。実は聖山に追い詰められ、死を覚悟した陛下は、皇室の血を絶やさぬようにと、ご自身の生殖細胞を残してくださっていたのです。そして地球の技術があれば子を成すことも可能だと知った私は、一も二もなくあのお方の子を生みたいと望みました。そうして生まれたのがマナなのです」


 その話は、あの森の国に閉じ込められた日々の中で、マナの口から聞いていた。その時の彼女は、単にルナリアンは体質的に子供を作りづらいから、変わり者の母が体外受精を利用して産んだだけだと思っていたようだが、実際はもっと複雑な事情があったようだ。


 そしてマナは体外受精で生まれたせいで、他のルナリアンから疎まれていたと自分の子供時代を語っていたが、事実を知れば話は変わった。


「私は皇室の血を絶やしてはならない一心でこの子を生みましたが、しかし、こういう経緯で生まれたマナの誕生を素直に喜べない者もいたのです。特に、皇帝が居なくなったのをいいことに、皇室の権力を簒奪しようとしていた輩は、マナを天子とは認めないなどと言い出しました。


 そのような不敬は断じて許されないことでしたが、それは本当に皇帝の血なのかと問われると、地球の技術を使わずに証明することが出来なかったのです。当時はまだ我が臣民たちも地球人への恨みの感情が濃く、こちらの技術を否定する者が大半でした。中には露骨に命を狙ってくる輩までいたのです。


 私は生まれたばかりの我が子の身を案じ、蓬莱王国に身を寄せるしかありませんでした。そうして仲間たちと共に地下世界に潜伏し、この子が大きくなるのを待ってから、あの愚か者どもを始末すべく反撃に出たのです」


 そう言う母の顔はそれまでの慈しみに満ちたものではなく、ともすると残酷な迫力を滲ませていた。きっと我が子のためとはいえ、今まで並々ならぬ苦労を重ねてきたのだろう。そんな母に、娘が尋ねた。


「それじゃあ、宇宙公社で働くからって家を出ていったのは、それが理由だったの?」

「ええ、マナが陛下の子であることを証明するのは、DNA鑑定をすれば一発なのですよ。ところが、奴らはそれを認めようとしない。しかし、そんな奴らが拠り所にしていたのは、この地球での経済力でしたから、私たちは蓬莱王国と協力して、逆に奴らの力を奪ってやったのです」


 つまりこういうことだ。大衝突のどさくさに紛れて皇室の権力を奪った連中は、その権力を利用して金儲けをしていた。領土問題を理由に反中勢力から援助を受けたり、帝国臣民からの献金を税のように取り立てていた。それを苦々しく思っていた臣民も大勢いただろう。


 そこへ蓬莱王国の後ろ盾を得た皇后が立ち上がり、悪を正そうと行動を起こせば、彼女に味方する者も出てくるだろう。彼女はそうして勢力を増やし、そしてついに連中を黙らせたというわけである。


「援助を得るために、蓬莱王国とは、我が臣民を軌道エレベーター建設の労働力として提供することで合意しました。それを売国行為と罵る者もいましたが、結果的にそれで多くの民が職を得られ、科学への偏見もなくなるという副産物もありました。こうして軌道エレベーターが完成した今となっては、我が帝国臣民はこの巨大建造物の維持に不可欠な存在となっているのです。だから私はこの選択が間違っていたとは思っておりません。この3万6千キロのすべてが、今は我が鳳麟帝国の領土なのです」


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よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
マナママはお茶目さんだった
父親不在で人工授精による皇位継承権主張はアカンやろ マナ母はこう言ってるけど皇帝がそれに同意していたか否か実際のところわからんからね
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