俺たち密航者
軌道エレベーターを初めて見た感想は、空を分断する線だった。だが初めは線にしか見えなかったそれは、目的地に近づくに連れ徐々に面へと変わっていき、更に近づくと、ちゃんと表面積を持つ三次元の物体になった。
そして本当にこんな巨大な建造物がこの世に存在しているのかと、その壮大さにショックを受けている目の前で、飛行機は塔の周りを旋回し始めた。
旅行会社のパンフレットによれば、塔の地上施設の外周はおよそ30キロメートルに及ぶ。それは円錐状に上空へ向かって収斂していき、だいたい地上1000メートル付近で最小に到達する。それでもまだ直径100メートルはあるらしい。
飛行機はそのくびれ部分を巻くように旋回していたが、同じように旋回する別の機影がいくつも見えた。それは自分たちのように滑走路が空くのを待っている着陸待ちの機体だけではなく、この世界最大の建造物を間近で見るために飛ばしている遊覧飛行もあるのだろう。こんなに混雑する空を見るのも初めてだった。
とその時、塔の中で何かがキラリと閃いたかと思えば、眼の前をビュンっと光が駆け抜けていった。多分、それはシャフトを通過するエレベーターの箱だったのだろう。こんな速度でぶっ飛ばすのか……そんなわけないのに、風切り音まで聞こえたような気がした。そのあまりの速さに有理は目を剥いた。
だというのに、確かマナの話では空の上に有る宇宙港に到着するまで1日半も掛かるというから、もうわけが分からなかった。出てくる数字がいちいち巨大すぎて、天文学者になった気分だ。
そんなことを考えていると、管制塔からOKが出たらしく、飛行機は着陸態勢へと移行した。シートベルトを締めている間に、さっきまで眼の前にあった塔がどんどん遠ざかっていった。どうやら空港は軌道エレベーターから離れたところにあるらしい。考えてみれば当たり前の話だ。
それじゃさっきのは機長なりのサービスだったのかなと考えているうちに、ビジネスジェットは無事目的地に着陸した。減速のグンとくる重力に踏ん張って、ふっと力が抜けてシートに背中を預けると、慣性で進む飛行機の窓の向こうに国際空港のターミナルビルが見えた。それは近代的で鋭角的な、著名なデザイナーがデザインしたような奇抜な形をしていたが、さっき見た光景と比べたらインパクトは薄かった。
そうこうしていると飛行機が停止し、滑走路とターミナルの中間あたりの何も無い場所に止まった。ジャンボ機じゃないから、ビルに横付けするわけでもないらしい。副機長がコクピットから出てきてドアを開けると自動的にタラップが降りて、その先に慇懃丁寧な佇まいの女性たちが立っているのが見えた。多分、桜子さんの実家の侍女とかなんかそんな感じの人だろう。
英語ができない雇用主の代わりに機長たちにお礼を述べてからタラップを降りていくと、見た目が白人の女性に日本語で話しかけられた。よく見ればエルフ耳である。日本語を喋るエルフは桜子さんで見慣れているはずだが、強烈な違和感を感じながら促されるままにカートに乗車すると、今度は対象的に、桜子さんが有理には聞き取ることすら困難な異世界語で会話をしていた。忘れていたが、彼女の母語は日本語ではないのだ。
因みに会話内容はさっぱり分からなかったが、雰囲気からなんとなく双方の力関係が窺えた。桜子さんが一言発するたびに、お付きの女性たちの間に緊張が走るようで、なんだか居た堪れなかった。そんな様子をカートの後部座席で丸まりながら見ていると、やがてカートはいかにも関係者しか入れなさそうな通路を通ってターミナルビル内へとたどり着いた。暗くてひんやりとした空気に包まれた倉庫を抜け、防火壁を兼ねる重そうな扉を押し開けると、その先は空港のロビーに繋がっていた。
メガフロートはどの国家にも属していないが、曲がりなりにも国際空港なので入国審査はあるのだろうが、当然のようにスルーしてきたみたいだった。まあ、実はパスポートすら所持してないので、仮にあったところでどうしようもないのであるが。
そこにはどこにでもある空港の光景が広がっていたが、ただしそこで働く従業員はみんな異世界人のようだった。軽食が取れるレストランも、土産物を売る店も、搭乗カウンターも、時折通り過ぎるフライトアテンダントも、みんなエルフ耳をした男女である。国際的には性差を無くそうという風潮から、制服はユニセックスなものに変わりつつあるのだが、ここでは逆に男女の違いがはっきりと現れていた。女性は可憐さを強調され、男性は凛々しい感じがする。これも日本のアニメ文化の影響なのだろうか。
「わー、この風景、懐かしいなー!」
そんなことを考えながら道行く人々を眺めていたら、隣りにいた里咲がパシャパシャと、一心不乱に空港の景色をスマホで撮影していた。
「そう言えば、メガフロート出身なんだっけ?」
「はい。ここを出てから、もう5年以上になりますかね」
里咲は呆けたように口をぽかんと開けながら、カメラに写し出される風景を熱心に見つめている。彼女は5年前、この空港から日本へと旅立ったのだ。
そう言えば彼女も第2世代なのだから、両親のどっちかは異世界人なのだ。メガフロート出身といえば生徒会長の椋露地マナもそうだが、里咲はこっちでどんな生活を送ってきたのだろうか。彼女の両親はどんな人達だったのだろう。出来れば会ってみたいものだが、やっぱりマナの母親と同じように宇宙公社に入っていて、今は空の上にいるんだろうか……?
