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50年前の真実

「20年前。初めて大統領に就任した私には夢があった。この国をかつてのように強く豊かに、20世紀の栄光を取り戻すことだった」


 20年前、鳴り物入りで大統領戦に出馬したマグナム・スミスは、就任当初は国民の熱狂的な支持で迎えられた。それまでの旧態依然とした政治家とは違って、俳優出身の彼は見栄えもよく、メディアへの露出も多く、いつも洗練されたライフスタイルで注目を浴びていた彼なら、きっとアメリカに新風を吹き込んでくれるだろうと期待されたのだ。


 強いアメリカを取り戻すという彼の政策も気に入られた。それが一体どんなものなのか、具体的なものは何も示されていなかったが、かえってそのアバウトなところが彼の神秘性を増す結果となり好意的に受け止められ、議会運営も順風満帆と思われていた。


 そんな彼の目玉政策の一つに、20世紀のアポロ計画以来行われていなかった、月面有人探査というものがあった。


 2030年代に入り、軌道エレベーターの建設計画が持ち上がると、NASAが解体され、アメリカは宇宙開発から長いあいだ遠ざかっていた。ところが、現実に軌道エレベーターが完成すると、今後は他国に先んじられる可能性が高まり、このままでは強いアメリカとは呼べなくなってしまう……ただそれだけの理由だったが、彼のこうした主張は国民には歓迎され、月面探査計画はスタートした。


 しかし、最初から何もかもが順調とは言えなかった。


 計画がスタートすると何故か議会は一転して反対に回った。一度解体したNASAを復活させるのは難しかったのもあるが、それ以外にも各方面から苦情が相次ぎ、計画は幾度も不可解な妨害に悩まされ、一時は撤退も視野に入るほど追い詰められた。


 それでも持ち前の個性で突き進んだ大統領は、税金の無駄とのシュプレヒコールの中で、ついに月面探査船を打ち上げることに成功する。そうして数十年ぶりに行われた有人飛行は、国外中継されることもなく、注目度も低くて寂しいものだったが……


 ところが、彼らはそこでとんでもないものを発見したのだ。


 月面周回軌道に入った探査船は、月面の最も地球側にあるヒッパルコス・クレーターに不審な影を見つけた。20世紀のアポロ計画のときにはそんなものは存在しなかったはずだが、上空から見ても空洞のようにしか見えないその影に、実際に探査車を送り込んでみたところ、なんと彼らはそこに人工の遺跡を発見したのだ。


「人工の遺跡……? まさか! そんなものがあったのなら大騒ぎになってなければおかしいじゃないですか。少なくとも俺はそんな話を聞いたことがないですよ」

「だが本当のことだ。私はこの目でそれを見たんだからな、いや、NASAのモニター越しではあったが」


 司令部でその中継を見ていた大統領は世紀の発見に狂喜乱舞した。そして驚愕に震える宇宙飛行士が更に奥に入って調べたところ、そこにおびただしい数の人骨と、そしてまだ稼働中らしき機械を発見したのだ。


 その遺跡に使われていた技術は、現在の地球でもまだ解明できない高度なものばかりであったが、しかしその機械の用途が何であるかはすぐに分かった。それは、人間の生命維持装置に違いなかった。


 何故ならそこには、コールドスリープする、まだ生きている人間が入っていたのだ。


「馬鹿にしてるのか!」


 張偉は憤慨して吐き捨てるように言いきった。まさかこんな与太話を聞かされるために、自分は追跡者の目を掻い潜ってここまで来たのだろうか。しかし、大統領の方は至って大真面目に、


「まあ、そう思われるのも仕方ないだろう。私も当事者でなければ、こんな狂人の戯言など一顧だにしなかったはずだ。だが、私は嘘をついているわけではない。アメリカ合衆国大統領として誓って言うが、これはすべて本当にあった出来事なのだ」

「……あなたが本気だというのは百歩譲って信じるとしよう。だが、もしそれが本当だとしたら、どうしてあなたはその事実を世界に公表しなかったんですか?」


 大統領は大袈裟なくらい首を振って、


「もちろんしたとも! これだけの大発見を、自分たちだけの秘密にする理由なんて何も無いだろう? 私はすぐに記者会見を開いて、この事実を公表した」

「なら何故、俺はこの話を知らなかったんですか?」

「それは記者会見に来た連中が、誰もこのことを報道しなかったからだ」


 張偉は、誂われているのではないかと思い、大統領の目をじっと覗き込んだ。大統領はまるで自嘲するかのように皮肉な笑みを浮かべていたが、少なくとも嘘をついているようには見えなかった。彼は淡々と続きを語った。


