他生の縁
藤沢を見送った後、二人は通勤客に逆行するように来た道を引き返しはじめた。仮宿にしたカプセルホテルはとっくにチェックアウトしていたから、そのままマナの家へ行くつもりである。相変わらず狭い道幅に有理は悪戦苦闘していたが、この島出身という里咲は嘘のようにスイスイ先を進んでいく。そんな彼女に遅れないように無心で追いかけていくと、気づかぬうちに宿舎前の公園へとたどり着いていた。
なんだか思ったよりも早く着いた気がしたが、それは気のせいではなく、里咲が近道を使ったかららしい。昨日、マナに案内された時、もっとこうした方が早いんじゃないかと思っていたそうだが、散歩ついでに試してみたら予想通りだったそうである。
マナが帰ってきたら教えてあげようとか言っていたが、どうして地元民のマナも知らないような抜け道を、彼女は感覚だけで見つけられたのだろうか。有理はたった今きた道を戻ることすら自信がないというのに……もしかしてニュータイプ? とか思っていると、宿舎前の広場に屯していた子供たちが話しかけてきた。
「あー! マナの友達だ。あー!」
子供は、あー、しか言わないが、見るからに遊んで欲しそうである。大人たちは仕事に行ったのか、子供たちだけ家の外で暇そうにしていた。
ところで、こんな朝っぱらから集まって、学校に行かなくて良いのかな? と思いもしたが、そうか、無いんだとすぐに気付いた。
色々ありすぎて忘れていたが、今は世界的にも夏休みなのである。この地下の世界は絶えず人工の光に包まれていて、空調(?)も効きすぎてまったく季節感が無いから、余計に気づかなかった。
「いいよー、なにして遊ぼうか?」
そんなことを考えていたら、遊んでとも言われてないのに里咲が勝手に返事をしていた。有理も誘われ、いいんだろうか? これでも手配犯なんだけど……と思いもしたが、空気が読めないやつと思われるのが嫌なので、彼女のあとに続いた。
日本語が通じるからこれまた忘れがちだが、ここは外国である。外国の子供たちがどんな遊びをするのだろうかと興味津々近づいていくと、子供の遊びなど万国共通なのだろうか、隠れ鬼みたいなのをやることになった。
地域ごとに名前は少々違うが、隠れ鬼とは要はかくれんぼと鬼ごっこを足したような遊びのことで、最初、鬼が10数えるうちにみんなが隠れるとこまでは一緒だが、かくれんぼと違って見つかってもすぐに負けではなく、鬼にタッチされるまでは逃げ回って良いという決まりである。
逃げ切れたらまた隠れても構わないというルールなので、煽り気質の子供は最初から隠れないで逃げ回るという戦略を取ってきたりもする。非常に腹立たしいが、そういう連中は得てして煽り耐性は低いので、完全無視してやると意外とすぐ大人しくなる。覚えておいて欲しいライフハックだ。
因みに、なんでそんな技を編み出したかといえば、子供の頃に散々やられた悲しい過去があるからなのだが、そんな有理がこの慣れない環境で鬼にされたらどんな悲劇が待っているかと思いきや、実際には彼は無双した。
子供たちはあの狭い道を逃げ回り、大人では入れないようなパイプの隙間を縦横無尽に駆け回ったが、そんなのは彼の前には児戯に等しかった。何故なら、どこに逃げようが彼の目には子供たちの隠れ場所が丸見えだったからだ。
「リガードゥ ベスト!」
「汚い! 有理くん汚いよ!」
あまりにスピーディーに見つけてくるものだから、子供たちにはいつしか隠れ鬼神と崇められたが、タネが割れてる里咲からは非難された。だからどうした。大人は汚いものなのだ。君もいつかは大人になってしまうんだよ。
「あんたたち、なに子供と一緒になって遊んでんのよ。見つかったらどうするつもり?」
そんな感じで子供たちとワイワイやっていたら、藤沢を送ってきたマナが帰ってきて、二人が呑気に遊んでいる姿を見るなり白い目を向けてきた。
「いや、俺もそう思ったんだけど、あまりコソコソしてると逆に目立つと思って……すみません」
「いいわよ別に。どうせ困るのあんただけだし」
「あ、ムクちゃん! 藤沢さん大丈夫だった?」
「ちゃんと送ってきたわよ、あとムクちゃんと言わないでっていつも言ってるでしょ」
マナはプリプリしながらも、