「lourelirucke! anmxoprlseprqzqa!! plelciryhlsdro!?」
デリケートな話だし、ちょっと聞きづらい……などと考えていると、桜子さんが電話に向かって何やらまくし立てていた。その表情はちょっと険しい。
どうしたんだろう? 何かトラブルでも起きたのかな……と、その様子を窺っていると、そんな有理に気づいた桜子さんが、ハッとした表情を見せてから、すぐバツが悪そうに電話を切ってしまった。有理は申し訳無さそうに頭を掻き毟ると、
「ごめん、邪魔するつもりは無かったんだけど」
「いいのよ」
「何かあったの?」
「別に大したことじゃないわ。それより早く行きましょう」
彼女はそう言うと、まだ熱心に写真を撮り続けていた里咲を引っ張って空港の玄関の方へと向かっていった。
***
空港のロビーから外に出ると、すぐ目の前に空を覆い尽くさんばかりの巨大な壁が立ちはだかってきた。無論、それは飛行機の中で嫌と言うほど見てきた軌道エレベーターであったが、こうして地上から見上げてみると、印象はまたガラリと違った。
軌道エレベーターの外周30キロというのは、だいたい直径10キロの円がすっぽり入るくらいの大きさと言えばイメージしやすいだろうか。実際には、地上施設はメインシャフトから放射状に伸びる星のような形をしており、各星の頂点に地上と宇宙港を結ぶシャトルの駅が点在しているようだった。
駅を発車したシャトルはスキーのジャンプ台みたいな傾斜のあるレールをリニア駆動で加速し、上空1000メートルで垂直航行へ移行するまでの1分弱の間に時速500キロを超えるそうだ。そんな急加速をしたら中に乗ってる人の負担が激しいんじゃないかと思ったが、桜子さんに言わせればジェットコースターに乗るよりも楽らしい。本当かな? と思いもしたが、計算してみると案外そんなもののようである。
その後シャトルはその速度でメインシャフトの中を上昇し、空気抵抗がほとんど無くなる上空100キロ付近で再加速して、最終的には時速1000キロに到達するそうだ。本当ならそれ以上の速度を出すことも可能だそうだが、安全上の理由で止めているらしい。事故が起こってからでは遅いのだ。
空港の前にもその駅があったが、丁度次のシャトルが発車するところだったらしく、鉄骨で組まれたトンネルの中を流線型の機体がスルスルと音もなく進んでいく姿が見えた。実際には音がまったくないわけではなく、磁力を発生させるためのモーターの回転音がキーンと甲高く鳴り響いていたが、ただ、それはレールの方から出てる音で、シャトルの中は驚くほど静かであるそうだ。
ふーん、そうなんだ……と思いながらその機影を目で追いかけていたら、それはどんどん加速していき……小さい点になってしまったかと思えば、今度は壁にへばりつくように光となって現れ、ドンッ!! とものすごい速さで一直線に空に向かって駆け上がっていった。飛行機の中でも見たけれど、本当にどえらい勢いである。
今からあれに乗るんだ……そう考えると、別に鉄道にも飛行機にも興味がない有理でもワクワクが止まらなかった。なんやかんやいって、男はこういうSFチックなものが好きなのだろう。こんな神への冒涜みたいな巨大建造物はやはりたまらん。
「え? まだ乗らないわよ」
そんな感じに、もう乗る気満々で塔を見上げていたら、桜子さんが呆れた口ぶりで言ってきた。
「なんで?」
「だって、あれに乗ったら1日半は乗りっぱなしなのよ。やっと飛行機から降りて一息ついたところなんだし、せっかくだから、まずは観光を楽しみましょうよ。案内するから」
「そんなことして平気なのかよ? 俺たち、密航者なのに」
「いいからいいから」
桜子さんは返事を待たずに歩いていった。その後を、わーい観光だと言いながら嬉々として里咲がついていく。どうやら女性陣は乗り物よりも買い物の方がお好みらしい。有理はちょっと残念に思いながら、そんな二人の後に続いた。