 遺跡内部の施設もさることながら、そんな遺跡が発見された事自体がすでに驚きだった。アポロ計画の時には無かったはずの遺跡が発見されたということは、それは大衝突の後に現れたとしか考えられなかった……


 つまり、ルナリアンとは、本当に月からやってきた人種である可能性が高くなったのだ。


 大統領はこの事実を自分の成果として、全世界に向けて大々的に発表することにした。そしてホワイトハウスに各国の記者団を呼んで、NASAの技術者たちが集めた資料を元に自らプレゼンし、実際にこの世紀の大発見を発表したのだ。


 ところが……世界はきっと蜂の巣をつついたような大騒ぎになるぞ、と思っていた彼は肩透かしを食らった。すぐにでも各国メディアに乗って緊急報道されると思っていた発表は、翌日になっても、どのテレビ局も新聞社も、マスコミは全く反応しなかったのだ。


 いくらなんでも、こんなことがあり得るだろうか?


 驚いた大統領はすぐにマスコミに問い合わせたが、すると彼らは、ホワイトハウスで行われた記者会見などは存在しなかったと言いだした。昨日、世界は何事も起こらず、いつも通り平和な一日だったと言うのだ。


 そんな馬鹿なと改めて発表を行ったが、その事実も無かったことにされ、SNSを使って拡散しようともしたが、どれもこれも全て瞬く間に消されてしまった。


 それどころか、そんなことをしている間に彼の政策は次々と失敗し始め、と同時に聞いたこともないスキャンダルが山のように押し寄せてきた。パパラッチが彼の家族や仲間の周囲をうろつき始め、その火の粉を振り払っているうちに、いつしか月の遺跡の発表など行える状況ではなくなってしまった。


 それはホワイトハウスすら力の及ばない権力がある証拠だった。そんな謎の勢力と不毛な戦いを続けている内に彼はどんどん疲弊し、こうしてマグナム・スミス大統領の第一期は虚しく幕を閉じたのだ。


「そんな話、とても信じられないんだが……」


 困惑しながらその話を聞いていた張偉は、聞き終わってもなお飲み込むことが出来ずにいた。こんな話、到底信じられるわけがない。しかし大統領はそんな彼に向かって、


「だが、君にも心当たりがあるんじゃないか?」

「心当たり……?」

「事実を捻じ曲げて、有ることを無かったことにしたり、死んだ人間を生き返らせたりする力を。君は何度も見てきたんじゃないか?」

「そんな馬鹿げた力が……」


 あるはずがない。張偉はそう言いかけて、途中で言葉を引っ込めた。確かに、彼はそんな力があることを知っていた。と言うか、つい最近、自分も死んで生き返らせてもらったばかりだった。


 だがそれはゲームの話であって、現実ではない。だから本来なら考える必要すらないはずなのだが……しかし、今の彼にはもう、それが現実と何も関係ないとは断言出来なくなっていた。


 何故なら、あのセピアのゲーム世界に閉じ込められた時に獲得したスキルは、現実に戻った今もそのまま使えたからだ。張偉は今や空を飛べるスーパーマンだし、クラスメートたちもみんな大魔法を使えたり、剣や銃で戦う技術を持っている。


 他にも、有理は高尾メリッサとして過去の世界をさ迷い、同じ時間をループしながら死に戻りし続けていたらしいし、そして彼が彼女だった時に覚えたスキルを、この世界線で生き残った鴻ノ目里咲はちゃんと継承していた。以前、有理とマナが閉じ込められたアストリア・オンラインでは、現実と時間の流れが違う世界を、彼らは1ヶ月以上も探検し続けていたという。


 思い返せば、自分たちはこれまで何度も、現実とはまた別の世界を行き来し続けてきたのだ。ずっとゲームだと思っていたけれど、今にして思えば、そう考えないと落ち着かないから、そう思い込もうとしていただけなのではないか。


 あれは全て、現実に起きていた出来事なのだ。


 しかし、それじゃ現実とは一体何なんだ?


