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斯くして世界は衝突した

 1991年のソ連崩壊以降、世界は完全にアメリカの一強となり、政治も経済もそして戦争も、全てはアメリカを中心に回るようになっていった。アメリカは経済政策のみならず、科学技術の発展にも力を入れており、その政策が花開いた2010年代にはGAFAMと呼ばれる巨大テック企業が世界を席巻し、あらゆる富がアメリカに集中すると言って過言でないくらい、グローバル社会の頂点に君臨し続けていた。


 しかし、そんなアメリカに追随する影があった。中国である。


 ソ連崩壊後、西側社会はそれまで未知のフロンティアであったロシアや中国市場に積極的に投資し始め、両国は急激に成長し始めた。特に中国の発展は凄まじく、元々ロシアと違ってイデオロギー的な忌避感がなかった彼らは、西側の技術をどんどん取り入れ、国際貿易システムにも積極的に参入し、気がつけば世界二位の経済大国に躍り出ていた。


 2010年代に入ってもまだまだ中国経済は成長を続けており、そんな魅力的な市場に世界は喜んで投資し続け、一時的な繁栄を謳歌していた。その雲行きが変わったのは2014年のロシアのクリミア侵攻からだった。湾岸戦争以降、国境を変更するような戦争はもう起こらないと信じきっていた欧米諸国は、このロシアの挑戦に完全に虚を突かれる格好となった。


 直ちにこの愚行を止めようにも、彼らにはもうロシアを止める力がなかった。ソ連崩壊以降、欧米諸国は困窮するロシアに支援や投資をする一方で、自分たちの方はどんどん軍縮を進めていたのだから当然である。そして投資先に経済制裁を行えば、自分たちが痛手を負う。結局、欧米諸国はロシアのクリミア併合を飲まざるを得なくなった。


 こうして、また戦争の脅威が目に見えてくると、アメリカは危機感を覚えた。結局、ロシアも中国も、旧東側諸国は死んだふりをしていただけで、また力を取り戻せばアメリカに立ちはだかってくるに違いない。それなのに、たった今、地図が書き換えられたというのに、世界はまだ呑気にロシアや中国に投資し続けているのだ。


 特に中国の台頭はアメリカにとっても脅威だった。この国は2000年以降、積極的に欧米諸国の技術を取り入れ、今ではアメリカと変わらぬ製品を製造できるようにまでなっていた。このままの経済成長が続けば、いずれアメリカの経済規模を超えるのも時間の問題と思われた。ところが、いざこの国が牙を剥いた時、アメリカは彼らと対等に戦えるのだろうか。第一次、第二次大戦で、ドイツ日本両帝国を打倒し得たのは、偏にアメリカの工業力の賜物だった。しかし今やその工場の殆どがシャッターを下ろし、中国の重慶や深センに移転しているのだ。


 2020年代に入り、またしてもロシアがウクライナに侵攻し、戦争は現実のものとなってきていた。そうなった時、アメリカは無傷でいられるだろうか。同盟国は、もし戦争が起きてもアメリカが助けてくれると思いこんでいるが、それならもしアメリカが傷つけられたら、一体誰が助けてくれるのか。現実的に考えてみよう、世界は無政府状態である。国家には犯罪を取り締まる警察機構が存在するが、国家間を越えて世界にはそんなものは存在しないのだ。


 第二次世界大戦後、アメリカは朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガン戦争、二度のイラク派兵、旧ユーゴスラビア、カンボジア、リビア、シリアを空爆し、CIAは南米諸国の体制変革を図り、イスラエル問題に首を突っ込み、ジプチ、エリトリア、エチオピア、ジョージア、ケニア、イエメンに戦闘部隊を送り込んだ。これでもまだほんの一部に過ぎない。これらは全て平和維持という名目で行われてはいるが、もちろんアメリカ人だって馬鹿ではないから、自分たちが恨まれていることは重々承知していた。


 そんな自分たちが経済的に落ちぶれて、中国の後塵を拝するようになったら何が起きるだろうか。同盟国が次々と鞍替えすることは間違いなく、大義名分を得た中国がアメリカへ侵攻してくる可能性だって否定できないだろう。国際条約などなんの役にも立つまい。約束とは、強い者同士の間でしか成立しないものである。弱いものはただ強者に従うしかないのだ。


 当時の大統領は、本気でそうなることを恐れていた。イデオロギーの違いのせいでロシアは勝手に自滅してくれそうだったが、中国の方はそうはいかない。奴らは時期が来るまで狡猾に富を蓄えるだろう。このまま中国の台頭を許せば、いずれ自分たちはやられる。だからやられる前にやらなければならない。中国を経済的に封じ込めるのだ!


 そうして大統領の主導の下、緊急会議が招集されることになった。世界がコロナ騒動で騒がしい中、アリゾナ州の研究所にGAFAMの研究者たちが秘密裏に集められ、彼の懸念を払拭すべく知恵を絞ったのである。


 ところで経済とは開放系で自己組織化する複雑系と考えられている。詳しい説明は省略するが、要は天気予報と同じで、起こったことを説明することは出来ても、未来を予測することは不可能なのだ。出来ることと言えば、経済モデルを用意してシミュレーションをし、天気予報みたいに確率を計算するだけ。それでも、モデルの質さえよければ結構な精度で予想は立てられるはずだから、科学者たちはまずその経済モデルを用意することから始めた。


 しかし、すぐに頓挫した。当時の経済学に用意できたモデルは、殆どが個人間取引を扱ったミクロなものばかりで、社会全体をシミュレートするにはまるで役に立たなかったのだ。つまり、それが複雑系たる所以なのだが、個人の行動は正確に当てられても、集団の行動を予測するのは難しいというわけである。


