そっくりだけどどこか違う
アストリアとは一体何者なんだろうか? 桜子さんに似ているけれど別人で、あの森の国の中央塔で出会った人ともまた違うらしい。異世界語しか喋れないが意思疎通は可能で、回復魔法を扱える。何なんだ? この人物は?
状況が許してくれなかったというのもあるが、そんなあたり前のことを今まで聞いてこなかった。今更ではあるが、ちゃんと聞いておいた方がいいだろう。有理はそう思って彼女に近づいていったが、
「ねえ、なんであなただけ回復魔法が使えるの? コツとかあるなら教えてよ」
彼を押しのけるようにして、クラスメートたちが彼女を取り囲んでしまっていて近づけなかった。彼らはなんとかして回復魔法を覚えようとしていたが、なかなか難しいようだった。それでもアストリアは何かを一生懸命に伝えようとしているのだが、言葉が一方通行のせいか全然うまく行っていない。
因みに、有理も回復魔法は使えないが、今まで覚えようとしてこなかったのは、単にあのVRゲームではプレイヤーは回復魔法が使えないという縛りがあったからだ。そして開発者たちが何故そうしたのかと言えば、
「確か回復魔法って、異世界の神様にしか使えない特別な魔法なんだよね? そんなのを覚えようとしても無理なんじゃないの」
そしてその神の名こそ、アストリアなのだ。そんな人物が突然現われて、人には使えないはずの回復魔法を使っているのは実に示唆的ではないか。
そんな風に有理が疑いの言葉を口にすると、彼女を取り巻くクラスメートの一人が振り返って、呆れたような口ぶりで言った。
「そりゃ現実ならそうかも知れないけど、ここはゲームの世界なんだから使えても別にいいじゃんか」
そう言われると確かに、有理はぐうの音も出なかった。回復魔法うんぬん以前に、ここでは有理ですら魔法が使えるのだ。あのゲームでプレイヤーは使えなかったと言っても、ここも同じルールが適用されてるとは限らないのだ。
というのも、既に川路が発見した魔法のショートカットという新機能が見つかっているし、そして何より、あっちでは使えなかった空飛ぶ魔法が、こっちには存在しているからだ。
アストリアのことも気になるが、こっちの方もかなり気になっていた。彼女が他の連中の相手に忙しい間、有理は先に空飛ぶ魔法を使っていた彼に話を聞いてみることにした。
「どうやったら空を飛べるかって? そりゃ、物部が言った通りだよ」
「俺が? どういうこと?」
「だから、おまえが言ったんじゃないか、魔法を使いたいならイメージしろって。俺は空を飛びたいってイメージしただけだよ。そしたら、勝手に空を飛んでいたんだ。それだけさ」
話を聞く限り、どうも彼は本当に自分が空を飛んでいるというイメージをしただけのようだった。そう考えた瞬間にはもう飛んでいたらしく、特に詠唱もしなかったらしい。
流石に、詠唱……つまり音声入力も無しに魔法が発動するというのも奇妙な話なので、そう思ってステータスを詳しく調べてもらったところ、やはり魔法の項目に新たな語が刻まれていた。
彼が空を飛んだ後、それまで空欄だったはずの魔法の項目に、飛ぶを意味する『flugo』と、私を意味する『mi』の2語が追加されていたらしい。
なので、試しにその2語を詠唱してもらったのだが、いくら詠唱してみても、うんともすんとも行かなかった。ところが、また空を飛ぶイメージをしてもらったところ、彼はふわりと空へと舞い上がっていったのである。
これはどういうことだろうか? 空を飛ぶために彼は2つの語を習得したはずなのに、実際に空を飛ぶためには、その2語の詠唱は必要ないのだ。
「うお!? 見てよパイセン!」
不思議に思っていると、後ろ方から関の興奮するような声が聞こえてきて、振り返れば彼もまた空を飛んでいた。どうやら、こっちの様子が気になって話を盗み聞きしていたところ、自分もイメージしてみたら簡単に飛べてしまえたらしい。
「やべーぜ、ゲームの中とはいえ新感覚!」
素質があるのかなんなのか、関は最初から自在に飛べてるようだった。危険だと言うのに、わざと吹き抜けの上を横断したり、上階まで行ったかと思えば、急降下して階下に現われたりしてみせた。
そうして彼がプカプカ浮いている姿を見ていると、急に周囲が騒がしくなって、見ればまた別の人間が空へと舞い上がり、出来た出来たと騒いでいた。
それを皮切りに他の連中も続々と空を飛び始め、気がつけばフードコートは、あちこちで子どもたちが飛び跳ねている巨大エアー遊具の中みたいなどんちゃん騒ぎになっていた。
無数の人影が空中を闊歩する下で、有理は彼らのことを唖然と見上げていた。空を飛ぶクラスメートたちは実に楽しそうで、そんな彼らは口々に「ゲーム最高!」と口走っていた。
そう、ここがゲームだから出来るのだ。
現実の彼らは空を飛べない。
第2世代の彼らは授業で習った異世界魔法を詠唱することが出来る。正確な詠唱さえ出来れば、彼らも桜子さんみたいな力を使えるのだ。
しかし、そんな彼らも彼女みたいに空を飛ぶことは出来なかった。何故なら、浮遊魔法は無詠唱だからだ。詠唱がなければ、第2世代の彼らは異世界魔法を使うことが出来ない。
そんな彼らが、今、ゲームの中で、無詠唱で飛んでいる。果たしてこれは偶然なんだろうか?
