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Journey to the West

 荒涼とした砂漠の中をハイウェイがどこまでも伸びている。少し上り坂の道路は地平線の向こうへ消えていき、まるで空へと続いているかのようだった。ガードレールすらないアスファルトの左右には、密生したイネ科植物がもこもこ生えてるくらいで、背の高い木々は一本もなく、異様なくらいフラットに広がるステップ地帯を眺めていると、まるで昔遊んだサンドボックスゲームの中に入り込んだような気分になった。


 真夏の太陽は暑いを通り越してもはや痛いに変わり、エアコンをガンガン効かせていても肌に突き刺さってくる。カーラジオからは80年代くらいのギラギラした音楽が鳴り響き、早口のパーソナリティの曲紹介がリズムを刻むように流れていた。


 変わり映えしない景色にぼんやりしながら、エンジンの振動に身を委ねていると、たまに小石に乗り上げた車がガタンと跳ねて、ハッと我に返る。ぐるり見回しても自分たち以外に車は走っておらず、左ハンドルで右車線を走っていると、これでいいはずなのに、なんだか間違いを犯しているような錯覚を覚えた。やがて車が峠を越えると、遠くの方に青く霞む岩山がパノラマに見えてきて、そしてその風景に溶け込むように、壁に囲まれた砦みたい都市があった。


 そこはアメリカの西海岸、天穹互动の米国法人がある街だった。西海岸という響きから、なんとなくカリフォルニアみたいな場所を想像していたが、実際にはこんな辺鄙な砂漠のど真ん中にあって、張偉は正直ちょっと面食らっていた。どうして父はこんな場所に拠点を構えたのだろうか。近くにはあの有名なグランド・キャニオンもあるらしい。


 それでも街へ下りてみるとそこそこ発展していて、日本の地方都市くらいはありそうだった。背の高いビルはあまりないが、市街の中心部は賑わっており、5~6階建てくらいのビルが林立していた。お馴染みのファストフード店やアウトレットの看板が並んでいるメインストレートを、大勢の買い物客たちが歩いている。


 中心部から少し離れたところにショッピングモールがあって、そこからまた少し離れてモーテルが何軒か続いていた。宿帳に名前を書いたら特に身分証を求められることもなく、素泊まりの料金もアメリカなのに安かった。車社会なのでよそ者でもあまり目立たなくて済みそうだ。チェックインして部屋の前に車を止めたら、ほとんど誰にも姿を見られずに部屋に入れた。


 部屋に入るとすぐに張偉はカーテンの隙間から尾行がないか外の様子を窺った。その間に、宿院青葉は室内に盗聴器が仕掛けられていないか調べていた。探知魔法で生命反応を探ってみたが、不審な人物はいないようだ。振り返ると、どうやら部屋の中にも怪しいものは見つからなかったらしい。カーテンを閉めてホッと一息をつく。


「そんな心配しなくとも、俺に任せとけば大丈夫だって。そろそろ信用してくれても良いんじゃねえか」


 どうやら、追跡者は上手く巻けたようだ。とはいえ、ここまで順調だったというわけじゃない。実はアメリカに来る前から、ずっと怪しい連中に尾行されていたのだ。おそらくは大統領が放った監視であろう、FBIとかCIAとか、プロであることは間違いなかった。それを難なく巻けたのには理由があった。


「ああ、おまえの言う通りかも知れない。だからと言って、全部お前任せってわけにはいかないさ、(ヘイ)


 張偉は部屋のソファでくつろいでいる、ふてぶてしい笑みを浮かべた男を睨みつけるようにして言った。


***


 学校を襲ったドラゴン事件の後、有理は国際指名手配に、そして張偉を含むクラスメートたちは日本政府の監視下に置かれていた。いきなり驚異的な魔法能力を手に入れたから、体に異常がないか、その影響を確かめるためだと言われていたが、実際には有理と接触しないように見張るためで間違いなかった。


 たまたまクラスが違ったという理由で椋露地マナだけは難を逃れたが、アメリカに向かうつもりだった張偉は長い足止めを食っていた。同行予定だった宿院青葉は一足先に渡米しており、本当なら自分も早く情報収集に向かいたいところだったが、こうなっては身動きが取れない。国家権力相手では仕方ないとは言えヤキモキしていると……すると、まったく思いがけないところから救いの手が差し伸べられた。