 そこで彼らは方針を変えることにした。経済モデルを用意出来ないなら、社会モデルを用意して、その社会に住む住人に経済を行わせてみるのはどうかと考えたのだ。例えば、100人の人間が住む村のモデルを作って、その住人たちに人間らしい振る舞いをインプットする。すると、その者たちが行う経済活動は、きっと現実の100人村と酷似するはずである。そうやって最初は小規模に、そして徐々に人数を増やしていき、やがて現実と同じ70億に達すれば、それはこの世界の社会モデルと呼べるのではないか。


 しかし、そんな社会モデルを動かせるようなコンピューターを用意するのも、それだけのデータをインプットするのも不可能ではないかと思われた。しかし、そこはそれ、当時の最先端を行く科学者たちが集まれば、経済モデルを作るのよりはずっと簡単だった。


 彼らは演算能力の不足は量子コンピューターを開発して補い、70億を超えるデータ入力は全部AIに丸投げした。そうして出来上がった社会システムで実際に未来予測をしてみたところ、シミュレーターが弾き出した答えはかなり現実に近いものだったのである。


 どうやら、この方法は有効だと分かると、科学者たちは可能な限り人間の手を省いて、AIが自ら考えるよう、どんどんプログラムを書き換えていった。人間の手が加わると、どうしても要らぬバイアスが加わるから、AIが自ら自己改善を繰り返して精度を上げ、長い時間をかけて学習が進めば、いずれ現実世界と寸分たがわぬ社会モデルが誕生するだろうというコンセプトだった。


 実際、それで上手くいくかは誰にも分からなかったが、どうせ全部機械がやることだし、試しにやってみようと始めたシミュレーションは、思った以上の成果を出した。こうして出来上がったシミュレーターの弾き出した一週間の株価予想は、かなり正確であり、誰でも簡単に利益を上げることが出来たのだ。


 更には思わぬ副産物も得られた。元々は経済予測のために始めたシミュレーションだったが、そのために現実世界と寸分たがわぬモデルを構築したわけだから、そこで起きることは経済活動のみならず、あらゆる物理現象まで予測出来たのだ。例えば、丁度その時ハリケーンが近づいていたから、予め被害状況を予測してみたところ、事前に殆どの被害を食い止めることが出来た。


 もちろんシミュレーターは国内のみならず、海外の出来事も予測可能だった。アメリカ政府はこれを使って現実に起きている戦争をシミュレーションし、敵の作戦を丸裸にすることに成功した。テロの発生する確率を計算し、結果に応じて警戒してたところ、なんと未然に防ぐことが出来た。これに気を良くした科学者たちは、いよいよ大統領命令の本丸である、中国の封じ込めについて予想を立ててみることにした。


 ところが、その結果はあまり芳しくなかったのである。


 科学者たちが中国経済の今後の展望を計算させてみたところ、シミュレーターは2030年代にも、すぐに米国を上回るだろうという予測を出してきたのだ。


 未来予想は、それが遠い未来であればあるほど結果にブレが生じるので、計算する度に結果は変わったが、それでも何度計算させてみても、アメリカ経済が中国に抜かれるのは時間の問題のようだった。


 結果を受け、その後に起きる出来事を予想させてみた大統領は、更に絶望的な気分になった。予想ではアメリカが経済的に失速するだけでなく、その後間もなく世界規模で戦争が始まり、場合によってはアメリカに核が落とされたり、世界が滅亡するという結果まで出てきたのだ。


 もしもそれが本当なら手を拱いている場合ではない。


 シミュレーション結果を信じた大統領は、こうなっては何が何でも中国を封じ込めるしかないと決意を固めた。そして彼は、どうすれば一番簡単に中国経済を失速させることが出来るか計算しろと科学者に命じた。彼らはすぐにシミュレーターを使って、あらゆる未来をシミュレーションさせてみた。


 しかしまたしても結果は芳しくなく、いくら長い時間をかけてシミュレーションさせても、中国を叩き伏せることは不可能のようだった。こうなっては穏便でなくても、どんな手を使ってもいいからと命じても、彼らが求めるような結果はついに出てこなかった。


 大統領は絶望した。このまま、アメリカは中国に屈するしかないのか……


 ところが、その時ついにシミュレーターは、たった一つの可能性を見つけてきた。その方法を使えばアメリカは無傷で、中国を再起不能にまで痛めつけることが出来るというものだ。


 そんな都合のいい方法があるなんて! 大統領は期待してその方法を尋ねた。しかし、すぐに彼は失笑せざるを得なくなった。


 というのも、シミュレーターが出してきたその方法とは、なんとこの世界と並行する別世界を衝突させて、二つの世界の住人同士を争わせるというものだったのだ。その別世界の北米には有力な人間社会が存在しないから、アメリカは無傷でいられるというのだ。


 そんなSF地味た荒唐無稽な話、誰も信じられるわけがなかった。大統領も科学者たちもみんな笑って、それはバグか何かが原因で、シミュレーターがエラーを起こしたのだろうと考えた。何らかの理由でAIは答えが出せない時、その場しのぎの方法を選ぶことがあるから、もしかしたらそれかも知れないと、みんなそう思った。


 だから彼らは本当に何気なく、冗談のつもりでシミュレーターに命じたのだ。そんなことが出来るなら、やれるもんならやってみろと。


 そしてその直後、世界は大衝突を起こしたのだ。


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よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
諸々の元凶、やっぱりアメリカじゃんw
かなり衝撃ですね。
あくまでも命じたのはシミュレーターに対してのもののはずが現実に起こってしまったのか マトリョシカみたいにシミュレーターの中のシミュレーターを地でいってるんだな
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