「冷静に考えると藤沢さん、あの島へ行ったっきりになっちゃってるからちょっと心配だったんだけど、搭乗手続きも無事に済ませて、何も言われなかったから特に問題なかったみたいよ。まあ、船に乗るときに名前書いたわけでもないし、大丈夫でしょ」
「そう言えば、俺達もあの島から消えた格好になっちゃってるんだよなあ……騒ぎになってないだろうか」
「あんたたちの方はもう手遅れでしょ、警察に追っかけられてるんだし。それより、なにか痕跡とか残してない? そっちのほうが気がかりよ」
「俺は特に何も無いと思うけど……?」
「私も無いよ」
「あんたは物理的な忘れ物より、オンラインに個人情報ばら撒かないように注意しなさいよね」
「あうっ……チクチク言葉はやめて」
マナに言われて里咲はしょげ返っている。
そんな話を三人でしていたら、いつの間にか辺りが静かになっていて、見れば広場の隅っこの方に人が集まっていた。遊んでる途中で抜けた格好になっているので、子供たちに怒られるかと思いきや、その子供たちも混じって何やらごそごそやっている。
どうしたんだろう? と近づいていくと、昨日ここへ来るときに出会ったマナの知り合いの小母さんが話しかけてきた。
「あら、マナちゃん。お客さんはもうお帰りになられたの?」
「さっき上まで送ってきたところよ。ところでなにかあったの? みんな集まって」
「それがねえ、最近、こっちに越してきた子が学童から抜け出してどっか行っちゃったみたいで、みんなで手分けして探していたんだけど……」
どうやら有理たちが一緒に遊んでいたのは、近所の学童に通う子供たちのようだった。宿舎の前にいるから、てっきりマナと同じく両親が宇宙公社に務める子供の集団だと思っていたが、実はそうでは無かったらしい。
それにしても学童保育とは、こういうところもジャパナイズされてるんだと思うと感慨深かった。それじゃこの小母さんは学童の先生ってところで、その人と仲が良いということは、マナも子供の頃はこの学童にお世話になっていたのだろうか。
そんなことを考えていると、小母さんは続けて、
「どこに行ったか分からなくて困ってたんだけど、そうしたらあちらのお坊様がご親切に見つけて来てくださってね」
「お坊さん?」
そんなのどこに居るんだろうと視線を巡らせれば、ちょうど曲がり角のところから、ぬっとハゲ頭が広場に入ってくるところだった。
それは赤い袈裟を着た長身痩躯の男で、宗教家特有の穏やかな瞳が印象的な人物だった。こんなところまで着て袈裟を脱がないのは、戒律の厳しい小乗仏教に帰依しているからだろうか。
その彼の足元には小さな男の子が居て、ぶら下がるように袈裟にしがみついている。年の頃は小学校に上がる前後くらいで、少なくとも一桁年齢なのは間違いなさそうだった。多分、この子が逃げ出した子供なのだろう。
しかし、気になるのは子供のほうじゃなかった。なんとなくだが、有理はその僧侶に見覚えが有る気がしてならなかった。しかしこんな外国の、こんなことでも無ければ一生来ることは無かったであろう場所で、知り合いにたまたま遭遇するとは思えない。でも確かにどこかで会ったような気がする。おかしいなあ……とウンウン唸っていると、彼はようやくピンときた。
「ウダブさん!?」
ウダブは魔法学校の応接室でたまたま知り合っただけの人物だ。なんでそんな人がこんな場所にいるのだろうか。有理がその名前を口にすると、男はおやっとした表情をこちらへ向けてきた。彼もまた有理の顔を見てもすぐには誰か気づかなかったようで、暫く首を傾げていたが、やがて思い出したように目を丸くして、
「おや、確かあなたは……物部さんでしたか? そちらのお嬢さんも、あの学校でお会いしましたね」
「……どうも」
この再会にビックリしている有理とは対象的に、マナの方は何を白々しいといった感じの表情をしている。どうしてそんな顔をしているだろうかと有理が疑問に思っていると、ウダブの方はこれっぽっちも気にしてない素振りで、
「お二人はどうしてこちらに?」
「そりゃあ、こっちのセリフですよ。あなたこそどうしてここに?」
有理が逆質問すると、ウダブはふむと軽く頷いてから、
「そうですね。ここで会ったのも他生の縁です。よければ少しお話でもしませんか」
有理も頷き、彼と話をすることにした。




