マイクロプラスチックと海洋汚染
ドラゴンが消滅したエフェクトは確かに見えたが、それでも信用しきれず、警戒しながら爆心地まで歩いて来ると、プスプスと地面を焦がす残り火の周りを、同じように様子を見に来た張偉たちクラスメートが取り囲んでいた。
そんな中、有理を見るなり関が肩を竦めながら言った。
「ふっ……どうやら俺達は強くなりすぎちまったみたいだな」
一度は言ってみたいセリフではあるが、なんとも締まらない結末であった。
本当にやっちゃったの? と、みんなで喋ってると、屋上でアンブッシュしていた狙撃班も様子がおかしいことに気づいて降りてきて、経緯を聞くなり憮然としていた。まあ、おまえらが作戦の要だと言われていたのに、出る幕もなく終わってしまってはそんな顔にもなるだろう。
それはともかく、
「ドラゴンはやっつけたのに、どうして現実に戻れないんだ?」
と問われ、
「いや、帰るにはこれから研究所を調べないと。そのためにドラゴンを倒したんじゃないか」
予想では、この現象を引き起こしているのはメリッサである可能性が高い。それを調べようとしたところ、あのドラゴンが突如現われ、研究所を寝ぐらにしてしまったので、先にこいつを片付けなくちゃというのがこれまでの目的だった。
「そういやそうだったな……じゃあ、あとのことは物部に任せるわ」
これが片付いてしまったのなら、自分たちにやれることはない。それを確認すると、クラスメートたちはなんとも消化不良のような顔をしながら、寮へと戻っていった。ここを出ていってから約一週間が経っていた。みんななんやかんや自分の部屋が気になっているようだ。
有理はそんな彼らを見送ると、腕まくりしながら研究所の中へと入っていった。結末はどうあれ、目的のボスは退治したんだから、彼らの努力に報いるためにも、早く帰る方法を見つけなくては。
***
エントランスの自動ドアをくぐり、無人のホールを抜けて、久しぶりに訪れた研究室は、しんと静まり返り、どこか不気味であった。
なんとなく部屋が暗い気がするのは気の所為ではなくて、端末のメインモニターが落ちているせいだろうか。いつもなら有理が部屋に入ってくればメリッサが点けてくれるのだが、そうならないことからしても、彼女がここに居ないことが窺える。
「burlwrmeop? ajacirltwolurxz??」
「邪魔しちゃ駄目だよ」
とりあえず、端末にログインしようとして自分のリクライニングチェアに座ると、肩越しにアストリアと里咲が物珍しそうにモニターを覗き込んできた。
「あれ? 君たち、寮に帰ったんじゃなかったの?」
てっきり、みんなと一緒に寮に帰ったのだと思っていたが、どうやら彼女らはここに残ることを選んだらしい。なんでだろう? と思いもしたが、考えてもみれば、アストリアは元々ここの学校の生徒じゃないから、寮に自分の部屋はないのだ。同じように、里咲の方も引っ越してきたばかりだから、それほど愛着があるわけでもないらしい。
「ここに居てもいいですか? 実は他に行き場所がなくって」
「もちろんいいよ。ただ、俺は暫く調べ物をしてるから、出来ればうるさくしないでね?」
「分かりました」
彼女は頷くと、張偉の席に座ってパソコンを弄り始めた。多分、ウェブサーフィンでもするつもりなのだろう。まあ、邪魔をしないなら何をしてても構わないので、気にしないようにしてモニターの方へ向き直る。
「jusprl」
「……パソコン触ったこと無いの? 教えてあげてもいいけど、今は駄目」
「nwero? secritorlqw cleru cloer」
「ケチ!? 誰がケチよ! うるさくしないって約束したでしょ」
「ユーリ alorzc pomnrrkes」
「ムキー! そうやって自分ばっかり正当化して!」
「awoeprcvb roqlpwli iosdcw slioie!!」
「知らない知らない知らない!」
有理は椅子を一回転させて立ち上がると、
「君たち、ちょっと黙っててくれる!?」
二人は背中を丸めて小さくなると、お前のせいだと言わんばかりに、互いの脇腹を肘打ちしていた。
***
その後、ひそひそ話をする二人が若干気にはなったが、集中して端末を調べてみたところ、困ったことに現実に戻る手がかりは何も見つからなかった。
まずはメリッサとコンタクトが取れなければ話にならないので、何度も起動しようと試みたのだが、うんともすんとも言わないのだ。
この世界に閉じ込められる直前、メリッサはアメリカからのハッキングを受けて、記憶データを宇宙港へと退避させていた。もしかして、そのデータにアクセス出来ないのか? と思ったのだが、ネットはちゃんと宇宙港まで繋がっており、そこにメリッサの記憶があることも確認できた。しかし、それを踏まえて再起動を掛けても、彼女からの反応は返ってこないのだ。
手順を間違えていないかと何度も確認したが、おかしなところは見当たらなかった。これで起動しなければ絶対おかしいのだが、何をやっても反応がないのだ。再起動だけではなく、メリッサのクライアントを1からコンパイルし直しても、やはり反応はなく、こうなってくると、彼女はちゃんと起動しているがわざと無視しているとしか思えなくなってきた。しかし、そんなことはあり得ないだろう……
そうやって端末と格闘し続けること小一時間……煮詰まり過ぎて回らなくなってきた頭をバシバシ叩きながら、何気なく周囲を見渡してみたら、いつの間にか里咲が居なくなっていて、アストリアが一人で端末をいじっていた。
マウスを操作する手が覚束なく、いかにも初心者丸出しである。何をしてるのかなと思って後ろから覗き込んでみたら、本当に何をしているでもなく、デスクトップにあったアイコンをポチっては、開いたウィンドウを見て、ほおとため息を吐いていた。
そう言えば……いつの間にか、こうして二人きりになっても、彼女は迫ってきたりはしなくなっていた。最初の頃は隙を見せればキスをしようとしたり、事あるごとに一次接触を図ってきたり、布団に潜り込んできたものだが、今ではそういうことも無くなった。里咲とは相変わらず仲が悪いが、怒鳴り合うことも少なくなり……最初のあれは何だったんだろうか?