暫くの間、わいわいと騒がしいクラスメートたちを見上げていたら、いつの間にかアストリアが一人になっていた。どうやらみんな浮遊魔法に夢中になって、彼女は暇になったらしい。
「ちょっといいか?」
やっと自由に話しかけられるようになったので、有理は早速彼女に色々尋ねてみることにした。
「caorellwerdr?」
相変わらず何を言ってるかは分からなかった。会話が成立しないんじゃ聞いても無駄のようにも思えるが、しかし彼女はこっちが言ってることは分かってるっぽいので、とりあえず聞くだけ聞いてみる。
「なんかなし崩しになっちゃってたけど、君は一体何者なんだ? どこから来たの? どうしてあのドラゴンと戦ってたの?」
アストリアは意味がわからないと言わんばかりに、口を半開きにしてポカンとしている。
「今更、この世界に俺たち以外の人間が紛れ込んでいるとは思っていないんだ。だから、君はおそらくあのモンスターと同じように、この世界にしか存在しないNPCなんだと思うんだけど……どうして突然現われたんだ? そういえば、モンスターが出てくるようになったのも、君と出会ってからだよな。君はいつからあれと戦ってたんだ?」
相変わらず彼女はポカンとするばかりで、まるでこっちの言ってる意味が分からないとでも言いたげだった。しかし、今までの状況からして、それはないだろう。彼女はちゃんとこちらの言葉を理解しているはずだ。それでいて、ポカンとしているのだ。
本当に、自分がここにいる意味が分からないとでも言うのだろうか? どうもいまいち信用が置けない……このまま遠回しに聞いていても埒が明かないだろうから、有理は一歩踏み込んでみることにした。
「なら、はっきり言おう。君はただのNPCじゃないよな? 一人だけ回復魔法が使えること、桜子さんにそっくりなこと、異世界人の神アストリアを名乗っていること、異世界語を喋ること、そして俺達を強力にサポートしてくれていること……これがただの偶然で済むとは思えないんだ。
君はおそらく、この世界が俺達と接触するために生み出したNPCとか、アバターなんじゃないか? つまり何が言いたいかっていうと、この世界を生み出して、俺達をここに取り込んだ何者かが存在する……
君は、あの偽メリッサなんじゃないのか?」
今までの異変の裏には謎の影がちらついていた。それがはっきりしたのが前回の入れ替わり事件の時で、メリッサに扮した謎の存在がいたことを、有理は確かに確認したのだ。あの時はつい問い詰めるような真似をして、逃がしてしまったが……
今回も、異変が起きたときから彼女の介入は疑っていた。この世界がゲームだと気づいた辺りでそれは殆ど確信に変わった。少なくとも、今現在、稼働すらしていないメリッサが、30人もの人間を仮想空間に連れてくることなんて出来るわけがないのだ。
こんなことが出来るとしたら、あの偽メリッサしかいない。そう思って、今回こそ逃さないように慎重に尋ねてみたのであるが……
それを聞いても、アストリアはポカンとするばかりで、有理の言ってる意味が分からない感じだった。演技かとも思ったが、意外とそうでもない。彼女は本当にわけが分からないといった感じに、首を傾げたり、腕組みをしたり、指をほっぺたに当てて考え込んでいた。
「lioeorcnkrlr? メリッサ? alirpsxppr?」
逆に彼女の方からも何かを尋ねてくる。その様子からして、彼女は本当に有理の言ってる意味が分からないようだった。いや、意味は分かるのだが、その偽メリッサとは何なのだ? といった感じである。彼女に嘘をついている様子はなく、慌てた感じもまったくしない。
もしかして本当に、彼女とあの偽メリッサは関係ないのだろうか……?
確かに、彼女とあの偽物を繋げる証拠はなにもない。せいぜい状況証拠くらいのものである。しらばっくれられても分からないし、そして彼女に嘘をつく理由も無さそうだ。これは性急に答えを求めすぎただろうか……
有理が自分の考えに疑問を持ち始めた時だった。
考え込んでいたアストリアは、突然、何かに気づいたかのように手をぽんと叩くと、有理に向かって満面の笑みを浮かべ、ニコニコしながら近づいてきて、そしていきなり両手を開いてハグしてきたかと思ったら、その顔が不意に目の前にドアップに接近してきて、そして彼の唇に何か柔らかいものが触れた。
彼女の鼻息が上唇に当たってこそばゆかった。パチパチと瞬きを繰り返す視界には、目を閉じてもなお美しい彼女の顔が間近に迫り、そして重なった唇からは彼女の体温が伝わってくる。
突然、不意打ちのように口づけをされた有理は、暫くのあいだ放心したように固まっていたが、やがてはっと我に帰ると、突き飛ばすような勢いで彼女の肩を押しのけた。
「い、いきなり何すんの!?」
驚愕に目を見開いた彼の視界に、きょとんとしたアストリアの姿が映っていた。まったく悪びれる様子もないその姿は自然体過ぎて、これは当たり前のことで、騒ぎ立ててる自分の方がおかしいんじゃないかと思えてくる。
その時、周囲から「おー」っと感心するようなどよめきが起こり、パチパチと拍手が沸き起こる。はっとして周りを見渡せば、クラスメートたちがみんなこっちを見ながらニヤニヤしていた。
耳の先端まで火が走るみたいに顔が熱くて仕方がない。目だけをキョロキョロ動かしていると、不意に里咲の顔が飛び込んできて、彼は飛ぶようにしてアストリアから離れると、何が違うのか分からないが、違うのだと必死に周りに言い訳を始めた。