 有理のクラスメートたちが学校に軟禁されていると聞くと、国際人権団体を通じて日本の与党議員からクレームが入った。全然知らなかったのだが、実は同じクラスの南条という女生徒の実家は室町時代から続く由緒正しい家柄だったらしくて、うちの娘を拘禁するなどけしからんと、お叱りを受けた議員が慌ててアメリカの要請を突っぱねたのだそうだ。


 そのお陰で拘束を解かれた張偉もアメリカに出発することが出来るようになったのだが、彼女に礼を言いに行くと何故かしどろもどろになって話にならなかったのは何だったのだろうか……


 ともあれ、これで有理のために動けるようになったと喜んだのもつかの間、彼は自分にまだ監視の目がついていることにすぐ気がついた。やはりと言うべきか、有理が学校で一番親しかったのは間違いなく自分だったから、アメリカが警戒するのは当然だった。


 とはいえそれは、張偉が有理と合流するのではないか? と疑われているからで、彼が渡米しようとしている目的はまだ悟られてはいないはずだ。彼の目的は、あのドラゴンを誰が出したのかを調べるために、天穹のオフィスを直接訪ねることにあった。


 しかし目的地まで尾行されたら流石に気づかれてしまうだろう。それでは困るから、張偉はどうしようかと迷ったが……アメリカに先行していた宿院青葉に相談したところ、構わずそのまま飛行機に乗ってくださいと言われ、彼は不思議に思いながら指示に従うことにした。


 だが、旅支度を終えて空港に向かう特急の中でも、空港のロビーでも、国際線のカウンターでも飛行機の中でも、彼はずっと何者かの視線を感じていた。もちろん何度か巻こうと試みたが、逆にこっちが相手を見失いそうになり、かえって危険だから諦めるしか無かった。アメリカに到着したらしたで、更に尾行は露骨になってきて、このままでは到底目的地に向かえそうになかった。この状況では青葉と連絡も取りづらく、張偉はどうしたものかと悩んだが……


 ところが、ベルトコンベアーから流れてくる荷物を受け取り、税関を抜けた直後に、突然、彼を尾行していた男たちが急に慌ただしく騒ぎ出し、張偉のことを置いてどこかへ駆けていってしまったのである。


 何か緊急事態でも起きたのだろうか? そのまま暫く待ってみたが、彼らが戻ってくることもなく、振り返ってみても、尾行はもう一人もいないようだった。彼は不思議に思いながらも、空港ロビーを抜けて玄関の自動ドアをくぐり、すぐ目の前にあったタクシープールへ向かおうとした。


「張さん、こっちです」


 すると聞き覚えのある声が聞こえてきたと思ったら、一台の車が近づいてきて、ウィンドウから青葉が顔を覗かせた。


「宿院さん? 驚いたな。到着日時は教えておいたが、まさか迎えに来てくれるとは」

「ここであなた達をピックアップするよう、上司から言付かってたんですよ」


 あなた、たち? 聞き間違いかなと思いつつ、張偉は道路に出ると助手席に乗り込みながら、さっき起きた不思議な出来事を話した。


「実はここに到着するまで、ずっと何者かの尾行を受けてたんですよ。振り切れなくて困ってたんですが、そうしたらさっき、急に何かあったみたいに慌ててどっかに行ってしまったんです。あの慌てぶりはよほどのことだと思いましたが、宿院さんに何か心当たりありますか?」

「ああ、それならきっと、彼らは張さんの姿を見失って焦ったんだと思いますよ」

「見失った? いや、そんなはずは……だって、俺の横を通り過ぎていったんですよ?」

「ええ、でも彼らにはあなたが認識できなかった。だから慌てて駆け出したんです」


 どういうことだろうか? 突然、おかしなことを言い出す青葉に困惑していると、


「俺だよ。俺がやったのさ。おい、姉さん。トランクを開けてくれないか?」


 突然、車の後部ドアが開いて誰かが乗り込んできた。自分たち以外に同乗者がいるとは思わず驚いて振り返ると、張偉はそこにいた人物の顔を見て更に驚いた。


「お前は……あの時の!?」


 そこにいたのは、かつて父親の訃報が届いた時、国に帰りたがっていた張偉を騙して連れ去ろうとした連中の一人だった。確か、あの事件のあと警察に捕まって、どこかに収監されていたはずだが……


 そんな男がどうしてこの場にいるのだろうか? 張偉は絶句して、運転席の青葉と後部座席の男を、壊れた玩具みたいに交互に見ることしか出来なかった。


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