まあ、そんなことを蒸し返すわけにもいかないから、黙っておくしかないのだが……彼女はこの世界が用意してくれたお助けNPCなのだ。それ以上でもそれ以下でもない。そう思って納得するのが一番平和だ。
そんなこんなで、1時間くらいサーバーと格闘してきたが、結局これといった手掛かりは見つからなかった。クラスメート30人分の命がかかっているから焦りはするが、こうなってくると良案は浮かばないものである。
こういうときは気分転換をするのが一番だろう。有理は何か飲み物でも取ってくるつもりで席を立ち上がると、じんわりとする腰をぐっと伸ばした。
アストリアはまだ端末を弄くって遊んでいたが、声を掛けても反応がないので、邪魔をしちゃ悪いと外に出る。
「物部さん!」
研究室を出てエントランスホールに行くと、続きのラウンジから声がかかった。居なくなったと思っていたが、見れば里咲がラウンジのソファで寛いでいた。
「高尾さん、ここ居たの?」
「はい。やることがなかったから、お散歩ついでにこの建物の中をぐるって見て回ってました」
「ホントに? 他の階はどうなってた?」
興味津々尋ねてみたが、彼女は残念そうに首を振った。
「特に何も。開いてる部屋は手当たり次第覗いてみましたけど、特に何もありませんでしたね」
「屋上も?」
「はい、ざっと見た限りでは何も。あ、何か飲みます?」
里咲は今気づいたと言った感じに立ち上がる。
「ありがとう、何があるかな?」
「コーヒー、紅茶、オレンジジュース、コーラにサイダーに軽食もありますけど、一週間前のだからどうかな」
「やめといたほうがいいね。それじゃコーヒーもらえる?」
「コーヒー一丁よろこんで」
彼女は居酒屋の店員みたいなテンションでそう言うと、元気よくキッチンに走っていった。有理は入れ替わりに彼女が座っていたソファに座ると、腰を落としてふ~っとため息を吐いた。
一時間くらい端末を調べてきたが、今のところ手掛かりは何も見つからなかった。ならば他の研究室に何かあるかもと思いもしたが、里咲の言う通りなら期待薄だろう。やはり、どうにかしてメリッサを起動する方法を見つけるしか無いのだろうが……
その方法が分かれば苦労しないのだ。そう呟いてため息混じりに肩を落とすと、下向きになった視界にちょっと気になるものが映った。
ラウンジにはここを利用する研究者向けに、最新の新聞や雑誌が常備されているのだが、その1週間前の新聞に混じって、日本魔法学会という怪しげなタイトルの雑誌があった。いわゆるムー的なものではなく、どうやら魔法学会にも学会誌があったらしい。
手に取ってみれば、目次に『徃見総司郎』という見覚えのある名前があり、どうやら教授が学会誌に論文というか、コラムを寄稿しているようだ。
「へえ~……『マイクロプラスチックと海洋汚染』??」
あの教授がどんなのを書いているんだろうと、興味を惹かれてよく見てみれば、まるで見当外れな言葉が並んでいて面食らった。思わず雑誌を閉じて裏表紙の発行元を調べてみたが、ちゃんと魔法学会の学会誌で間違いなかった。
教授は元言語学者でその知識は多岐にわたるが、それにしたって魔法学とは似ても似つかないそのタイトルが気になる。有理は中身を読んでみようとページを捲った。