 自分の考えに戸惑い、言葉を失ってしまった張偉に、大統領が言った。


「君も気づいたようだな。世界を書き換えるその力に」


 張偉はゴクリとつばを飲み込んだ。


「……メリッサだ。もしかすると、物部さんのAIが現実を書き換えていたのかも知れない。では大統領。あなたはそれを知ってて、研究室に攻撃を仕掛けてきたのか?」

「ああ」

「どうして?」


 有理は言っていたはずだ。もしもアメリカから協力要請があったなら、素直に応じるつもりだったと。何故、一言の断りも入れずに攻撃してきたのか。話し合う余地は無かったのか。


「君たちが世界の敵でないとは、断言できなかったからだ」

「世界の敵?」

「もしもそうなら、こちらの手の内を明かした時点でこの世界は詰む」


 大統領は苦々しげに顔を歪めた。世界の敵とは何を指して言っているのか分からず戸惑っていると、彼はうんざりするように天を仰ぎながら、吐き捨てるように言った。


「だからほら、さっきも言っただろう。私の世紀の発見は、謎の力によって全て無かったことにされてしまったのだ。私も大統領だから、あらゆる権力を使って抗おうとしたよ。だが何をやっても無駄だった。私はスキャンダルまみれの歴代最悪の大統領として失脚するより他なくなった。そうしてまるで犯罪者のようにホワイトハウスを追い出された私は……もちろん、復讐を誓ったよ」


 そう言い放つ大統領の瞳からは憎悪が溢れ出してきて、見るものの背筋をゾクリと凍らせるかのようだった。張偉が暑くもないのに冷や汗を垂らしていると、彼は続けた。


「16年前、大統領を辞した私の手元にはもう復讐心くらいしか残されていなかった。ホワイトハウスを出た私は、人の目を気にするように移動し続けながら、なんとかして自分を失脚に追い込んだ謎の勢力を見つけ出そうと躍起になった。


 最初は、それが機械だとは思いもしなかったよ。他国の諜報機関か、共産主義者の手先か、ロシアや中国のマフィアか、そういう連中を疑っていた。それがどうも調べていくうちに、それがいつの時代にあっても、この国の中枢に巣食っているんじゃないかと思うようになってきた。20年前、彼らは何かドジって、私に政権を奪われたのだ。


 私は仲間を集めてその正体を探り出そうとした。それが予言者と謳われたIT界の寵児アレックス・ローニン、そして君の父である張敏(チャンミン)だ」

「俺の父が、あなたと個人的な付き合いを持っていたんですか? そんなこと、まったく気づきもしませんでしたが……」

「それはそうだろう。私たちは表立って行動を共にしたことは一度も無かった。相手に気づかれては元も子もないからな」


 大統領はそう言い放ったあと続けて、


「私が第一次政権で見つけた月の遺跡は、実はルナリアンが我々よりも高度な社会を築いていた可能性を示唆していた。その事実が公表されるのを嫌ったと考えると、我々の敵は反異世界人派ということになる。すると敵の敵は味方だろう? 君の父は、自らが所属する党の方針に逆らって、密かにルナリアンの解放を望んでいた。そんな彼に情報提供したら、すぐ協力を申し出てくれたよ。


 話してみると彼もまた、私がこの国の中枢に感じていたような違和感を、自分が所属する党の中にも感じているようだった。我々の敵は、どうやら国を問わずにあらゆる政権内部に入り込んでいるらしい。おそらくは欧州も、中国も、日本も。そいつらが一体誰なのか調べていた私たちは、そしてとんでもない事実に辿り着いた。それは50年前の真実だ」

「50年前の真実……?」

「ああ、全ては50年前のあの日から始まった……我々の住むこの地球と、ルナリアンたちの住んでいた異世界が衝突した、あの大衝突は偶然に起きたのではなく、実は人為的に引き起こされたジェノサイドだったのだ」


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ただいま拙作、『玉葱とクラリオン』第二巻、HJノベルスより発売中です。
https://hobbyjapan.co.jp/books/book/b638911.html
よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
なっなんだってー!?
大統領<実は○○だったんだよ! ΩΩΩ<な、なんだってー!!
ここであの月のシーンと繋がってくるのか ファンタジーとSFの混ざり具合が絶妙で大好き
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